第30話 討伐依頼



「とうばついらいー?」


 牛肉をたらふく食べた日から三日。

 私の拠点には三人のお客さんが来ていた。

 一人は私も信頼するここら周辺の最高戦力の一角、レベル七十五の太郎さんだ。

 その二人に連れられてやって来たのは、少しやつれ気味の男女で、着ている服もほつれが目立ち薄汚れている三十代の夫婦に見えた。

 いつも頼りにしてる超感覚に頼れば、恐らくレベルは二十ちょい。あまり強いとは言えないが、それでも彼らは所属する生存者グループの中では強い方らしい。


「なんでも、ワイバーンが出たらしいのだよ」

「……ほう、ついに竜種のご登場ですか。一年ぶりの対面になるのかな?」


 彼らは、ここら辺の生存者では無く、肉の街よりも更に二つ分離れた駅周辺からやって来たらしく、何故ここに来たかと言えば、九尾の剣士とドラゴンガンナーの噂を聞いて助力を乞うため遥々来たのだと言う。


「お礼はします。どうか助けて下さい……」

「どうか、娘の仇を……」


 どうやら彼らの目の前で、ワイバーンに娘を食い殺されたらしく、恨み骨髄、どんなモンスターも鎧袖一触にすると噂の私達に仇討ちを依頼しに来たらしい。


「ふむ。依頼は受ける方向で考えるけど、お礼の内容は聞いていい?」

「……生きた鶏を番で二組、それとウチで育ててる野菜でどうでしょ--」

「ココロさん! 受けましょう!」


 雪子が叫んだ。

 番の鶏と言うことは、卵も期待出来るし増やせる。増やせば鶏肉も食える。雪子としては是が非でも欲しい物資だろう。

 雪子も控え目とは言えレベリングは怠っていないので、現在レベル五十五。春樹はレベル七十一。秋菜もレベル七十八と、たぶん現在日本に居るスキル持ちでも屈指の強さでは無いだろうか。

 やはり魔法スキルが早い段階で手に入った事は、とてつもないアドバンテージなのだ。


「行くとして、ココログループ総出?」

「卵と野菜のためなら私も頑張ります!」

「俺も、姉ちゃんと秋菜ばっかり活躍させねぇよ。あと頑張ったら姉ちゃんの尻尾に……」

「お兄ちゃん気持ち悪い」


 久しぶりにウチのメンツが総出撃らしい。

 これなら例え、ワイバーンがレベル百相当でも、単独であれば倒せるだろう。

 エリクサー的な扱いになりつつあるスピリタスも腐肉のダンジョンから着実に奪って貯めてあるし、そうそう滅多な事も起こらないはずだ。


「太郎さんは?」

「どうしようか迷っては居るね。行くとしても、魔法隊を連れて行くのか、私が単独でココロ君たちに加わるのか」

「私と秋菜と太郎さんは、この辺りでトップスリーだし、来てくれるなら勝率は爆上がりするだろうけど、逆にトップスリー全員出ちゃって良いのかどうか…… 」

「確かに茂と一郎も渋りそうでは有るね」


 茂と一郎とは第三中学校の避難所を管理する幹部である。


「姉ちゃん行こうぜー。俺も精霊と全力で戦えるの初めてだし、行きてぇーよ」

「……ああ、亀ちゃんね」

「玄武って言えよ!」


 春樹は愛用していたサバイバルナイフが少し前に進化して、【青春の多目的短刀】から【戦亀の漆黒刃】に変化、その後つい先日精霊化も完了して可愛らしい陸亀が誕生していた。春樹は玄武と名付けている。

 ちなみに、雪子も愛用していた【手作りの鉄槍】が進化して、【犬鷲の薙刀】に変化して、精霊化はまだしてない。


「おねーちゃん、ワイバーンって、美味しいのかなっ!?」

「秋菜、目の前にそのワイバーンに家族食われた人達が居るんだから自重しような。気持ちは分かるけど」


 謝罪を込めて夫婦に目礼すると、二人は力無く首を振って答えた。


「アレが死んでくれるなら、いいのです」

「むしろ、娘の魂ごと、力強く生きる皆さんの糧になるなら……」


 母親の目に涙が零れ、さすがに悪い事をしたと思った秋菜もペコペコ謝り、慰めようと黒竜を差し出す。

 が、竜に娘を食われた人に黒竜を差し出したら怯えるのは当たり前で、逆効果だった事に秋菜も泣きそうになってしまった。

 私は体の内から金狐と銀狐を呼び出して、竜に怯える奥さんを慰めさせる。

 さすがに愛くるしく人懐っこい狐は怖がらなかったが、もし犬や野生動物も怖いと言うならお手上げだった。


「すいませんね。ワイバーンは確実にぶっ殺すので許してください」

「いえ、ありがとうございます。それに、物語では良くワイバーンよりドラゴンの方が強い風に描写されるじゃないですか。だからその黒い子も娘の仇を討ってくれると思えば、いっそう心強いですよ」


 見るからに空元気。

 でも、自分に力が無いと嘆きながら、モンスターが蔓延るこの世界で長距離を歩いて移動する危険をおかしてまで、私達を探し出して仇討ちを願うその気持ちは間違いなく本物であるし、彼らと逆に親をモンスターに殺された私にも思うところはある。


「平和を勝ち取って暮らしている、皆さんのような家族にこんな事を頼むのは間違ってるかも知れませんが……」

「……私は家族じゃないですよ」


 思わず否定してしまった。秋菜がちょっと悲しそうで申し訳ない。


「……えっと?」

「身内として数えてるし、家族として一緒に居ますけど、私の血縁者は、両親は、お二人の娘さんみたいにモンスターの餌食になりました。だからお気持ちは分かりますよ」


 狐を抱いていた奥さんも、旦那さんも目を見開いた。

 そこまで驚くなんて、私たちが本当の家族に見えていたのだろうか。ならば少し嬉しく思う。


「私はモンスターが許せない。リポップなんてしないなら世界中を巡って根絶やしにしてやりたい。でもそれも叶わないから強くなりました。殺し尽くせない代わりに、どんなモンスターでもブチ殺せるように。父と母の苦しみをどんなモンスターにも存分に分からせてやれるように」


 秋菜に手招きして、いつだったかの定位置に収める。胡座をかいた私の上に座った秋菜は、竜の尻尾を私に巻き付けてぎゅっとしがみついた。


「この子のお父さんも、つまり後ろの雪子の旦那さんも、目の前でモンスターに食われたらしいです。だから私達は生き残るために、絶対にモンスター如きの腹に収まってやらない為に、ずっと力を磨いて牙を研いでるんです」


 巻き付けられた秋菜の尻尾を、私の尻尾でわさわさと撫でる。

 感覚が繋がってる尻尾をそうしたらゾワッとするのだろう。秋菜はもっとぎゅっとしがみついて耐えている。


「依頼は受けます。確実にそのクソ翼竜には報いを与えます。例え私達よりも格上のモンスターであろうと、絶対に殺してみせます」


 尻尾と尻尾でイチャつく私達を羨ましそうに見てる春樹を務めて無視をして、自信満々に夫婦へ笑ってみせる。


「むしろリクエストはありますか? 娘さんを殺した畜生に、お二人が望む責め苦を与えてみせますよ。なんなら弱らせてからお二人の前に拘束して、トドメを譲っても良い」


 私は両親の仇をすぐに討てた。だからきっと今でも強く生きていられるのだ。

 ならば彼らにもそうしてあげよう。

 何がワイバーンだ。何が竜種だ。私を誰だと思ってる。


「空飛ぶ蜥蜴に思い知らせてあげますよ。この世で一番手を出しちゃいけない生物が人間だって事を」


 ドラゴンもどきの蜥蜴如きが、空を飛ぶなんて頭が高過ぎるぞ。

 古来より、九尾の狐とは神の如き存在ぞ? 頭を垂れて地にひれ伏せよ爬虫類風情が。



 明けて翌日。



「やはり、渋られに渋った結果、遠征は出来そうにないのだよ」

「やっぱそうですか。今でも結構自由に過ごせてますけど、前に見付けた蜘蛛ダンジョンに行くだけでも渋々でしたもんね」


 私の家で一日しっかり休み、太郎さんから融通してもらった服にも着替え、少し元気が出た様子の依頼主夫妻。

 今も生存者グループに被害が出てるかも知れないと言うことで、急いで出発する事になった。

 本当なら太郎さんが新開発した三人乗りが出来る新型エアライダーで飛んで行きたいところだけど、向こうではどんな被害が出てどれだけの怪我人が居るかも分からないので、可能な限り物資を持って行く事に決まり、エアライダーは今回没になりました。

 代わりの移動手段として、最近大きくなれる事が発覚した精霊達に乗って、ありったけの物資を担いで陸路を行く事になった。

 依頼主夫妻は灰色の双子霊狐に乗ってもらい、私は金狐、春樹は銀狐、雪子は白狐に乗っていく。

 黒狐と二尾の霊狐にはボストンバックを腰に括って装備してもらい、搭乗者も全員バックパックとボストンバックで物資を持っている。

 秋菜だけは自前の翼で飛びながら、新路上のモンスターを上空から狙撃して安全確保をしてくれる手筈だ。ドラゴンガンナーは頼りになるぜ。


「それじゃしゅっぱーつ」


 精霊が巨大化出来ることが発覚してわかった事だが、武器の使用者が魔力さえ与えれば精霊達も戦力になるのだ。

 出発して二十分。ヤバい速度で走る私達の頭上で、秋菜の他にも二匹の黒竜と一匹の白竜がブレスを吐いている様子が見える。道中のモンスターを排除しているのだろう。

 増えた一匹の白竜は、秋菜が来てる服の精霊である。

 服も精霊化出来ると知った秋菜が同じ服を毎日洗って毎日着て、一緒に寝て一緒にお風呂に入った結果、私以外で唯一服の進化を果たした。【修羅】の補助無しだと考えると、結構な快挙なのでは?

 ちなみに進化は【お気に入りの着古し服】から【竜姫の麗鱗】となった模様。

 見た目は真っ白い甘ロリドレスで、私の服と同じ様に色が変えられる仕様だ。その場合、白竜の色も変わる。

 白竜のスキルは徹底的な魔力補充で、ここ最近の秋菜は魔力が無限になったのかと思うほどで、黒竜と合わせて三匹の精霊に魔力を渡しまくっても問題ない魔力お化けになってしまった。

 その能力を知った太郎さんはどちゃくそ羨ましがってた。

 ちなみに太郎さんも精霊は獲得して居るけど、スキルが魔法の使用魔力の削減と魔法の威力増加で、魔力自体は増えなかったし回復効果も無い。

 太郎さんの精霊は頭が二つある白い蛇で、進化した杖も【手作り木彫りの杖】から【スクレピア】となった。アスクレピオスと名前が似てるけど、親戚の蛇とかだろうか?


「はやい……」

「もうこんな場所に……」

「精霊の力は装備者のレベルに依存するみたいなので、この子達は皆レベル八十オーバーですよ」


 考えると私一人で、私を含めてレベル八十三の戦力が九個もあるって相当なチートだよね?

 もちろん八匹の狐全てを戦力にする為には相当な魔力を消費する訳だけど、魔力超強奪と魔力増幅、魔力回復があるし、やっぱりチートだよね。

 いやほぼ無限魔力みたいな秋菜が居るからそうでも無いかな。

 秋菜なんて航空戦力四つが無補給で無限に暴れるんだもんね。何そのチート怖い。


「……これは、勝ったな!」

「娘の仇をどうか、どうかお願いします……!」

「もちろん勝ちますよ。相手は単独で良いんですよね? 多勢に無勢だと思いますよ」


 負ける気なんて当然少しも無いので、気安くそう言った。

 そう、そのつもりだったのに。


「なんか三匹いるんですけどー?」


 辿り着いた目的地は、それぞれ違う色をした三匹のワイバーンから襲撃を受けていた。


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