第17話 眼溜瀬出須。
「さーせんした」
名前は確か、めぶき総合病院。ここはそんな名前の施設である。
そこの受付とか待合とか諸々が詰め込まれた正面玄関先のロビーで、私は土下座をしていた。
理由は簡単で、病院前にたむろしていた不良二十人の内十八人を半殺しにしたからである。
いやだって私は悪くないと思うのだ。
煌々と明かりが灯る病院に、その正門で一斗缶を使って焚き火している二十人の不良。
鉄パイプがそこら中に転がり、鋲付きの革ジャン着たりチェーン付きピアスで唇と耳朶繋いだり、ガチの世紀末モヒカンだったり、そんな奴らが病院前でたむろしていたのだ。
そんなの見たら重要施設を不当占拠しているクソ野郎達だと思うじゃないか。
だと言うのに。
私が半殺しにした不良達は不良に違いないと言うか、ガチの暴走族でただの不良より下劣である筈なのに、何故かその族の頭が物凄いおばあちゃん子で、この病院に入院していたおばあちゃんを守る為に日夜モンスターを排除していたこの病院の守護者だと言う。
そんなん詐欺や。
そんな訳で、この病院の守護者である、暴走族
いまロビーに四十人くらい集まって全員が私を睨んでいる。なんだよこの初見殺し。急いでなかったら多分半分くらいホントに殺してたよ。そんで完全に病院と敵対してたよ。
とりあえず、私が土下座しているのはこの病院の医院長さんと、眼溜瀬出須、いや名前面倒いクソ馬鹿野郎が。メルセデスさん達のヘッドである何とかタツヤさんである。タッちゃんとでも呼ぼうか。
医院長は白衣を着たハゲ。タッちゃんは白い特攻服に金髪のフランスパンレベルのリーゼントって言うコッテコテの姿だ。いっそ笑う。
タッちゃんは私がカチコミかけた時にはおばあちゃんの病室に居て、被害を免れていた。
「……君は本当に反省してるのかね?」
私が不満たらたらに「さーせん」って言ったもんだから医院長もピキピキしているが、聞かれたので答えよう。
「いや、正直微塵も反省なんかして無いけど。馬鹿なの?」
その瞬間、空気が凍った事だけは分かった。いつの間にか私は氷魔法を発動していたのだろうか。
「いや、逆に聞くけど、このご時世にこんな格好をしている奴らにいちいち事情説明する馬鹿居る? あんたらコイツらに守られ過ぎてて外のヤバさ知らないの? 同じ人間同士で残った物資を奪い合って殺し合う様な世界になっちゃってんだよ? そんな世界で鉄パイプで武装してピアスじゃらじゃらのヤバそうな集団に、医療品が欲しい、助けて欲しいって、言う? 言うの? もし言うなら外では音速で死ぬからね? 馬鹿じゃなきゃ普通にモンスター扱いしてぶっ殺すよ。むしろこんな紛らわしい格好してるくせに今私を土下座させた事を逆に謝って欲しいんだけど」
空気がピキピキしていらっしゃるけど、知った事じゃ無いよ。
「いや人並みに悪いとは思うよ? でもそれは病院を頑張って守ってた奴らをぶっ飛ばしちゃった事に対してで、少なくとも今ここに居る九割近い奴らには睨まれる筋合いすら無いんだけど。そんなに守ってもらう事を感謝してるなら、自分らも戦いなよ。この世界は今ちょっとモンスターぶっ殺すだけで戦えるようになるんだからさ。感謝だけしてないで自分も頑張りなよ。さすがに寝たきりの老人とか重病人に戦えとは言わないけどさ、普通の避難民も結構居るでしょ? 戦えよオラ。普段お前らだって族とか見下してた癖に。今度は崇め奉って危険なこと全部押し付けんのかクソ共が」
イラつき過ぎて逆に向こうを責め始めた私。
もう既にここの人員をブチのめして医療品かっぱらっていく選択肢が有力候補に挙がっている。
言いたい事は言い切ったので、ポケットにしまっていたメモを出して、ピキピキしてる医院長に見せる。
「とりあえずここに書いてある物が必要だから見繕って。対価が必要なら後日相応の物資を持ってくるから」
「………君はそんな態度で、こちらが頷くとでも?」
「いや別に良いよ? 拒否されたら適当に邪魔な奴ブチのめして勝手に持って行くから。ピンピンしてるアンタらより今死にかけてる生存者を優先するし」
言うなりメモを引っ込めて、模造刀を抜く。
「爆炎よ、宿れ」
かなり強めの語気でエンチャントを施した。そろそろ魔力が心許ない。
ここに居る人間をブチのめすだけなら風のエンチャントの方が燃費も良いし手加減もしやすいんだけど、目に見える脅威を示してあげた方が良いかなって言う、私の優しさ。
模造刀から普通ならヤバいレベルの豪炎が吹き出し、私が気を付けないと危うくスプリンクラーが作動しそうになる。
燃える刀と言う非常識を目にした医院長は、強気だった態度を反転させて「そんなことしちゃダメだ!」と子供を諭す様な事を言い始めた。
「話し聞いてなかったの? もう世界は、人同士が物資を奪い合って殺し合う、そんな場所になってるんだよってさ。対価を払うって言っても融通してくれないなら、もう奪うしか無いんだってば。そこのメルセデスとか言う人達のリーダーなら分かるんじゃない? それともアンタも分からない?」
上級剣術を使って燃える刀を綺麗に一振、二振り、三振り。ちょっとした演武みたいになってるが、周りが感じる熱は相当な物のはずだ。
「わ、わかった。言う通りの物を用意するから、武器を納めてくれ……」
「最初からそう言えば物資と交換出来たのにね」
「はっ、なんっ? 対価を払うって言っただろう!?」
「はぁ? 取引を拒否したのはそっちじゃん? その後武力に屈して、対等な取引が成されると思ったの? 馬鹿なの?」
私は火魔法を解除して手に持った父の形見を納刀した。
苦々しげな医院長を鼻で笑いながらメモを渡して、そのメモが看護師の手に渡るのを見ながら、物が違ってたら後日フル装備で殴り込みに来る事も伝える。後は看護師達が集めてくれるのだろう。
その後、ずっと黙っているメルセデスのリーダーを見て一つ思い出し、思い付いた事を一応伝えておく。
「病院じゃなくて、勘違いで半殺しにしちゃったあなた達には一応、謝罪としてちょこっと物資持ってくるけど、何か希望はある?」
紛らわしい格好をしていたとは言え、勘違いでぶっ飛ばしたのは完全に事実である。謝罪の品くらいを用意するくらいはしても良い。
そう思って聞いたのに、彼は答えない。ただ無視されているって訳でも無いようで、何故か彼は私をずっと見ているのだ。
今も目が合ってるのだ。なんなんだコイツ。
「……希望は無い? そんなに量は届けられないと思うから、お酒とかタバコとか、今ではもう希少になりつつある嗜好品とかオススメだけど」
「………」
「いや、何か言って? え、医院長、この人喋れない病気じゃないよね? もしそうなら誰か通訳的な人いないの?」
コイツ全然喋らない。
医院長も訝しげな顔をしているから多分喋れるんだろうけど、医院長には今明確に無視された。クソムカつく。
「ねぇ、喋れるなら何か言ってってば。そんなに激おこなの? いや部下ぶっ飛ばされたら普通激おこだよね……」
「…………たぜ」
「んぇ? え、何? なんて?」
自分で怒ってるのか聞いて、怒ってるよなって納得しちゃった私の耳に、メルセデスのリーダー、タッちゃんだっけ。彼の声が、多分彼の声だと思う何かが聞こえて聞き返す。
コイツ声ちっさっ!
「………れたぜっ」
「き、聞こえねぇって……。なんだって?」
聞こえねぇって言ってんだろこのクソリーゼント! 腹から声出せやゴルァ!
内心喚く私をジーッと見ていたタッちゃんは、急にカッと目を見開いてやっと大声を出した。
「惚れたぜっ!」
そして立ち上がるタッちゃん。
急の大声にビビる医院長。
「俺は、おめぇに惚れたっ!」
「あ、はい」
ビシッと指さすタッちゃん。指さされる私。
何言ってんのって顔する医院長。同じ事思う私。
「この変わっちまった世界でも気高く、強く、真っ直ぐに生きる、お前に惚れたぁ!」
「……うん」
わざわざ好意を大きく示してから、どこを好きになったかを語る子憎い演出。クソほどもトキめかない。
周りで私を睨んでいた人員の内、お年寄り達が「タッちゃん、タッちゃん良かったねぇ」とほろりと涙する。
コイツほんとにタッちゃんって呼ばれてたんだな。
「三階の病室で、ばぁちゃんと一緒にお前の暴れっぷりを見た! 俺の胸は高鳴った!」
「いや舎弟ブチのめされてトキめくなよ。舎弟可哀想だろうが」
可哀想だろって言っても、ブチのめさなかった二人程が視界の端で「かしら、良かったスねぇ」とか言ってんの見えてんだよなぁ。
コイツらちょっと頭おかしいだろ。
「そして何よりもぉ、炎を纏ったおめぇが、美しかったあ!」
「ん、そっすか」
そろそろかなと思って、言葉の準備はしておく。
それにしてもまぁ、随分と情熱的な愛の告白だった。
もし私が明日を疑っていなかった時の、両親に頼るだけの小娘だった時に聞いたなら、もしかしたらトキめいて、下手したらタッちゃんに惚れていた可能性だってあったかもしれない。
でもそんな未来は無かったのだ。だからつまり、
「だからこの俺にぃ、毎日味噌汁を作っちゃあくれねぇかっ!?」
「お断りします。ごめんなさい」
危うく、告白が古風だなとか、このご時世に味噌がどれだけレアだと思ってんだとか、ツッコミそうになるのを必死に我慢してお断りの言葉を述べる。
全く揺らがなかったが、それでも彼の気持ちが詰まった言葉なのだ。
笑うべきじゃないし誤魔化すべきじゃないし揶揄うべきじゃない。
ただ真っ直ぐに断る。それが礼儀だ。
だけどもちょっと、ほんの少しだけ、両親を思い出した。
自分はこんなに力強く告白される人間になったよって、両親に言いたかった。
「………ちくしょう!」
「まぁ、ちっとだけ嬉しかったとは言っておく。何気に人生初めて異性に告白されたよ」
「そうか、世の中の野郎共は見る目がねぇんだな」
「そんな見る目が無かった奴らは今頃モンスターの腹の中だよ」
「……なぁ、俺のどこが気に入らねぇのか、聞いてもいいか?」
「んー、そうだな、まず私はアンタを全然知らないから好くも嫌うも無い。そんで、私は今その命を背負ってる奴らが居から、今は愛とか恋とか全部要らない。そんなモンより食い物をくれ。背負ってる奴らの腹を満たさせてくれ。私には命の責任があるんだ」
微塵も恋愛感情を抱けないし抱くつもりも無い彼だが、暴走族だと言う経歴に目を瞑れば、おばあちゃんが心配で、病院ごとおばあちゃんを守り続けて、今も曇らない言葉で喋っている真っ直ぐ過ぎるこの男の事は、正直嫌いじゃ無い。
だけどもそれより、私は夏無し親子の方が大事なのだ。あの親子の明日の飯の方がずっと大事なのだ。
「そんでそんで、背負ってる奴らを拾った場所に、同じ様な境遇で、今死にかけてる奴が居る。あの親子が死んだら、背負ってる奴らが絶対に気にする。明日から笑顔が減るかもしれない。だから私はここに来た」
正直、いま死にかけている親子の未来などクソほども興味無いけど、雪子が凄い悲しそうだったんだ。両親共に無事で子供も一緒に逃げ込めたのに、あの日私が、ココロが見付けた親子が自分達じゃ無くこの親子なら、そんな事を考えてる事が丸わかりの雪子の心が、軋みをあげて泣いていたんだ。
「だから悪いけど、私がもしアンタを好きになっても、背負った命を無事に地面へ降ろすまでは、アンタと恋仲になんてなる気は無いし、今のところ別に好きじゃ無いから降ろした後もその気は無い。ただ、アンタ個人は暴走族って所を除けば概ね良い奴だとは思ってるよ」
最初は見捨てる選択肢もあったけど、今ではモンスターを殺す事と同じくらい大事にしている。
だって、私が見付けて、私が拾った命なのだ。
その命を背負って、胸を張る。両親がそうしてくれていた様に。
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