第38話 秋葉原に降り立つ獣耳。



「んで、そろそろ喋れるっしょ。改めて聞くけど何か用かい?」

「……………」

「だんまりかぁ。まぁそうしたいならそれでいいけどさ」


 正座した状態で、膝と後ろ手を地魔法を使って拘束した女の子に、私は正面で椅子に座って問うてみた。椅子ももちろん尻尾を振って地魔法で作った。


「とりあえず、コッチとしても背後から隠密系スキルを使って近寄る奴は普通に敵だと思うわけよ。敵対者じゃないと言うなら何か喋って誤解を解いてくれないと、黙ったままならやっぱり敵対者として対応するしかないんだよね。分かるかい?」

「……………」

「そっかぁ。残念だなぁ……。アッシュ、食っていいぞ」

「……ッ!? まっ、はぁ!?」


 やっと声を出したかと思ったら、意味の無い悲鳴のごとき鳴き声だった。

 私は構わず尻尾を振って土の拘束を解除して、代わりに水魔法で縛って宙に浮かす。

 この方がアッシュも食べやすいだろう。


「や、やだぁっ、食べないでっ……」

「喋んなよ。アッシュが遠慮しちゃうだろうが」

「やだやだやだぁっ!? 死にたくない! 喋るから、何でも喋るから食べないでよぉぉっ!」

「……はぁ、アッシュすとーっぷ」


 水に拘束された女の子はバタバタと必死に暴れなが、大口開けて近寄るアッシュにビビって泣き散らす。拘束してる水が若干黄色に滲んだから、多分コイツ漏らしたんだろう。

 私はその水をそのまま凍らせて、宙ぶらりんに拘束された女の子に改めて話しを聞く。


「さて、面倒臭いから次は無い。嘘をついたら殺す。逃げようとしたら殺す。私がムカついた時点で殺す。心して喋れよ。さぁまず私の背後から隠密系スキルで近寄った理由を言え」


 幻想刀を抜き身で出した私は、分かりやすくそれを女の子の首筋に添えた。

 体と氷の隙間から追加で黄色い液体を零す女の子は、寒さか恐怖か分からないが、ガタガタ震えて泣いている。


「……ぇぐっ、わたっしは、見た事ない、モンスターだとっ、ひぅ、思ってぇ……!」

「まぁ普通の人間には獣耳も尻尾も生えてないもんな。それで、私を殺そうとしたと?」

「は゛い゛ぃ゛、こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ゛ぃ゛……!」

「ふむ。精霊を知らないって事は、この辺では武装が貧弱なのか……。お前、武器持ってるように見えないが、どうやって私を殺そうとした?」

「暗゛器゛い゛っ゛は゛い゛も゛っ゛て゛ま゛す゛ぅ゛……」

「隠密系スキルに暗器って、くノ一スタイルかよ。普通のパーカーのくせに」


 実写化の神がごときデスボイスで歌ってくれる女の子は、股間から大量に黄色い体液を撒き散らしている。


「周辺に居る生存者達は仲間か?」

「は゛い゛ぃ゛!」

「そうか。じゃぁ一旦解放してやるから、私と仲間はモンスターじゃないと周知しろ。別にまた襲って来ても良いが、次は問答無用でブチ殺すからよろしくな。………あ、明日の早朝、またここに来い。その時は何人で来ても良いから、その時この辺りの情報を寄越せ。情報の対価はお前らを殺さない事だ。無視して逃げても良いが、そうすると次に会った時に完全敵対関係であることを覚悟しとけよ」


 尻尾を振って魔法を解除すると、撒き散らした排泄物の中にベシャッと落ちた女の子は、一瞬キョトンとした後、死に物狂いで逃げ出した。

 それを見送った私は、「ねぇ、ボクのメシは?」と表情で訴えるアッシュに、もう少し待ってくれと頼むのだった。


 そして翌日。


 アユミンが見付けたいい感じのテナントビルで休息した私達は、やって来た例の女の子とその仲間と対峙した。

 相手は十人もの仲間を殺し尽くした秋菜を睨んではいるものの、先に襲って来たのはそちらだと言えば黙るしか無かった。


「アキバ組?」

「そ、そうですぅ。秋葉原の駅周辺で人が集まってて、私達はそこからここに遠征して来たんですぅ」

「ほほう。やっぱり秋葉原だったら人が居るのか。よし案内しろ。断っても殺しはしないけど、まぁ心象はすんごく悪くなるゾ」


 という訳で、生き残ったアキバ組とやら八人をワイバーンに分譲させて、空から秋葉原へお邪魔する事になった。

 ワイバーンの存在にビビり散らす奴らを宥めたら、リポップしたハーピィで腹を満たしたワイバーン達は上機嫌に飛び立った。

 どうやらハーピィはそこそこ美味かったらしい。

 忍スタイル女の子と一団のリーダー、そしてもう一人だけ居た女の子をアッシュに乗せて、春樹のブラックサンダーにも三人、元々二人乗っているモモちゃんには二人を振り分けて、いざ空の旅へ。


「も、もふもふです……」

「敵対しないなら多少モフっても良いよ。女の子限定な」

「あ、ホントですか? わーい!」


 忍スタイルはなるべく、食べられそうになったアッシュの口と殺されそうになった私から離れたいらしく一番後ろ、そして私は背後に知らない男を置きたく無いので、消去法で残った女の子が私の後ろで九本の尻尾をもふもふしてる。


「たのし?」

「はいですー! もふもふ素敵でーす!」

「殺したの私じゃないけど、一応私も君らの仲間の遺体を邪魔くせぇって消し炭にした女なんだけど、そゆの気にしないのかい?」

「襲って負けたから死んだ。死んで邪魔だから焼かれた。なにもおかしな事はないですよー。むしろあのハネツキに食い散らかされるより、火葬された方が幸せでーす」

「結構ドライなのな」

「はーい。それにあのメンバー、いっつも私をヤラシイ目で見て来るし、レベル高いから乱暴しても許されると思ってたし、むしろ殺してくれて良かったでーす! 死んだのだって、突然降ってきたモンスターの死体剥ぎ取ろうとして、リーダーが止めたのに出てったのが悪いんです。あの竜の女の子一生懸命無害だって言ってたのに襲って殺られて、ただの馬鹿ですよー」

「君ドライ通り越してカラッカラやん。……と言うかレベル高かったか? 四十くらいだったろあれ?」

「…………狐さんには四十レベルって高レベル扱いされないんですね。敵対せずに済んで良かったぁ」

「まぁ現状カンストしてるしなぁ。そんな私にバックスタブ狙おうとする猛者も後ろに居るけど」

「……カンストッ!? レベルってカンストするんですか!?」

「するんだよなぁ。今レベルキャップ解放の方法を探してんだ」


 メンバー四人全員がレベル百五十でカンスト中、そしてワイバーンもレベル百三十ちょいだと言うと、女の子は後ろ向いて忍を見て、生きてて良かったねぇとしみじみ言った。


「それじゃ、私もレベル上げたら狐さんみたいに獣耳生えます?」

「この姿はレベル依存でもスキルでも無いんだなぁ。その情報はタダじゃあげられないぞ」

「うぇー、聞きたいです。何払えば良いですか? あ、私処女ですよ?」

「私が男だったら良かったなぁ? 残念ながら君の貞操の情報なんか微塵も要らねぇ。対価はそうだなぁ、生きた鶏とか、家畜を番でくれたら教えてあげるよ」

「家畜さんですか。むぅ、流石に無理ですねぇ。アキバに居るブヒブヒ無く男性じゃダメですか?」

「ダメっすね」


 雑談をしてると、見た事あるビル群がいい感じにぶっ壊された街並みに到着して、上空を旋回しながら下を見ると、やはり下では騒ぎになっている。


「そういや君、名前は?」

「秋山雫でーす。シズクって呼んでください」

「そっか。私は白雪ココロ。好きに呼んでくれ。それじゃぁシズク、とりあえず一緒に下へ降りてくれるか?」

「……? 一緒にこの竜に乗ってるんですから、どうしたって一緒に降りますよね?」

「いや、ワイバーンごと降りたら大騒ぎだろ。単身降りるつもりだけど、またモンスター扱いされたら敵わん。君を抱えて飛び降りて良いかい?」


 さっきまでニコニコしていたシズクは、流石に頬を引き攣らせて困った顔をしていた。

 結構な高さから飛び降りると言われて、良いですよと即答出来る人間は早々いないだろう。


「ダメなら、後ろのくノ一を………」

「シズクを連れて行ってくださいどうぞどうぞ!」

「だ、そうだ」

「ねねちゃんの裏切り者ぉー!」

「アッシュはこの場でホバリング待機。合図したらゆっくり降りてこい。……それじゃぁシズク、行くぞ」

「待って待って待って待って……、ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 天空侵犯で空から地面に向かって鋭角のスライディングをしながら、尻尾をフリフリしまくって下から風を吹き上げる。

 二つが合わさって落下速度が競歩くらいのペースになった私とシズクの横に、自前の翼で並走してくる秋菜が居た。


「おねーちゃん、お兄ちゃんとレージさん達には待機って言っておいたよ」

「おお秋菜、気が利くなぁ」

「だって、また攻撃されたらすぐに帰るもん」

「多分大丈夫だろ。盾も居るし」

「盾って私の事ですかぁぁぁぁぁあああっ!?」

「……だれ?」

「名前はシズクちゃんだってさ。アキバで活動してるらしいから、向こうとこっちを繋ぐくらいは多分できるっしょ」

「今回は私なんて居なくても多分大丈夫ですよぉぉぉおおおっ」


 袴スカートがめくれない様に気を付け落下する。

 速度を殺したとはいえ、ほとんど垂直な落下はあっと言う間に地面と私の距離を潰し、天空の竜から降りて数十秒の時間で私はアキバの街に降り立った。

 最後に強めに風を吹かせてふわっと着地した様は、我ながらなかなかカッコよかったと思う。

 アキバの拠点の様子は、比較的損壊が少なく生活に耐えうるビル同士で助け合う様な形で生活しているらしく、バリケードや集落を囲う壁などが無く、有志の見回りなどでモンスターを減らして安全を確保しているみたいだった。

 私が飛び降りた場所は駅前で一番有名だろう場所で、終焉前は私も利用した事がある、ビルを丸ごと使ったオタク御用達の複合店舗の前で、ここの代名詞とも言えるラジオ会館を背にした場所だった。

 当たり前だが突然の襲来をかました私達は、武器を手に持ったスキル持ちに囲まれていた。

 私は足がガクガクして立てないシズクをゆっくりと下ろしたあと、気さくに手を挙げて有効の挨拶をした。


「やぁやぁ、どもどもー。ケモミミ美少女だよー」

「りゅ、竜人美少女? だよー」


 尻尾をゆらゆら、お耳をピクピクしながらご挨拶。

 私と秋菜の挨拶を受けた面々は、一瞬空気が歪んだかと思うような熱気を圧縮したあと、色々と爆発した。


「獣耳美少女キタァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「竜人っ娘も居るでござるよぉぉおおおおおおおおおおおお!?」

「巫女服! ゴスロリ! 最高か!」

「馬鹿野郎あれは甘ロリって言うんだぶっ飛ばすぞテメェゴルァ!」

「九本! 尻尾が九本! 九尾の狐キタァァァァァァァァァ!」

「よし勝ったな。風呂行ってくるわ」

「今北産業、何がおこっ……、獣耳だとぉぉぉおおおおおっ!?」


 まさに阿鼻叫喚。ついでに地獄絵図とでも呼ぼうか。

 むさ苦しい熱気を纏うオタクたちの絶叫、いや絶唱は、女人の身には些かならず耐え難い。


「うるせーなこの野郎。ぶっ殺すぞこらー」

「や、やんのかこらー!」


 私がニッコリ笑って毒を吐き、こう言う手合いに慣れてない秋菜は普通にビビりながらオタクたちを威嚇するが、そんな様すら彼らにはご馳走なのだろう。ただ熱気が増しただけだった。


「可愛い! あの竜人っ娘の初々しい威嚇がどちゃくそ可愛い!」

「尊過ぎて死ねる……、あれ? ここもしかして既に天国では?」

「見よあの圧倒的なもふもふを。狐耳とか分かってらっしゃる……」

「銀髪金眼の狐っ娘に紅白巫女装束風のフリル増し増しドレスとか、尊みが深過ぎる……! 尊みヒデ良し!」

「お、おねーちゃん怖いよっ、アレ撃っていい?」

「気持ちは分かるが待つんだ。怖いなら空で待ってるか?」

「………スカート覗かれそうだからヤだ」


 私はやっと足が落ち着いたシズクの両脇を尻尾でまふっと持ち上げて立たせると、そのまま尻尾でもふっと前に押す。


「ほら、鎮めてくれ。じゃないと沈めるぞ」

「ひぃぃ、見えない字面が不穏っ! み、みんな落ち着いてー!」


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