第31話◆◆⑧ディートヘルムの苦悩◆◆

「閣下!このままでは国庫は破綻します!一時的にでも国民に理解を求めて増税を!」


ここ数ヶ月、ディートヘルムの元には国中から食料の救援を求める使者が引っ切り無しに訪れていた。


四季の移ろいが明確で、国内いたるところで特産物が生産される農業大国のブリアラリア王国は、西方に大海『黒洋海』が広がり、活発に漁業が営まれる漁業大国でもあった。。


それが一年ほど前から『日照り』、『砂嵐』、『赤潮』、『青潮』と、農業漁業に致命的な被害をもたらす気象現象が続いた。


その結果、税収は落ち、食料の備蓄もあっという間に底を突いた。


そして、対策を打てずにいる国王に対して、至るところで反乱の火の手が上がった。


しかし国王ワッチナル二世は、決して暗愚な国王ではなく、むしろ国庫を開いて積極的に救済に当たりながら、異常気象の原因を探りつつ、粘り強く反乱軍を説得してきていた。


だが、反乱は収まる気配を見せず、ワッチナル二世はいよいよ追い詰められた。


ディートヘルムは、苦悩する国王を見てこう言った。


「おお、神が助けてくれぬのであれば!悪魔でも魔王でも良い!民を!陛下を救ってくれ!」


「お前の命を投げ出してもか?」


突然後ろから掛けられた言葉に、ディートヘルムは剣を抜き、横に切り払った。


そこに居たはずの影は滲み消え、10m 先に滲み現れた。


「無礼は許してやろう、我が主は寛大だ。」


「何者っ!」


そこに立っていたのは全身を黒のマントで包み、銀色に光る仮面を被った男だった。

いや、仮面ではない。

銀色の髑髏の顔を持つ魔物だ。


真っ黒な空洞のような眼腔の奥に、ほの暗く赤い光が明滅している。


「我が名はスタルシオン、魔王バルブロ様に仕える者である。そなたの願い、バルブロ様ならば叶えられよう。」


「黙れ!魔物に貸す耳などないわっ!」


ディートヘルムは再び斬りかかったが、スタルシオンは実体が無いかのように空間に滲んでは現れを繰り返した。


ディートヘルムは肩で大きく息を継いだ。


「まあ良い。近くまた会おう。その時に返事を聞かせてもらうぞ▪▪▪」


そう言うとスタルシオンは完全に消えて居なくなった。


「私はいったい何を考えていたのか▪▪▪魔物にすがろうなどと▪▪▪」


しかし状況は好転しない。

むしろ、国民の怨嗟の声は増すばかりで、遂に南部の中堅都市アンデラードが反乱軍の手に落ちた。


ディートヘルムは、軍を率いてアンデラードへ向かった。


そこでディートヘルムはスタルシオンと名乗った髑髏の魔物と再会することとなった。


「貴様がこの反乱を企てていたのか!」


反乱軍の先頭で指示を下すスタルシオンを見た時、ディートヘルムは全てを理解した。


「そうだ。この国はバルブロ様の王国となるのだ。」


「でもね、アンタが協力するっていうならこの国は諦めてデュラデムあたりに変更しても良いのよ?」


そう言いながら歩み寄ってきたのは、顔の半分を金色の仮面で隠した女だった。


「何者だっ!」


「あたしはペルギッタ。魔王バルブロ様の僕よ。」


またしても魔王の手の者?


「このままだと間もなくブリアラリアは全滅するわよ。見て?あの禍々しい連中を。

欲望に忠実な元人間、「人魔」よ。」


「人魔?」


「そう、魔物に取り憑かれて自我を無くし、本能のみが存在理由の者達。

取り憑かれたと言っても、もう融合しちゃっているから元には戻れないけどね!」


そう言って仮面の女はクスクスと笑った。


「ならばもうその者達は人間として生きられないのではないか!それを見せつけて協力しろとは片腹痛いわっ!」


「でもね、これ以上人魔化させずに済むし、領土も還すわよ?人魔化した人間と死んだ人間は還せないけどね?」


どうしたら良い?

奴らに協力とは何をするのだ?

そもそも約束は守られるのか?


ディートヘルムの思考は堂々巡りを始めた。


ディートヘルムが迷っている間も、魔物達の進撃は止まない。


人魔と化した者達は、決して強いわけではなかったが、死を恐れない、いや、死という概念を失くしたように無防備に進む。


それを攻撃する国軍の兵士達は、倒しても倒しても涌いて出てくるような人魔に、次第に感情が摩滅していき、泣きながら、或いは笑いながら攻撃、逃避と軍としての体裁を崩していった。


「どうするの?貴方が迷っている間にも兵達は、貴方が守ろうとする国民達はどんどん死んでいくわよ?」


ディートヘルムにはもう選択の余地は無かった。


「協力すれば本当にブリアラリアへの侵略は止めるんだな?」


いかん!奴らが約束など守るはずは無い!


心の声がディートヘルムを制止する。


髑髏のスタルシオンの表情は読めない。

ベルギッタという仮面の女はニヤニヤ笑うだけ▪▪▪


しかしこれ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。


「分かった▪▪▪協力しよう▪▪▪」


そう言った瞬間、心が折れた▪▪▪


そこからの記憶は曖昧だ▪▪▪


そして今、顔の真ん中に横一文字で傷跡のある男が俺に問いかける▪▪▪


「▪▪▪今ならまだ魔を祓えそうだぞ?」

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