第39話 終末アイドル。



「おお秋山氏! 良く帰ってきましたな! ささ、早速あちらの素敵な獣耳お嬢さん達を我らにご紹介くだされ!」

「はよぅ! はよぅ!」

「もちろんお金払えばあの尻尾に埋もれて良いんだよなぁっ!?」

「拙者、あの竜子ちゃんの翼が舐めたいでござる!」

「みんな落ち着いてくださいって! て言うか普段そんなコッテコテのオタク喋りしないじゃないですか! なんなんですかもう!」

「死んでいた魂が彼女達を見て蘇ったのだよぉぉお!」


 シズクをオタクと言う珍獣の群れに放り込んで三分。

 未だ奴らを鎮めるには至ってない。

 その間私は超感覚で周りの強さを観察するが、特筆するほどの戦力は見当たらなかった。

 最大でレベル三十ちょい。ただスキル無しは居なくて最低でも五レベル以上にはなっている。

 考えるに、恐らく狩場を一つに限定して、一定以上のレベルになるとそれ以上は上がらなくなり、横並びしたと言った具合なのだろう。

 私がゴブリンをいくら殺してもレベルが上がらなくなった時に、そこで満足したらこうなっていたのだと思う。

 きっと秋菜が昨日殺したレベル四十くらいの男達は、ああやって遠征してこの状況からは抜け出した者なのだろう。だからシズクもアレを強者扱いしたのだ。

 となれば、ここら辺にはレベル三十までに収まる難易度で、かつソレ一つだけを狙って居れば生活が安定する程恵まれたダンジョンが有るのだと予想できる。

 腐肉のダンジョンみたいにボスを倒すと物資もリポップする様な、便利なダンジョンが。


「白雪! ココロ! 名前も可愛い! 神かっ?」

「あの子は? あっちの竜人っ娘の名前は? え、知らないでござる? ケッ、使えませんなぁ」

「ああ揺れてる、本物の獣耳と尻尾が揺れてるよォ……」

「もう! 本当に! いい加減に落ち着いてくださいってばぁ!」


 五分が立った。まだシズクは任務を果たせぬ。

 そろそろイライラしてきた。

 アッシュ達もずっとホバリングしてて大変なんだぞ。どれくらい大変かは知らないけど。

 最初から憑依状態を解いて来れば問題は無かったんだけど、私と秋菜の場合、狐と竜が私達を好き過ぎて憑依を解いてくれないのだ。

 正確には強くお願いして憑依解除は可能なのだが、そうすると物凄い悲しそうな顔をするのだ。狐も竜も。

 もう、砂漠で見付けたオアシスが蜃気楼だった様な、最愛の恋人が知らない奴とホテルに入って行く瞬間を見てしまった様な、週間少年誌で超長期連載のお巡りさんギャグ漫画が連載終了した様な、そんな悲しい顔をするのだ。

 秋菜は三頭分、私は八頭分、そんな顔が並ぶのだ。抗えるわけが無い。

 なので私達は、精霊を獲得したあの日からずっと憑依したままなのだ。

 こんな面倒事と精霊の悲しむ顔を比べたら、面倒事くらい甘んじる他ないのだ。


「……もう、面倒臭いからアッシュ達降ろすか」

「攻撃されたら撃っていいよね? ね?」

「攻撃されたらな」


 私は振り返って空を仰ぎ、アッシュ達に手を振った。

 すると某狩りゲーの赤と緑の竜がごとき雰囲気でバッサバッサと降りてくるワイバーン。


「ワイバーンでござるよぉぉおおおおおおおおおおおお!」

「紅玉くれええええええええっ!」

「ダメぇぇえ攻撃しないで殺されるからぁぁぁぁああ!」


 騒ぎが更にヒートアップするがもう知らん。

 ゆっくり降りて来るワイバーン。その背には誰かが乗っている。

 オタクたちは期待しただろう。次は果たしてどんな素敵美少女が?

 だが現実は無情なり。ワイバーンの背に残っているのは、見知った八人と、何の変哲もない男子中学生二人と、小学生から中学生になるだろう年齢の少年だけである。


「クッッッッソがぁ! 野郎なんてお呼びじゃ無いでござるよぉぉおおおおおおおおおおおお!」

「返せ! 俺達の期待を返せぇぇえええっ!」

「まだエルフとかロリっ子ドワーフと悪魔っ子とか天使っ子とか居るでしょうが! せめて追加の獣耳を寄越せぇぇぇぇ!」

「せめて男の娘枠でし……、いや、あの薄桃色のワイバーンに乗ってる少年は着飾ればイケるのでは?」

「む、サラサラ猫っ毛に細身の低身長……、誰かドンキ行ってこい! 制服でもメイド服でも何でもいい!」

「ばっかお前すぐそこに大人のお店が有るだろが」


 結局騒ぎは三十分続き、余りの煩さにイライラしたアッシュとモモちゃんが険しい顔で私達の側まで歩いて来た迫力で、やっと静まったのだった。


「で、改めて名乗ろうか。ココロだ。よろしく」

「あきなだよ」

「春樹だ。秋菜の兄貴だ」

「秋元黎治でっす。よろしくー」

「篠崎歩です」

「ご丁寧にどうも。拙者、ポン酢と呼ばれております者でござります」

「てて、テンポコって名乗ってます……。よ、よよよろしく」

「私はご存知シズクでーす。この中で唯一ココロさんのもふもふを味わいましたー」

「ずるい」

「独り占めは許されませんぞっ!」

「とりあえず黙れお前ら」


 騒ぎが静まり、場所はそのまま駅前の路上。

 どっかから持ち出されたテーブルと椅子に座ってささやかな歓待を受ける。

 どっかというかこのテーブル見た事あるぞ。あのビルの中にあるカードゲームで遊ぶスペースの長テーブルだろコレ。

 そんな見覚えのあるテーブルの周りには、ひと目リアルなケモミミを見ようと人が集まり、コミケの大御所レイヤー撮影会の様な人だかりになっている。

 生き残ってるスマホや使い捨てカメラで必死に撮影してる奴も居るので、いっそうそんな感じになってしまっている。


「それで、お嬢様がたはどう言った要件でこのアキバに?」

「いや、ぶっちゃけると用事は特に無いんだよね。強いて言うなら、便利そうな拠点だったら間借りできないなって思ったけどさ」


 そう、何となくノリで来たけど、ここの人員の強さはもう調べたし、レベル三十前後でサブジョブについて知ってる訳が無い。

 となれば有用なダンジョンや施設なんかの情報だけど、それもそこまで期待はしていない。

 ただ人々の活気ある姿を見てると生活はしやすそうに思えるので、東京遠征の拠点として使わせて貰えたらありがたいが、ダメなら別にどうとでもなる。


「ふむ。間借りですかな?」

「ああ、必要ならもちろん対価は払うし、ダメなら出てくけど……」

「いやっ! 是非ここを使ってくだされ! 対価も要りませぬ!」

「……いや、このご時世それはダメだろ?」

「まさかまさか、ココロ殿が、その姿で、秋菜殿もそう、そのお姿でここらを歩いてくれるだけで、拙者達には最上の対価なのでごさる!」


 いやいやそんな、そう思って周りを見ると、夥しい人間が軒並み深く頷いてやがる。

 中には女の子も結構居るみたいだが、そっちも頷いていた。

 マジかよお前ら。


「いや、この姿はそこまでレアなのか? あっちの子もケモミミ生えてんじゃん」

「あれはコスプレでござる。ココロ殿の様にふりふりと生きた尻尾でもなければ、ピコピコ動く至高の獣耳でもござらん」

「あ、あれ付け耳かカチューシャなのね。おけ、把握した」


 私に指さされた女の子は、照れたように控え目に手を振ってくれたので、振り返しながあれがコスプレだと理解した。

 確かに耳動いてないな。尻尾は人だかりで見えないけど、もしかしてお尻にぶっ刺してるタイプだろうか? 服に縫い付けるタイプだろうか?


「えーと、それじゃぁ間借りして良いってことかな?」

「是非! 是非とも! なんなら永住して頂いても一向に構わないでござるよ!」

「あ、本拠点を引き払うつもりは塵ほども無いから無理」

「…………無念にござる」

「それじゃ、どれだけ世話になるかわからんけど、まぁよろしく」


 周囲にも一応笑顔を見せて手を振ると、私達がここで活動する事が決まってそんなに嬉しいのか、また絶叫が上がる。


「あーあーあーうるせぇうるせぇ。ちなみに先に言っておくけど、私の尻尾と耳触っていいのは女の子だけな。知らん男にベタベタされたくない」

「あ、あきなも女の子以外やだよ! 触ったら撃っちゃうからね!」


 喧騒に負けない声で宣言すると、男達の失意がため息となって木霊した。

 だがそれに負けない熱気が一部生まれ、野郎共を掻き分けて接近して来た。

 獣耳スキーな女の子達である。要は春樹の女の子版だ。


「あ、あのー! 女なら触って良いってホントですかっ!?」

「わたしも、私も触らせて下さい!」

「あー良いよ良いよ、ほらほら、私の尻尾に埋もれるがいい」

「はわぁぁっ!?」

「きゃぁぁぁぁぁあもふもふぅー!」


 目をキラッキラさせた女の子達に、お尻を向けてもふもふの暴威をぶつけてあげると、黄色い歓声とはこの事かと思うカン高い叫びがあがる。

 それを見てる周囲の野郎共は血涙を流しながら「なぜ俺達は男に産まれてしまったのかっ!」「母ちゃん! 俺子宮からやり直すから! 今度はおにゃのこに産んでくれ!」「探せば性転換スキルとか有るんじゃね? ちょっと世界を旅して来るわ 」と阿鼻叫喚だ。


「わ、私達も良いですかっ!?」

「もふもふ、もふもふをくださいっ……」

「ほれほれ、圧倒的なもふみの暴力でなぶってやろう」

「はにゃぁあ幸せ……」

「何このふわふわ、殺人的すぎる……」

「はっはっはー、もふ殺しにしてやろう。もふもふに殺されるがいい」


 たぶんアキバ拠点の女の子全員が集まったんじゃ無いかと思う人数がそこに居た。何十人居るんだコレ。

 居ないのはくノ一スタイルのねねちゃんとやらくらいだ。あの子は私の存在が心底怖いらしい。

 女の子達は私の尻尾に埋もれ、恐る恐る私の耳を撫でて、三十秒くらい経つと行儀良く身を引いて次に交代する。

 ただ身を引いた訳ではなく、いつの間にか女の子だけが並ぶ列が出来てて、その最後尾に並び直すのだ。

 オタクってこういう時凄い連携して凄い行儀良いよね。

 ちなみに秋菜も結構似たような感じになっていて、慣れてないのかアップアップしてる。でもその様すら可愛らしいと更に好意を寄せられる無限ループが完成していた。


「ほらほらー。間借りするお礼に大盤振る舞いしようかね、みんな出ておいでー」

「あ、じゃぁあきなも! マリューちゃん、マリューくん、ハクリューちゃん、おいでー!」


 私は八匹の狐を解放して、秋菜も三匹の竜を解放した。

 すると大歓声。本当にここに男は混ざってないのかと思うほどに大歓声があがる。


「狐! 高純度のもふもふ!」

「金、銀、白、黒、灰色、いっぱい居るぅ!」

「この子すべすべー! ちっちゃいドラゴンかわいいいい!」

「見て見て、お目々くりくりなのー! 超可愛いぃぃい!」


 みんな癒しに飢えてるのだろう。

 なにせここはオタクの街。ここに居るのはほぼオタク。そして終焉を迎えてオタク文化は先が無くなり、久方ぶりに補充出来たケモミミと竜人なんてオタク文化エネルギーなのだ。もう皆止まらない。

 なので私は更なる爆弾を投下した。


「あ、そっちの中学生、サラサラの子は猫耳、頭軽そうな方は犬耳生やせますよ」


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