第42話 結果報告と情報交換。



 すっかり日が沈んだ時刻に、普段なら明かりの節制で不寝番以外は寝静まっているはずの時刻に、燃え盛る炎が煌々と辺りを照らして未だ賑やかな一角があった。


「あむあむあむ、うまぁ!」

「おいちー!」


 雪子に連れてこられたチウとカナは、一生懸命にスプーンを動かして、口いっぱいに料理を頬張る。お口の周りがベタベタだ。


「ふふ、いっぱい食べなさいね?」

「「あーい!」」


 突如として秋葉原に降臨したケモミミ美少女の私と、竜人っ娘の秋菜に、天使がごとき翼を備えた雪子まで現れ、歓喜に震えたオタクの街は今、カレーの匂いに震えている。

 雪子が作った渾身のカレーは、ワイバーン肉とオーク肉、そして肉の街の湖に住む牛もどきの肉を全て使って大量に作られていた。

 ただ雪子も適当に三種の肉をぶち込むのではなく、それぞれの旨味が見事に重なるよう繊細な調節がされていて、そこに丹精込めて育てたタマネギ、ニンジン、ジャガイモを加え、隠し味に醤油を少し、そしてスライスした角切り餅を入れて最強のカレーが完成していた。

 大容量の鍋で大量にカレーを作る時、分量と水分の兼ね合いを調整するのが難しく、下手な人なら毎回シャバシャバのカレースープになってしまうが、今回雪子はあえて水分量を伸ばしてシャバシャバにする事で嵩増しして、そこに角切り餅をスライスして投入し煮溶かす事によって、シャバシャバカレーをトロトロに戻しつつ、水分量を伸ばして味が薄まった隙間に隠し味程度の醤油を入れることで、味の強さと濃さを戻しつつ、香ばしさとコクまで追加して見せたのだ。あとはビターチョコレートや蜂蜜を少々。


「カレーを食べる子供って、なんでここまで微笑ましいのかね」

「たぶん、幸せな家庭の象徴と、家庭料理の象徴が融合してるからだと思いますよ」

「なるほど。子供とカレーには元々親和性があると言うことか」


 私達は普通に持ち込んだお米を鍋で炊いてカレーライスに、そしてオマケの野郎共もダンジョンからアルファ米をありったけ持って来て、大量にお湯を沸かして四十人分のライスを確保したみたいだ。

 もちろんドンキダンジョンを漁ればレトルトカレーだって手に入るだろうし、アルファ米だってあっただろう。

 でも肉も野菜もゴロゴロ入った手作りカレーは、確実に二年前に食べたきりの筈なのだ。

 私達遠征勢と女の子達はそれぞれお代わり三杯ずつは余分に確保され、男達も雪子が余裕を持って四十人前とした三つの大鍋を貰って、それぞれがラジオ会館前で私の魔法に照らされる中、雪子の最強カレーを頬張っていた。

 女の子達は感涙を零しながら最初の一杯を平らげ、涙を拭って笑顔で二杯目も食べて、今ようやっとゆっくりと三杯目を楽しんでいる。

 ラジオ会館前にテーブルを並べてカレーを楽しむ野郎共は、かなり余裕を持って四十人前とされたカレーの多さに、お代わりを禁止すれば倍くらいの人数が行けてしまう事に気が付き、今新たに四十人が追加で選出されている所だ。

 当然最初の四十人は自分の分だと主張したのだが、そもそも遠征でここに来た私達に無理を言って譲って貰った料理なのに、自分たちは譲り合いをせずに独占するのか? なんて言われ、なんなら心底理解出来ないと肩を竦めて頭を振るような仕草をされてしまえば、流石に共同体で過ごす人間として否やとは言えなかったらしい。

 私達は別に、そのカレーは男性側に渡したものだから好きにしていいと言うスタンスなので、味方が居ない最初の四十人は泣く泣くお代わりを禁止されたのだった。


「で、報告は?」

「食い終わってからじゃダメか?」

「構わないけど、私はグループのリーダーに報告するより先に飯を頬張って仕事を後回しにする様な男を、明日からアッチ側に回す用意があるぞ?」

「ご報告させて頂きます!」


 私がラジオ会館前でカレーに咽び泣いてる男達を顎で指すと、春樹はスプーンを置いてシュビッと立ち上がって最敬礼をした。

 食いながらで良いから、最初からそうしろこの野郎。


「秋葉原周辺と言うか、東京は全体的に飛行型、中でも鳥に関するモンスターが多いみたいだった」

「俺は索敵ないっスけど、春樹の索敵で探った感じ、レベルの乖離が酷いっスね。ハーピィはレベル二くらいで、あとレベル五くらいの巨大コウモリも見つけたっスけど、そっからレベルのインフレがおかしかったっス。レベル八十くらいのグリフォン、レベル百くらいのフェニックス、同じくレベル百くらいの馬鹿デカいダチョウとか」


 フェニックスとか、ペットにしたら便利そうじゃね?

 竈の中に放り込むだけで無限に火が使えそうじゃん。


「あと、ごく稀にヒッポグリフが居たっス。レベル二十くらいなんで、多分アキバ組の遠征班はそいつ狙ってたんじゃないっスか?」

「なるほどねぇ」


 私はカレーを食べながら報告を聞き、未だ姿を見せないドラゴンは一体どこに消えたのかと訝しむ。 


「明日は私達もそのモンスター共を拝んでみるとしようか」

「おねーちゃん、フェニックスのお肉って美味しいかな?」

「美味いんじゃね? 魔力たっぷりの鳥肉だろ?」

「そっかぁ、楽しみだなぁ」


 すっかり食いしん坊キャラになってしまった秋菜の頭を撫でながら、残りのカレーを掻き込み、カレーをお代わりする。

 私はまだ二杯目なので、今から三杯目に突入だ。

 物欲しそうな顔をする女の子の視線は知らん。流石に三杯のカレーで満足してくれとしか言えない。


「雪子はどうするん?」

「私はカナちゃんとチウちゃんを連れて、明日の朝帰ります。明日の朝食を作ってからですね」

「おけ。朝食は何作ってくれるんだい?」

「ジャガイモのパイでも作りましょうか。朝からちょっと手間ですけど」


 ジャガイモのキッシュかな? 朝から少し重いメニューかも知れないが、高レベルのスキル持ちには重さなど関係ないし、普通に美味しそうだ。


「あ、明日の朝もご馳走になれるんですか……?」

「私たち、他の女性グループに恨まれたりしないかな……」

「文句言って来たら私に回しな。理不尽な言い掛かりなら潰してやんよ。食べたいだけなら混ざればいいんだし」

「ココロさん、かっこいぃ……」

「でしょー! おねーちゃんカッコイイんだから!」


 カレーを平らげ、その後にお茶とお菓子を楽しむ。

 ちびっ子二人がうつらうつらと船を漕いで、雪子があらあらと面倒を見ていると、見事カレーを食す栄光に賜ったポン酢が一人、こちらにやって来た。


「ココロ殿、お話があるのでござるが」

「あーん、内緒話?」

「いえ、ココロ殿が良いのであれば、このままで構わないでござる」


 やって来たポン酢に椅子を勧めると、彼は秋菜を一回拝んでから座った。こいつは竜人スキーなのだろうな。


「それで?」

「うぬぅ……。まぁ皆も気になっている事ではござるが、ココロ殿たちの力について、何かお聞き出来ないかと思った次第でござる」


 多分みんなも、気になった上で口を噤んで居たのだろうけど、流石に今も煌々と辺りを照らす魔法などを見せ付けられれば、流石に聞かざるを得なかったのだろう。

 むしろだいぶ我慢したなと言うのが私の印象だ。


「具体的には?」

「うむ。まぁ誰もが一番聞きたいのは強さよりも何よりも、その獣耳や翼などでござるが、秋山氏に聞いたところ、それは対価が必要な情報だと伺ったでござる」

「そうだなぁ。まぁ東京周辺の事情とかを相当量教えて貰う対価で考えても良いぞ。ケモミミの情報」

「マジでござるかっ!? い、いくらでも喋るでござるよぉっ!」


 そんな訳で、ポン酢が持つ情報が対価として相応しいかが分からないので、とりあえず喋ってもらい、精霊の情報として相応しいならそのまま情報を交換して、足りなかった場合は食事の融通で手を打つことになった。

 ポン酢としても、もし対価として不適格だったとしても、獣耳美少女や魅惑の未亡人天使の手料理が手に入るなら、どっちに転んでも美味しい結果にしかならないと喜んでいた。


「まず、東京は泣けるくらい生存者が少ないでござる。他の都道府県の状況が分からないから確かな事は言えんでござるが、人口が密集していた分、余計に多く死んだのだと予測しているでござるよ」

「なるほどね。母数が多かったから同じ割合死んだとして、総数ではその分死んだってことか」

「そうでござる。総数としては他よりも多いとしても、結局人が多ければその分モンスターと遭遇して死ぬ者も多いのでござる。お陰で、東京は本当に小さな共同体がいくつかと、ここ秋葉原と同じくらいの規模を持った場所がもう一つあるくらいでござる。もちろん拙者が知らないだけで他にもあるのでござろうが、少なくとも他にここと同じ規模の集まりは渋谷しか知らないのである」


 確かにここから距離がある、例えば八王子とかの情報なんかは手に入らないだろうから、そういう遠すぎる場所の情報は最初から気にしないのだろう。


「で、その渋谷でござるが、今は不良マンガの世界を構築するのに夢中なので、訪れる事はオススメ出来ないでござる」

「………あ? どゆこと?」

「カラーギャングやチーマーや暴走族や、まぁガラの悪い生き残りが集まり、そこにスキルとレベルなんて要素が放り込まれたら、あの手の人種がどんな行動を起こすかなんて目に見えてござる」

「……なるほど。手に入れたマジモンの武力ではしゃいで、陣取りゲームで遊んでるのか。状況わかってんのかね?」

「わかった上で遊んでるなら質が悪すぎるでござるが、状況が分かるほどの頭があったらそんな事してないのでござるよ。どっちにしろ度がし難い存在にござる」

「いっそソイツらを私達が皆殺しにして物資かっさらうか? そんな無駄な事に興じるくらいには潤沢なんだろうし」

「流石に殺人は避けたいのでござる。……それで、この情報はどうでござるか?」


 東京の大まかな情報は分かったが、分かった上でパンチが弱いと言わざるを得ない。

 正直ケンカが大好きな猿共が何処で遊んでても関係無いしな。


「うーん。まだ弱いかなぁ。ポン酢はステータスが著しく変化した情報とか知らない?」

「……いや、寡聞にして知らないでござる。著しくと言うからには、ただスキルが増えたとかでは無いのでござろう?」

「まぁそういう事なんだよね。あと欲しい情報といえば、そうだなぁ……。ドラゴンとか何処にいるか知らね?」


 めぼしい情報がなく、一応聞けるだけ聞いておこうと適当な質問をすると、ポン酢はキョトンとして頷いた。


「ドラゴンの所在なら知ってるでござるよ?」

「………え、マ?」

「マにござる」

「あんたらワイバーンにめちゃくちゃ興奮してた癖に、ドラゴン知ってるの? どこにいるの?」

「駅の中に居るでござる」


 どちゃくそ近くに居た。

 あまりの情報に一瞬頭が止まる。

 確かに私達はまだ駅の中に入ってないが、秋葉原駅はダンジョン化しておらず、人々が出入りしている様子が見えたので、居住区域として利用されてると思っていたので、見るものは無いと考えていた。


「え、駅って人が住んでるんじゃねぇの?」

「住んでるでござるよ。拙者も駅で生活しているでござる」

「そんな所に何故ドラゴン?」

「いや、それがそのドラゴン、基本的に寝ているのでござるよ」


 ポン酢の説明では、突然やって来たドラゴンがラジオ会館前口とは別の駅口に突っ込んで、ゴリゴリ壁やら何やらぶち壊しながら秋葉原駅の中に侵入して、一番広い場所を陣取ったら周りの余計な物をブチ壊し、その場をすり鉢状に加工した後、さらにその中心部を真下にブチ抜き、地面を掘って広大な巣穴を作り上げたらしい。


「その後、そのドラゴンは眠り続けて居るのでござる。どれだけ人が騒ごうが絶対に起きず、どれだけ攻撃しても傷付かず、基本的に何をしても動かないのでござるよ。ただ一つ、自分だけの広い寝床が欲しかった馬鹿が一人で巣穴に陣取ろうとしたら、ドラゴンが動き出したと聞いたでござるが、もし本当ならせっかく眠ってるドラゴンが起きてしまう故に、検証はして無いのでござる」


 話しを聞いて、確実に何かのイベント臭いシステムだと思った。

 傷付けられなかったのは単純にソイツらのレベル不足だと思うが、一人で対峙しないと目覚めない地下のドラゴンとか、ゲームなら確実に何かのフラグである。

 そしてこの世界は確実に何かの意志によってゲームのごときルールが敷かれていて、生存者にゲームのキャラクターである事を強制している。

 ならば、挑まないなんて嘘だろう。


「……ポン酢、すげぇ情報ありがとな。約束通りケモミミについての情報は隅々まで語るし、ついでに料理もやるよ。雪子、明日の朝食、こいつの分も良いか?」

「はい。ココロさんの仰せのままに」

「お、おおおっ、良いのでござるか!? 眠ってるだけの背景オブジェクトでござるよ!?」

「良いんだよ。……ただ代わりに、私達がそのドラゴンに一人で挑む場合、万が一の可能性を考えて駅の中の人達を避難させてくれねぇか?」


 その後私は、情報のお礼にポン酢へ尻尾爆撃をお見舞しながら武装進化と精霊化の情報を吐き出した。

 明日の予定は決まったぜ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る