第34話◆◆⑪優しさと厳しさ◆◆

「でもさぁ、ウラジミールが言うことも分かるのよねぇ。」


クリスタ?何が言いたい?


俺達はディートヘルムを加えて黒洋海沿岸を目指して歩き始めた。


何度も言うが、無限の時間を過ごす俺にとって、不自由は何よりも有り難い暇つぶしだ。


だから歩く。


「そうね。私もまだ付き合いが深い訳じゃないけど分かるなぁ。」


と、フロリネ?


何が分かる?


「言ってることとやってることのギャップが大きいですからねぇ。」


アンブロシウス?何を言っている?


「つまり皆さん『ご主人様は優しい』と言っているのブグーラッブワゥァ!」


こっぱずかしいこと言ってんじゃねぇ。


ああ、ウラジミール?最近復活が早すぎねえか?


「それはでございますね、ご主人さま。」


ほら、早すぎる。


「ちょっと『治癒』の呪を弄りまして、治癒復活の方向を変えたのです。」


「ほお?」


「単純に元通りにするのではなく、言ってみれば『風船』のように柔軟な構成に変えたのです。てすから、壊れずに変形するだけなので戻りも早いのです!」


フンッ!と自慢気に鼻を鳴らすが、なんと言うか、どうでもいいこったな。


「ガンゾウ殿▪▪▪」


ここにも面倒な奴がいたな。


ディートヘルムは、そのでっかい熊のような図体を丸めて申し訳なさそうに付いてくる。


「なんだ?」


「さすがにトゥナを釣って食べようなどと思えぬのだが▪▪▪」


「なら食わなきゃいい。だがな!同行を許したのはお前さんがトゥナ釣りの名人だっつうからだ。釣らないのなら吃りの国王の所に帰りな。」


「▪▪▪▪▪」


「ガンゾウ?それは言い過ぎ、可愛そうよ。」


「何でだ?」


クリスタの言葉にちょっとイラついた。


「まあまあ、良いじゃないですか?ディートヘルムさんも何時までもクヨクヨしてないで、国を離れても外から役にたてることも有るでしょうし。」


お、ウラジミール、たまにはまともなことを言うじゃねぇか。


「それよりもガンゾウさん、ここまで歩いてきた道中、農耕地の荒れようが半端無かったですね。話しによれば黒洋海も赤潮や青潮の影響で魚が不漁だと言うじゃないですか?どうするんですか?」


アンブロシウスの心配はもっともだ。


確かにこの時期、麦の収穫は終わっているものなのだが、実が満ちていないらしく、放棄された麦畑が至るところにあった。


情報通りだとすれば、黒洋海に出てもトゥナを釣るには至らないだろうな。


「アンブロシウス?」


「なんだい?」


「この周辺の『過去』を写せるか?」


「いくら魔鏡でもそれは▪▪▪」


フロリネが否定するが▪▪▪


「出来ますよ。」


と、アンブロシウスは事も無げに言った。


「出きるのっ?何でも有り?」


「まあ、全てを写すことはできないけどね、ここに居た生物、虫でも鳥でも何でもいい。その記憶を写すんだ。ああ、意思を持つものの記憶は写せないぞ?仮に写せたとしてもウラジミールの記憶なんて写したら吐き気が止まらなさそうじゃない?」


皆妙に納得してウラジミールを見た。


「皆さん酷すぎます▪▪▪」


鼻をすすり上げる様子がまた不細工だな


◇◇◇


アンブロシウスは無造作に右手を上げた。


例の『無駄に装飾が施された鏡』に変化させた。


「えーとですね。これだけ作物が無惨だと、鳥やネズミどころか、虫さえも移動したか死んじゃったようですねぇ。」


アンブロシウスは、少々困った顔をしている。


「じゃあ分からねえのか?」


「んー、雑な情報になりますが、植物の記憶から探ってみましょう。」


「え?植物って記憶力あるの?」


クリスタが不思議そうな顔で鏡を覗き込んだ。


「有りますよ。むしろ変な虫よりは明確です。ただ、記憶されるカテゴリーが狭いのですよ。」


「へえ?どんな風に?」


フロリネも興味津々だ。


「そうですね、主に水が足りないとか、風が強いとか、日が当たらないとかですね。目が有りませんから視覚的情報は有りません。」


「でも日が当たらないってのは見えなきゃ分からないのじゃないの?」


フロリネの疑問はもっともだ。


「そんなことはありません。植物の多くは日の光を浴びないと成長しません。長雨で日が差さないと野菜の生育が悪いでしょ?植物はですね、日の光を自らの栄養に変えることができるのです。ですから、日の光には敏感なんですね。」


「なるほどねぇ。」


クリスタがウンウンと頷きながら枯れた麦を触っている。


「で?視覚的に見れないのなら何を鏡に映すんだ?」


そうそう、と言った顔で皆アンブロシウスを見た。


「細かい記憶を集めていくと、同じような情報が多く集まります。それを視覚的な映像に変換します。皆さん、物語の本を読んでもらうと頭のなかで映像化しながら聞いていませんか?それと同じ理屈です。」


「んー、よく分からないけど分かったわ。」


フロリネ?どっちだ?


まあ、俺のように文明国家日本的な所に生きた記憶があれば理解できる話だが、中世的なこの世界の奴等にゃぁ難しい話ではあるな。



◇◇◇


難しかったんだろうな。

面倒だったんだろうな。


アンブロシウスが植物の記憶を映像化するのに、優に45分かかった。


ああ、45分っちゃあ中途半端な感じだろうが、一時間には早いし、30分には遅い。


だから45分。


そして、アンブロシウスの鏡に映された映像は驚くべきものだった。


いや、有る意味予測通りかもしれんな。


つまり、完全なる自然現象ではなく、自称魔王のバルブロなるものの手下達がせっせと悪さしていたわけだ。


呪力を集めて雲を作り雨を降らせ、日光を遮る。


虫を操れる魔物に、麦畑をはじめ農耕地に害虫を集め、作物を荒らす。


海は海で、汚物を撒き散らし、海水を濁らせてプランクトンを発生させて赤潮▪青潮を発生させる。


その他にも海藻を食い荒らすヒトデ的な奴を呪力で活性化させて海藻を枯らす。


ああ、つまりバルブロっつう奴の手下達がやらかした事だったわけだ。


ならば道筋は見えてくる。


奴等の影響力を排除すれば良いわけだ。


今現在、奴等の直接的な影響は途切れてる。


放っておけば、陸も海も回復するだろう。




だぁぁぁがぁぁぁ!



待っていられない。


少しでも早く『トゥナ』を喰う為に、俺は決心した。


「ああ、面倒だから一辺にやるぞ。」


「ご主人様ぁ?何をなされますか?お手伝いはご不要ですかぁ?」


おお、ウラジミール、気が利くじゃねぇか?


「今回は手伝ってもらおう。」


「ほ!本当ですかっ!やったぁ!お手伝いできるっ!おやくにたてるっ!」


ああ、ウラジミール?そんなに嬉しいのか?


「はい!勿論です!」


「ああ、聞こえてたか?」


「はい!ハッキリクッキリバッチリと!」


一瞬ぶん殴りそうになったが、何とか堪えた。


「ウラジミール。」


「はい!ご主人様!」


「荒れた畑を耕してこい。」


ウラジミール、あからさまに嫌な顔をしたな?


「返事は?」


「ご主人様ぁ?何れだけ時間が掛かるか分かりませんよぉ?」


「頭を使え。」


「頭では畑を耕せませんよ?」


「なら死ぬか?魔滅の剣を試してみるか?」


「いって来まぁす!」


最初から素直にそうしてろ。


「ガンゾウ?ウラジミールに何をやらせたいの?」


クリスタが不思議そうな顔をしている。


「あの気持ち悪い顔に何が出来るの▪▪▪」


と、フロリネ。


「ああ!なるほど!」


とアンブロシウス。


「?」


いや、ディートヘルム、お前さんは乗らなくていい。

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