第23話 お肉が食べたい!
「おにくたべたいよぉぉー!」
「わかる」
ある日の夕食。突然秋菜が叫んだ。
私も常々思っていた事なので、思わず同意してしまった。
「おねーちゃん、あきな、おにくたべたいっ!」
「わかる」
私達の拠点は電気が使えるが、だからと言って食材を無限に保存出来る訳じゃないし、腐った食材を復活させられる訳でもない。
冷凍食品なんてとうの昔に食い尽くしているし、新たに手に入れられる肉製品なんて殆どが腐り果てている。
もちろん、お肉が一欠片も口に出来てなのかと言われたらそんな事ない。缶詰に入った焼き鳥とか、この世界では心に染みまくるマトモな料理の面影がある鯖の味噌煮とか、鯨肉や牛の大和煮とか、とにかく缶詰という素晴らしい保存食のお陰で、未だにお肉を口には出来ている。
たった今、雪子と春樹もそんな言葉で秋菜を説得しているが、私には分かる。そうじゃないんだコレが。
「ちがうの! あきな、おにくがいっぱいたべたいの!」
「だから、この間も缶詰いっぱい手に入ったって、沢山食べたじゃない」
「そうだぞ秋菜、兄ちゃんより食ってたじゃん」
「ちがうのー!」
そう、違うのだよ。
「秋菜、わかるぞ」
「おねーちゃん!」
「ココロさん、どう言う事でしょう? 私、娘が何言ってるのか全然分からなくて」
「簡単な話なんだ。私もだが、秋菜はお肉を“食べたい”んだよ。“摂取”したいんじゃない。お肉を食べてるって言う実感が欲しいんだ。要するに、口いっぱいに肉を頬張って、肉の繊維をブツブツ噛みちぎるあの幸福が味わいたいんだ。口いっぱいに肉汁を感じて、肉の旨味だけを飲み干したいんだ」
つまるところ、デッケェ肉が食いたい。それだけなのである。
少なくとも焼肉サイズで、缶詰に入ってる指先サイズじゃ満足出来ない。
可能なら極厚ステーキを好きな様に切り分けて、自分の口でモギュモギュしたいのだ。
「そう言う事だよな?」
「そう! さすがおねーちゃん!」
「ほんと最近、妹が姉ちゃんの分身になって来たよな」
「そしたら妹にもケモミミ生えるじゃんか。やったな春樹、ケモミミ増えるよ」
「やめろぉっ!」
和やかな夕食である。
ちなみに料理は、最近小麦粉の可能性に目覚めた雪子が作った手打ちうどんだ。
海藻類などは日持ちするし、醤油も麺つゆも未開封なら相当持つので、具材が増えるワカメおんりーなんて事に目を瞑れば普通に美味しい逸品である。
「でも、無理でしょう?」
「いやまぁ、現状はまだ無理だよ。でも不可能では無い。だから当面のこの肉食欲を何とかしないと、肉を食う前に私と秋菜は暴れる可能性がある」
「姉ちゃんと秋菜が暴れたらこの辺滅ぶぞ」
「滅ぼせるぜ☆ まぁ冗談は置いといて、内陸なのが辛いよな。せめて海でデカい魚でも釣れたらさ、この肉食欲も落ち着くんじゃ無いかと思うんだけど」
「……姉ちゃん、海がマトモな保証はどこにあるんだ? モンスターだらけで魚居ないかも知れないぞ」
「………oh」
せやった。世界が壊れてるの忘れてた。
確かにモンスターが跋扈する海なんて魚食い尽くされてそうだし、じゃぁその水棲モンスター釣って食ったらァって思っても、モンスター釣れる釣竿ってどんなのだよ。釣り糸で釣り上げられるのかよ。
ジーザス。やはりこの世界は簡単に肉が食えない様である。辛い。
「きっと私からお淑やかさが無くなったのも、お肉が食えないからだ」
「いや姉ちゃん、初めてあった頃からそうじゃん。あの頃冷凍食品まだあったじゃん」
「煩いぞ春樹。明日の朝飯パイン飴が良いか?」
「……パイン飴より姉ちゃんの尻尾がいい」
「……おにーちゃん、きもちわるいっ」
「うるせー! 良いんだよ! 俺は開き直る事にしたんだ!」
獣耳スキーとして覚醒した春樹は、朝食の代わりに私の尻尾をモフる権利を主張し、秋菜に心底キモがられた。
そんな様子をあらあらうふふと眺める雪子も、結構この世界に染ってきたなって思う。
「さて、じゃぁお肉が食べたい私と秋菜は、お肉を探しに行くか」
「ほんと!?」
「なんだよお肉探しって。今頃お肉漁っても腐ってるだろ」
「馬鹿だな春樹。お前お肉が最初からお肉だとでも思ってるのか? いや、最近マジでそう言う子居るんだっけ? え、雪子どうなの、春樹はちゃんと食育してる!?」
「ふふ、大丈夫ですよ。有名なファザー牧場で牛を見せながら、主人が春樹にあの牛を殺して食べるんだぞって言って泣かせた事が有るので」
なんともダイレクト☆食育を行ったものだ。
ファザー牧場なんて半分牧場の半分遊園地みたいな場所じゃないか。あそこで牛さん可愛いねーとかキャッキャウフフした後に、アレ殺して食べるんだぜってトラウマになると思う。
雪子の旦那さんヤベーな。
「じゃぁ生きてる肉探すのか? 牛や豚なんて何処にいるんだよ。もしかしてダンジョンの腐肉食べるのか?」
「バカお前アレは腐ってなくても人間のパーツがこんにちはしててダメだろ。カニバルは良くない。と言うかあんなもん、もし私が食べるとしても秋菜に食わせられるわけねぇーだろ。鼻にパイン飴突っ込むぞこの野郎」
私はポケットからパイン飴を取りだした。
春樹は鼻をガードした。
「じゃぁどうすんだよ。俺だって肉食えるなら食いたいよ」
「一番手近な可能性は、消えたオーク探すんだ」
春樹と秋菜は「え、モンスター食べるの?」と顔で返事をする。そう言うところ兄妹だよね君たち。
「馬鹿だなぁ。確かにアレは人型だけど、オークと言えば豚か猪の怪物で有名なんだぞ。私が見たオークも全部二足歩行の猪だった。見た目通りなら、アレは豚の仲間の筈だ」
ガタッと音がした。
秋菜が席を立っていた。
「おねーちゃん、ぶたにくさん、さがしにいこっ?」
「気持ちは分かるが落ち着くんだ秋菜。本当に気持ちは分かるけど」
瞳の中に「ぶたにく♡ ぶたにく♡」と踊るもう一人の秋菜が見える。
分かるぞ。牛肉も良いが、豚も良い。豚バラと白菜のミルフィーユ鍋なんて、豚じゃないと出せない味だ。食いてぇ。
「ふーん、二人で行くの?」
「なんだ、来たいか?」
「待ってればお肉持って来てくれるなら別にー? いやでも着いて行けば戦う時に姉ちゃんが刀抜いてモフモフするよな。どうしよっかな……」
「お前ほんと開き直って来たな」
結局、お肉探しよりも秋菜のレベルに追い付きたい春樹は、太郎さん達のグループを誘ってダンジョンに行くらしい。
雪子は豚肉待ってますねと笑い、私と秋菜のコンビで探索が決まる。
なんだかんだ、シューターと一緒だと痒い所に手が届いて助かるのだ。
今の秋菜は春樹が使っていた電動ガンも受け取り、個人防衛火器の二挺持ちがスタイルになっている。
春樹は電動ガンを手放して、私のようにサブのハンドガンだけ装備して、あとはロングナイフを持って魔法剣士スタイルを磨いているそうだ。
少し前に思い付いた剣術スキルの予想は正しかった様で、埋めたゴブリンの頭を狙って大上段でぶち殺すこと三回、春樹も剣術スキルを獲得した。
今は魔法剣士志望の中学生組が、サブのハンドガンと剣術スキルの情報を求めて交渉中だったりする。
と言うのも、私と太郎さんが交わしているのはあくまで個人が取得した情報や物資で、でも中学生達は自分たちだけの情報など無いし、物資は避難所に殆ど渡しているので、交渉に使える分などほとんど無いのだ。
私としては教えて良かったのだけど、これからの事を考えて中学生達に経験を積ませるため、あえて取引の形にしてあるのだ。
そうするとコチラも、経験のために手加減したら意味が無いので手心など加えない。すると情報の価値とハンドガンの価値を鑑みると、交渉が難航せざるを得ない。
話を戻して、そんな感じで春樹はそこそこ見れる魔法剣士になっている。そしてやはり魔法職にとって、腐肉のダンジョンは破格の狩場だ。
恐らく経験値はレベル五十相当の癖に弱点属性で攻めれば本来の力を発揮しないまま、三十レベル状態から更に弱体化して倒せるのだ。あんなに美味しい場所は他に無いんじゃないか。
私なんか今では魔法無しの剣術のみで削り殺せるようになって、そちらの鍛錬用にも良い狩場となってる。
魔法剣士なのだから魔法だけ鍛えるとそれはもう魔法使いだ。そろそろ剣術も鍛えないと、このままでは純魔法使いの劣化版みたいな形になってしまう。
「そんな訳で、明日はオーク探しな」
モンスターが出現した初日から数日は、この周辺でもオークもオーガも良く見たし、空にドラゴンだって居た。
そして周辺に出没するモンスターがゴブリンばかりになった頃には、腐肉に侵食される前のショッピングモールにオークもオーガも大量にいた。
あれはつまり、モンスターが拠点に出来る場所を探した結果、ある意味拠点施設の集合体みたいなショッピングモールに殺到して、人を食い殺してた訳で、ならばきっと、他のオーク用の拠点になった場所を探せば、食肉モンスターがリポップする無限肉生産工場と化すだろう。なんて素敵な施設なんだ。
モンスターを好きなだけ殺せるだけじゃなくて無限に肉がに手に入るなんて、最高かよ。
「どこ探すの?」
「候補としては、避難民が封鎖に失敗して立て篭れなかった大型店舗系の施設を探すんだ。ゴブリンは知らんけど、他のモンスターも雨風は凌ぎたいみたいだし、でも多分集落規模で活動するんだろうから、共同体で使用出来る大きさの建物が必要だと思うんだ」
そうなると、候補は少なくないが多くもない。
大型の百均や、ホームセンター、ゲームセンター、アミューズメント施設、あとはショッピングモールと言わずとも複合型商業施設が有れば狙いたいところだ。
「となると、駅前ですか?」
「ちょっと遠くね?」
「最寄りの駅が周辺ごと地殻変動の山出現で潰されたから、一番近いのが五十キロ以上離れてる隣駅なんだよね」
「おやまも、しらべる?」
「あ、山はゴブリンの巣窟らしい。ホームセンター組が駅の物資が山に残ってないか調べに行ったんだってさ」
勝手なイメージだけど、オークとかオーガは山に居そうな気がするのだ。でも居なかったらしい。
実際私もショッピングモールに詰まってるオークにオーガを見てた訳だから、納得しないといけないのに、ちょっと納得しずらい心情だ。
「じゃぁ、やっぱり遠くね?」
「もしかして、泊まりがけですか?」
「もちろんそれも視野に居れてるけど、移動には太郎さんから貰ったアレ使うつもりだから、多分大丈夫」
「……ああ、アレ使うんですか」
「……? お母さん、アレって何? 俺知らないんだけど」
「ココロさん、春樹が見ないようササッと使って下さいね」
「うん。秋菜が見ちゃうのは許してね」
「大丈夫です。秋菜はココロさんの言うことは絶対に守るので」
「ねぇ待って。俺知らないんだけど。俺見ちゃダメな移動手段ってなに!? すげー気になるんだけど!?」
太郎さんは最近、魔法の研究やポーションの研究など、マジで魔法使いみたいな生活を送っている。
もちろん学校の最大戦力としてレベリングも欠かさないが、腐肉のダンジョンなんて便利な場所が出来てしまったので、レベリングをちょっと疎かにしてもスグに取り返せるのだ。
そんな太郎さんが作って私達にくれたのは、魔法の使用を前提にした乗り物だ。
その名も、マジックエアライダー。
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