第35話 トカゲ狩り。
「やぁやぁ、私はめぶき第三中学校避難所所属魔法隊総長、秋元太郎と言う者だ。よろしくたのむよ」
ワイバーン肉を届け、あれこれ物資と太郎さんを集めた私は、お昼頃には例のホムセンへ帰還を果たした。
もう今でもオーバーキル気味だったのに、太郎さんまで加えれば、もう確実に負けは無い。
太郎さんは、レベル以上に、スキル以上の強さを待っている。
この場の誰にもない完全特化型と言う特異性は、他の追随を許さない能力を有している。
「早速だが、魔物を手懐ける調教と言う現象について分かっていることを少し講義しよう」
私たちを含め、ホムセンのメンバーへ辿り着いたその場で授業を始める太郎さん、避難しているのが学校だからか、やけに先生チックで頼りになるオーラを発している。
「これはココロ君がオークのダンジョンを攻略してくれたからわかった事だが、結論から言おう。モンスターを完全に味方に付けることは可能だ」
人差し指を立てて説明する太郎さん。かっこいい。
これからペットフードを根こそぎされる人達にも教えてあげるなんて、優し過ぎるだろう。くっくっく………。
「まず、調教には三段階ある事が分かっている。最初の段階はペットフードを与える代わりに一度だけ命令を下せる簡易調教。これは与えた命令をモンスターが遂行した時点で敵対関係に戻り、この状態では永続的な命令を与える事が不可能だ」
恐らく、これが自宅近くのホムセンメンバーが経験した調教だろう。
そのままゴブリンに敵へ突っ込ませたせいですぐゴブリンは死に、敵対関係には戻らなかった。
「次に、調教するモンスターと同種の敵対個体を三体以上討伐している者がペットフードを与えた際に起こる支配調教。圧倒的な実力を見せて恐怖と食糧で、つまり飴と鞭を与えて調教する形になるだろう。これは永続的な命令も下せるが、同時に永続的にペットフードを与え続けなくてはならないので、限界が存在する」
そりゃ恐怖政治よろしく、ペットフードと言う飴が無ければ、恐怖の鞭だけ打ち続けられても言う事など聞かないだろう。
人間だって恐怖政治を行った者は軒並み暗殺されて舞台から降ろされている歴史がある。納得出来る話だ。
「そして最後に、支配調教の条件を満たしている者が、さらに同種のモンスターの肉を口にしている場合、捕食者と言う絶対的強者としてモンスターを従わせられる完全調教がある。これは、一度成功すればもうそのモンスターはモンスターでは無くなると言ってもいい。別途餌を用意する必要があるが、そのモンスターは死ぬまで調教者を裏切ること無く、いかなる命令にも従う。それこそ自死を命じても従う程の強制力がある。だが、肉を口にすると言うのは咀嚼して飲み込み消化する事までを言うので、加食可能なモンスターが対象になる」
なんと。
それってもしかして、私条件満たしてるんじゃね?
ワイバーン肉を食ってるし、あのワイバーンを調教する前に三体のワイバーンを殺している。
ピッタリ条件通りじゃ無いだろうか。
「さらに言うと、完全調教を三種類のモンスターに行うと、【調教】スキルが手に入り、このスキルを持っていると行った調教が無条件で一段階上の物になる。つまり支配調教出来るモンスターを完全調教出来るようになるので、加食可能なモンスターに限る条件が無くなる。加食に適さないモンスターも無理やり食べて協力してくれた者がスキルを獲得したので間違いない」
私は感心していた。
良くそこまで検証出来たなと。
「もちろん。まだ調べられてない事も有るだろうから、例外だった有るだろう。その上でいまこれだけの事が判明しているとここに断言しよう」
「さすが太郎さん。頼りになり過ぎるでしょう」
「ふふふ、伊達に魔法使いよろしく研究に明け暮れている訳では無いのだよ」
太郎さんのお陰で、手に入れたワイバーンは恒久的な空輸要員に出来て、なんなら餌と称して拠点周辺のゴブリンを啄んで貰えると分かった。いい事づくめじゃないか。
それに、太郎さんの弁を信じるなら、手懐けたワイバーンはモンスターじゃない。つまり私はモンスターじゃ無くなったらしいこのワイバーンを憎まなくて良いらしい。怨まなくて良いらしい。
それはなんだか、とっても心が楽な気がする。
「ふむ。と言う訳で、もし今の情報が有用だと認めて貰えるなら、私にもペットフードを頂けないかね? 私もワイバーンがペットに欲しいのだよ。加食可能で完全調教まで出来て、航空戦力としても航空輸送にも使えて、レベルも高くて丈夫で長持ち、拠点周辺のウザったいゴブリンを餌として排除してくれるなんて、一拠点に一匹欲しいペットなのだよ」
「やっぱりそうですよね。ゴブリンなんて無限湧きですし、餌に困らない航空要員とか素敵ですよね」
「誘ってくれて感謝しているのだよ。話しを聞いた時点で是非とも欲しかったのだ。茂のハゲが渋った時には燃やしてやろかと思ったのだよ。名前と頭皮が反比例してる馬鹿者めが」
「燃やすのは残り少ない毛根だけで許してあげてください」
当然、計り知れない価値がある太郎さんの研究だ。ペットフードの一袋くらいは貰って当たり前。むしろそれだけの対価で今の情報を手に入れた幸運を咽び泣くといい。
「それでココロ君、悪いが余ってるワイバーン肉を頂けないかね? 今から狩って捌いて焼いて食べて、また探して調教するのは流石に手間なのだよ」
「ああ、 勿論良いですよ。今の情報はむしろ私達が欲しかったので、なんならその後のお手伝いもコミコミでどうぞどうぞ」
そんな訳で、ワイバーン肉でお昼ご飯だ。
太郎さんに聞いたところモンスターは全て強い雑食性なので、ワイバーンの当面の餌はワイバーン肉で良いそうだ。
「ふむ。ペットのワイバーンでワイバーンを釣るのかね。友釣りとは良い趣味だよ」
「問題は、調教したモンスターに普通のモンスターがどう反応するかなんですけど」
「ああ、それはもう、完全調教状態のモンスターは通常モンスターに完全な敵対をされるのだよ。永遠にね。私もその情報を持って、調教したモンスターはモンスターじゃなくなるとまで言ったのだ」
「なるほど。同胞を攻撃させて釣るんだから、本当に友釣りですね」
「そうなるね。この終末の世界でも友釣りが出来るとは思わなかったのだよ。時代は鮎では無くワイバーン釣りか」
「では友釣りの醍醐味、塩焼きを食べましょうか。丸焼きじゃなくて切り身ですけど」
「ははっ、至れり尽くせりの行楽じゃないか」
そして食後、ペットのワイバーンを飛ばしてワイバーンを釣り始める。
ペットになった瞬間別の個体になったり、色々リセットされたり、レベルがめっちゃ下がる様なゲーム仕様は無く、ワイバーンは自分の住処も覚えていた。
なので友釣りには問題は無く、あるとすれば太郎さんが強過ぎること。
「はっ、吹き荒ぶ冷気よ、目障りな蚊蜻蛉に永久凍土の寝床をくれてやれ!」
「……はぁっ!? 一撃ですか!?」
飛んで来たワイバーンの群れの半分を一撃で凍え殺して見せた魔王が居た。
ヤバいこの人、弱点属性持ちのモンスターに対して強過ぎる。本当にレベルとか関係無い。
しかも今の一撃で数体のワイバーンぶっ殺したからレベルも爆上がりしてるし、本気で魔王だよこの純魔法使い。
「……ふむ。この太いのに靱やかで美しい筋肉の子にしようかね。モスグリーンの君、さぁ食べるのだよ」
「あー、個体差は気にしてなかったなぁ。ウチの子どうですかね?」
「見たところ、その子もなかなか綺麗な筋肉の付き方をしているね。ふむ、ワイバーンコレクションなんて良いかも知れないのだよ」
ワイバーンをコレクションとかやっぱり魔王じゃない?
その後、自身が翼で飛べる秋菜を除いて、やっぱり男の子でドラゴンとかに憧れる春樹と、肉の街に行くのに便利そうだと雪子も個人のワイバーンを欲したのでその分を捕獲し、あとは徹底的にワイバーンを狩ってレベリングしつつ、お肉を確保する。
もう何も危険など無いと、ホムセンのちびっこ達も出て来て戦闘を眺め、太郎さんの戦いはとにかく派手なので子供達も喜んでいた。
自分も魔法使いになりたいと言う子供が居れば真剣に聞きながらワイバーンを屠殺して、親御さんを含めて相談していた。
「真剣にお子さんが力を欲するなら、第三中学校避難所に来て頂ければ魔法隊で預かるのだよ。魔法スキルの情報は見ての通り有益なのでね、無闇にバラ撒くと危ないのだよ。人から優先して物資を奪うような輩が、こんな魔法を使ってたら悪夢だとは思わないかね? だから情報は相応の対価と引き換えになる。だが身内になって魔法隊に入るなら面倒を見れるのだよ。どうだろうか?」
そんな感じで勧誘とも取れるご相談にのったりなんなり、数組の親子が真剣に移住を考えていた。
何より、太郎さんレベルの守護者が居るならそうそう危ない事なんて無いのだ。ここと比べたら天国だろう。マジで。
「と言うか、ココロ君達ももっと長文の呪文を構築すれば、あの程度イチコロだろう? 魔法剣士が剣術に固執するのは仕方ないが、時と場合は選ぶべきなのだよ。見ての通り、場合によってはスキル複合より単一の魔法の方が効いたりもするものだよ」
そんな訳で、太郎さんから魔法の呪文についてのアドバイスが始まり、私も秋菜も雪子も春樹も、みんなワイバーンを仕留めながら聞き、そして実践していく。
「なに、難しい事じゃ無いのだよ。確かに強い言葉が使われた四文字熟語などは使い易いが、そう言った熟語は意味が決まっているので限界があるのだよ。例えば私の使った“永久凍土の寝床”は、万年氷に包まれる場所を指す永久凍土に、眠る場所として意味を付けただけだが、そうする事によって永久凍土を床に眠る、それはつまり死を意味している訳だ。だが逆に言えば凍土で眠って凍死してしまう程度の寒さでしか無いのだよ。スクレピアで威力を増幅して、さらに吹き荒ぶ冷気と唱えて初期指定範囲を増やしながら威力も補正してやっと一撃なわけだね。だから皆が使う場合は、言葉が持つ意味をもっと深い所に置き、限界を引き上げる呪文が必要なのだ」
そして太郎さんは、そうする場合は四文字熟語よりももっと短い単語を組み合わせた方が良いという。
言葉の組み合わせで言葉の限界を引き上げる。それが魔法の効率的な使い方で、もっと言葉で遊べと言う。
「むぅ……、ならー、……剣に宿れ銀世界。時止まり命が凍る絶対零度の厳冬よ、汝は死と眠りの権化なれば、生を蝕む白銀の牢獄をここに表し世界を彩れっ……!」
太郎さんのアドバイスを受けながらワイバーンを殺して行き、ドンドン冷凍肉が増えて行く。
呪文を練って魔法の威力を検証していき、私も何とかワイバーンを一撃で殺せる様になって来た。
そして感覚として、今まで刀に纏わせるオマケとして扱って来た魔法が私に馴染み、そのポテンシャルが開花して行くのを体で感じた。
レベルもバンバン上がり、それ以上に超感覚が示す太郎さんのレベルも激上がりしている。
今私が丁度百レベルに達して、秋菜も九十九、春樹が九十、雪子が八十六、そして太郎さんは百十二だと思われる。
太郎さんにも抜かれたー!?
「はっはっはっはぁー! 今もしかして私はココロ君より強くなったんじゃないかね!?」
「ちくしょぉぉぉぉおっ!」
「負けないっ、もん!」
「うおぉぉぉおおっ、秋菜と姉ちゃんに追いつくぞぉぉぉぉっ!」
「あらぁ、お肉がいっぱいなのですが、どうしましょう?」
トカゲ狩りは日暮れまで続き、恐らく二百を超えるワイバーンを殺しまくった。
子供達は派手な魔法と怖いモンスターをやっつける勧善懲悪じみた一種のショーに喜び、大人は自分達を苦しめた生きた災害が片手間で殺されていく様に呆然としていた。
夕食、流石に肉がダブついてるのでホムセンメンバーにも分け隔てなくお肉を振舞った。
私達はグループ四人と子供を交えたいつものメンバーに太郎さんを加えた焼肉パーティーで、合間に精霊を解放して子供達の相手も務め切った。
ただ、太郎さんの精霊は蛇なので子供が怖がり、それにショックを受けた双頭の蛇、名前はそのままスクレピアちゃんを皆でワイバーン肉を食べさせて励ましていた。
何気に春樹の亀さんは乗り物として人気で、玄武の上には常に大量の子供が乗って、のっしのっしと歩いている。
また、雪子の犬鷲もやっと精霊化して、凛々しく気高いその姿は子供達の意見が真っ二つに別れ、めっちゃ怖い勢とカッコよくて可愛い勢が生まれた。当然犬鷲は子供から揉みくちゃにされた。
「そういや、姉ちゃんは精霊に名前付けないのか?」
「いや付けてるよ? 呼ばないだけで」
「え、そうなのか? なんて言うんだ?」
「金狐がキン、銀狐がギン、白狐がビャク、黒狐がクロとコク、霊狐がウセツとサセツ、二尾の霊狐はフタバ」
「………姉ちゃん」
「うるせぇ馬鹿野郎。こんなんは名前付けて呼び続けて、愛着が湧けばそれで良いんだよ。かっこ付ければ正義って訳じゃねぇんだぞ」
そもそもお前だって玄武とか名付けられた亀の気持ち考えた事あるのか。そんな大層な名前付けられて何を期待されるのかと困ってるかも知れないだろうが。
ご大層な引用すりゃ良いってもんじゃ無いんだぞ。
「私はポチとかタマとか、愛着全振りの名前わりと好きだから」
「そっか………。母さんはそいつになんて名前付けるんだ?」
「どうしようかしら? カラアゲとか、テバサキとか?」
「母さん、そんな名前付けたら姉ちゃん達みたいにあだ名がつく時、精霊喰いとか言われるぞ」
「あらカッコイイ。でもそうね、ココロさんに夏無し親子って呼ばれてるし、ナツなんてどうかしら?」
「おお、じゃぁこれから俺たち姉ちゃんには四季親子とか呼ばれるのか?」
そんな馬鹿なっ、夏無し親子に夏が揃うだとっ? 役満じゃないか?
でも雪子はあくまで“雪”だし、その相棒ならフユとか……、いや冬って感じの色じゃないもんな。犬鷲だもんな。
良く考えると冬の反対って夏だし、相棒としても良いのかね。でもそれなら雪子と同じように直接季節を入れないで、季語を使ったらどうだろうか。
「夏を表すなら梅雨なんてどう? 雪と雨。冬と夏。ツユコなんて良いと思うけど」
「あらぁ、私の妹みたいな名前ですね。妹がつゆりって言うんですよ。漢字で書くと五月七日。四月一日って書いてわたぬきみたいな」
「ほー、良いじゃんつゆり、可愛いじゃん。でも五月七日って夏か?」
「春ですねぇ」
でも響きが可愛いので、犬鷲の名前は梅雨理と書いてつゆりと決まった。
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