第32話◆◆⑨ガンゾウの約束、ディートヘルムの約束◆◆

「魔、を!祓、う?」


「そうだ。めんどくせえが、約束しちまったからな。」


「や、く、そ、く▪▪▪」


「そうだ、約束だ。」


「お、俺の、約束、は?」


「知らんな、そこで燻っている火傷女に聞いてみな。もっとも、聞くまでもなくお前さんが先頭に立ってブリアラリアに攻めこんでいたのは事実だがな。」


まだ意識を取り戻さないベルギッタを顎で示して葉巻に火を着けた。


ああ、ウラジミール、その火傷女を縛ったところで直ぐに逃げられるぞ?


と思ったが、ベルギッタを縛ったロープは、呪で強化されているらしく、黒い煙のような揺らぎが立ち上っていた。


「わ、私が、せ、攻めた?」


「ああ、おかげでブリアラリアの軍は大分減ったぞ?」


そう言うと、ディートヘルムは、怒りと悲しみの入り交じった咆哮を発した。


◇◇◇


騙された!


いや、騙されると分かっていたはずだ!


それでも一縷の望みに掛けた。


そして、掛けに敗れただけの話だ。


とは言うものの、国を、国民を、何よりも国王を裏切ることになってしまった。


「ウグゥオゥオゥオゥッ!」


いくら悔いても悔やみきれない。


何をもって贖罪とするのか分からない。


いや、何をもってしても赦されることではない。


自分の命一つで贖えるはずもない。


ディートヘルムは、魔に侵食されて醜く変貌した顔を血の涙で濡らした。


天に向かい贖罪の咆哮を上げ続ける。


◇◇◇


「ヒッ!」


ディートヘルムはその小さな悲鳴に気付いたようだ。

声の主はベルギッタだ。


「騙したのだな▪▪▪」


ディートヘルムは、嗄れた声で聞いた。


しかしその声は魔に毒されて自失したものではなく、明らかな意思を持っていた。


「お、自分で憑物落としたのか?

なかなかやるじゃねぇか。」


「ええ、あそこまで自失していたら望みは無いと思っていました。強い方なのですねぇ。」


アンブロシウスが感心している。


ベルギッタはウラジミールの呪で強化された縄で拘束されていた。


意外に強いんだな?その縄?


口ほどでもない火傷女だが、ウラジミールよりは強いと思っていたのだがな▪▪▪

縄を切れないみたいだな。


「ちょっ!ちょっと!この縄解きなさいよ!」


と火傷女が吠えるがウラジミールは鼻をホジって相手にしない。

それどころか、掘った鼻糞を丸めて「ピッ」とベルギッタ目掛けて弾いた。

見事に火傷女の仮面で隠していない左頬に命中、貼り付いた。


「きっ!汚な!」


と吠えたベルギッタの顔に影が落ちた。


と思ったら▪▪▪▪


ベグォルァァォ!


とでも表現しようか?


ディートヘルムの節榑だって厳つい巨大な拳骨が火傷女の仮面で覆われていない左頬に命中した。


簡単に表現するなら、「ぐしゃ」っとベルギッタの顔が砕け潰れた。


文字通り砕け潰れた。


たぶん、映像化されたらモザイク修正がかかるくらいグロく砕け潰れた。


しかし、悲しいかな上級魔属の生命力、生きているのだな。


死んでいたらどれ程楽だっただろうな▪▪▪


ああ、俺も死ねないから想像はつく。


ディートヘルムも、渾身の一撃を放って、相手の状況なんて関係なく自己嫌悪の闇に取り込まれているな。


ベルギッタ、可愛そうに、死ぬまで追撃されたほうが良かったよな?


その砕けた顔は完璧な治癒呪でも無いと戻らないだろうな。


いや、俺なら戻せるが戻してやる義理も無いしな。


火傷面がそのままなのは、完璧な治癒呪を持ってないのだろう?

お前も、お前の仲間もな?


ディートヘルムの拳骨の反動でウラジミールが強化した縄も千切れた。


ディートヘルムに殴られた勢いそのままにベルギッタは転がった。

そして、止まった所に銀色の髑髏面が現れた。


感情を現さない眼窩の奥の赤い火は、ベルギッタとディートヘルムを見比べてから、徐にベルギッタの首を掴んで共に滲み消えた。


なんと言うかな。


あいつら行動が杜撰過ぎねぇか?


なんつったっけ?


魔王の名前?


ああ、自称魔王か?


何せ俺も魔王候補らしいからな、まだ魔王は決まっていないっつう事だよな?


まあ、そんな事はどうでも良いが、手下が一生懸命やっても、頭がこんなんじゃ浮かばれねぇなぁ。


まあ、今は置いとくか。


「ディートヘルムつったか?」


血の涙を流し吠え続けるディートヘルム、めんどくせえ奴だ。


「やっちまったことは戻せねえぞ?死にてえなら殺してやるぞ?だがな、ケジメはつけろよな?お前さんも国や国王を思っての行動だったんだろうがな、結果全部裏目だ。」


「しかし▪▪▪しかしどの面下げて陛下に謁っすれば良いのだ?」


めんどくせえ▪▪▪▪


「ほんとでございますねぇ、ごしゅ!べべぐろぐわぁっ!」


「ああ、聞こえてたか、ここはしゃしゃり出るとこじゃねぇ。」


と、ウラジミールの鼻っ面に裏拳かましてやった。


「いいか、ディートヘルム、どの面もこの面もねぇ、お前の面はそれ一つだ。大好きな国王から死罪を言い渡されるなら本望だろうが!」


「そうか▪▪▪そうだな▪▪▪」


でっかい熊が肩を落として項垂れているようだな。


「ディートヘルム閣下!」


「?」


「クロヴィスです!クロヴィス▪フイヤードです!」


「おお、クロヴィス▪▪▪」


「陛下が心配しております!閣下は決して本心から国を裏切るような方ではないと信じております!今、今私が確認しました!閣下は国を思う余り騙されただけなのだと!」


クロヴィスの言葉にディートヘルムは更に肩を落とした。


「そうなのだ、だからこそ罪深いのだ▪▪▪」


ああ、こりゃ堂々巡りだな。


「あのな、なんでも良いぞ?死にたきゃ殺してやる。さっきも言ったよな?だがな、俺は吃りの国王に約束したんだよ、お前を連れて帰るってな。死にたきゃ殺してやる。だがそれは国王に会ってからの話だ。なんなら今ここで空間を繋げてやるぞ?」


俺は空を掴んで見せた。

空を掴んだ部分が歪んでいる。

このまま引き下ろせば国王の面前に繋がる。

だがそれはディートヘルムの望むところではなかった。


「いや、自ら足を運ばなければ▪▪▪ありがとう傷の男。」


「カンゾウだ。」


「ガンゾウ殿。」


ああ、こいつも言えねえな。


空間呪で葉巻を二本取り出した。

一本はディートヘルムにくれてやった。


なんでか染みる味がした。

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