第32話 諍い。



「コレが増援だって!? まだ子供じゃないか!」

「お前さっきの戦い見てなかったのかよ! そこに転がってるクソモンスターが見えねぇのか!?」

「でも、あんな人に何を支払うっていうの? 私達だって余裕なんて無いのよ?」

「死ぬよりマシでしょ? 対価惜しんで食い殺されたらどうするのよ!」


 ホームセンターを使った拠点の一角で、私達は秋菜が仕留めたワイバーンの解体を行ってた。

 オーク肉騒動からこっち、食肉になりそうなモンスターは解体して食べてみる事にしていた私達は、初めて目にする、初めての大型モンスターを相手にしても、そこそこマシな解体が出来ていた。

 そんな事をしながら、この生存者グループのやり取りを聞いている。

 あの夫婦が来た時点で意見は纏まっていると思っていたのだけど、私たちがどれだけの存在なのかを理解した人々は、また色々と揉めているらしい。

 まぁ力をもった余所者は普通に怖いよね。襲われたら太刀打ち出来ないし。

 下手に対価を渋って逆上でもされたら、ワイバーンより厄介な事になる。


「ねぇおねーちゃん、ワイバーン美味しいかな?」

「まぁ今までの経験からすると、美味そうだよね。爬虫類は元々臭みが少なくて淡白な味わいらしいけど、そこに魔力って言う別種の旨味が入るし、期待はして良いんじゃない?」

「えへへー、楽しみだなぁ」


 今回のMVPである秋菜は、奴らの諍いなど気にも留めずワイバーンの肉に思いを馳せている。

 皮と肉と骨に分けて、内臓は冒険する必要ないし消し炭にして解体は大体完了した。


「向こうもまだ時間かかりそうだし、とりあえず食べよっか?」

「金網だけ有れば魔法で何とかなるもんね! 食べよ食べよ!」


 狐たちを集めて、荷物から金網を出すと魔法で竈を作り、火も魔法を持続して炭火に代用する。

 雪子が良い感じに切り分け塩を振ったワイバーン肉を金網に乗せ、焼き上がるのを待つ。


「………くっ、やりずれぇ」

「………おいしそー」

「くっそ、卑怯だ……」

「おなか、すいた……」


 お肉を焼いてると、ホームセンター側の子供達が集まって来て、焼かれる肉を眺めていた。とても切なそうに眺めていた。

 こんなん無理や。このまま無視して食べるなんて流石に良心が死ぬ。

 雪子も春樹も困った様子で私を見てるが、コイツ仕留めたの秋菜だから私に判断を仰ぐな!

 もう何が可哀想って、その子たちやつれ気味なのに、人の食糧に手を出しちゃダメって言い付けられてるのか、一定の距離を保って良い子にしてるだけなのだ。

 普通だったら泣き喚いて駄々を捏ねて、食べたい食べたいと騒ぐような歳の子まで、じっと肉を見つめて我慢してるのだ。

 もう一度言うけど、こんなん無理や。


「………秋菜」

「うーんと、あきなは、いいよ? あのね、子供はね、責任なんて無いんだって、お父さんが言ってたの。だから、あの子たちがお腹減ってるのは、あの子たちの責任じゃ無いんだよ。そうだよね、おかーさん?」

「……そうね。子供に食べさせるのは、大人の責任よ。私もココロさんに救われた側だから、偉そうな事言えないけど」

「でも、あきな、あっちの人達はヤダな。あの夫婦の人は良いけど、他の人はイヤだな。おねーちゃん睨んだりする人に、お肉あげたくない」


 秋菜が超絶良い子で、私は雪子の旦那さんに哀悼の意を送る。

 こんな良い子残して死ぬしか無かった旦那さんの無念は、私が抱えて生きるので、どうか安らかに眠って下さい。

 私は秋菜が良いと言うので、子供たちに手招きする。

 すると恐る恐る、一人の年長の子が出て来て姿勢を正し、私の目の前でピシッと気おつけの姿勢で言葉を待つ。軍隊かな?


「あー、君たちはお腹減ってるだろ?」

「は、はい。あの、見ててごめんなさいっ。でも、近付かないので……」

「いやいや、怒ってないよ」


 秋菜も良い子だけど、この子達も良い子である。

 確かにこの子達がお腹を鳴らして我慢してるのは、この子達の責任じゃない。

 大人の言い付けをしっかり守って、物資の大切さを理解してる子供なんだから、子供なりの責任は完璧に果たしてる筈だ。


「このお肉はね、この秋菜ちゃんがこわーいモンスターを倒して手に入れたんだ。だから、秋菜ちゃんにお願いして、秋菜ちゃんが良いよって言えば、食べていいよ」

「………ほ、ほんと?」

「嘘なんて言わないよ。ただ、君たちの親、あっちに居る人達は、私達を睨んできたりしたから、秋菜はお肉あげたくないんだって。それでも良いなら、君たちに分けてあげるよ」

「あげるよー?」

「あ、え、あの、聞いて来ても、良いですか?」

「うん。こういう時にもちゃんと大人に聞こうと思えるなんて、本当に良い子だね。でもちゃんと、子供だけって伝えるんだぞ? 俺らにも寄越せーって言われたら、流石に私達ムカついて帰っちゃうから」


 代表して来た子が自分の親を探して井戸端会議に突っ込んで行くのを確認したあと、私は子供達が食べれるかの安全確認も含めて、焼けたワイバーン肉を口に、する前に秋菜の口に放り込んだ。


「危ねぇ。いつもの癖で真っ先に食うところだった。秋菜が狩った肉だっつうのな」

「んんー、おいひー。おねーちゃんコレ、美味しいよ!」

「よし、じゃぁ私達も食べていいか?」

「うん!」


 その後は四人で黙々とお肉を焼いて食べる。

 超美味い。ヤバい美味い。

 なんと言うか、豚肉の甘さと、牛肉の旨味が、淡白な白身魚の刺身を食べているような味わいに混ざって、でも食感は多分蛇とか蜥蜴の物なんだろう。

 要するにどちゃくそ美味い。


「あ、あの……」

「ん、ああ、親御さんですかね?」


 半分我を忘れて肉を食い漁ってると、先の男の子が両親を連れて来た。

 両親は心底申し訳なさそうな表情で、でも肉を自分にも寄越せって感じでは無かった。


「子供達に食べさせても?」

「お願いします。ずっとひもじい思いをさせてたので、食べさせてあげて下さい」

「今のところ大人に食べさせるつもりは無いですけど、それでも?」

「もちろんです。……何人かは文句を言いそうな奴が居ますけど、子持ちの仲間はみんな同じ思いです。煩いやつはコッチでも黙らせますけど、気に触ったらぶっ飛ばしてくれて構いません」

「え、マジ? それなら凄い気が楽だわ。殴っていいなら好きにやろうか。それじゃ……」


 視線で秋菜に確認し、頷いたのを見て私は、焼きたてのワイバーン肉の切り身を箸でつまんで、頑張った男の子の口に運ぼうとするが、男の子は口を閉ざしたままだった。


「……どうした? 食べないのか?」

「あの、あの、僕が我慢したら、お父さんとお母さんに、食べさせてくれますか……?」


 それを聞いていた両親は泣いた。

 私も泣きそうになった。ちょっとこの子いい子すぎない?


「………君は本当に良い子なんだなぁ。君みたいな子を育てた親なら、私は食べさせても良いんだけどね。でもそう言う問題じゃ無いんだ。ごめんね?」

「だ、ダメですか? あの、僕働きますから、働くので、お父さんとお母さんにっ」

「待って本当に待って泣きそう。これはズルいって。なんだよご両親これはダメだよいい子過ぎるよ」


  私は箸を持った手の反対で目頭を抑えた。

 むしろコレが親にそう言えと仕込まれてたとしたらこの場で二人を殺すかも知れないくらいには涙腺が揺れる。


「あのね少年。もしお父さんとお母さんにお肉を食べさせると、他の人も食べたいって言うのは分かるよね?」

「……はい」

「でも私達は他の人にはあげたくない。いや数人はあげてもいい人居るけど、全員は無理だ。大事な食べ物を嫌いな人にあげれるほど、今の世の中は甘くないんだ。わかる?」

「…………はい」

「すると、お肉を食べた人と食べれなかった人で、喧嘩が始まる。もしかしたら本気で傷付け合う酷い事になるかも知れない。そうなると、やっぱり全員にあげない方が良いんだよ。君はお父さん達がそんなデッカイ喧嘩に巻き込まれたら、嫌だろ?」


 賢い子なのだろう。

 私が言った言葉を一つ一つ飲み込んで、納得してしまった。

 ポロポロと泣く男の子を、その両親が愛しそうに頭を撫でる。


「それに、お父さんとお母さんも、君がお肉を食べて嬉しそうにする方が、ずっっと嬉しいと思うよ。だからほら、冷めちゃったけど食べな?」


 箸をずいっと前に出すと、男の子は泣きながらパクッと食べた。

 久しぶりのお肉だったのだろう。涙は大きくなって、しゃくりあげながら口の中の肉を咀嚼する。


「美味しいかい?」

「……あ゛い゛、お゛い゛し゛い゛て゛す゛」

「うん。じゃぁこのお肉を倒してくれたこっちの秋菜ちゃんにお礼を言って、他の子にもお肉の事教えてあげて」

「あ゛い゛っ゛……!」


 微笑む秋菜にお礼言って、ボロボロ泣きながら子供たちの中に戻った男の子は、お肉を食べさせてくれる事をわんわん泣きながら伝えた。

 それを聞いたもっと幼い子供達は、わーっと竈に群がって、キラキラした目でお肉と私を見ている。


「ほら、私じゃなくてこっちの女の子が、お肉の持ち主だよ」


 秋菜は食べて良いよと言い、これを見越してせっせと肉を焼いて居た雪子が子供達にお肉を配る。

 待ちきれない子供達は手掴みでお肉を食べ始め、それを咎めるような人間は居ない。


 いや、居なかった、が正解か。


「なんだなんだ! なんでガキ共が肉なんて食ってんだ!」


 流石に騒ぎ過ぎだったので、煩い馬鹿にも聞こえてしまったのだろう。

 向こうの井戸端会議から筋肉質な巨漢がやって来て、美味しそうにお肉を食べる子供達を睨みちらした。

 何人かの生存者が井戸端会議から抜けてその男に追従しようとして、親御さんグループに止められている。

 せっかく幸せそうだった子供達の手は止まり、悲しそうに俯いていた。


「ろくに働けねぇ上に、戦力にもならねぇガキ共に食わせるくらいなら、俺に寄越せよ! 肉なんて上等なもんは大人がく--」

「黙れよ」

「--ぺぎゃっ……!?」


 わざわざ私の近くまで来て唾を飛ばしてくれるクソ野郎に、最後まで言い切らさせず、鞘付きの幻想刀を出してそのまま殴り付けた。


「……せっかく気分が良かったのに、邪魔すんじゃあねぇよ三下ァ。物理的にすり潰してやろうかぁ? あぁっ?」


 我ながらめっちゃドスの効いた声が出た。


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