第25話◆◆②フロリネの誤算◆◆

何だろう?


なま暖かい?


ん?


く、臭いっ!


目を開けた▪▪▪


何かドロッとしたものが邪魔をして視界が悪い▪▪▪


目をしばしばさせてようやく視界が開けた。


そこは空中だった。


慌てた。


落ちる!


いや、落ちない。


落ちないどころか、空中に頭だけ出ている。


体は縛られているのか身動きが取れない。


薄暗い空間の下に何か蠢くものがいる。


床?地面?とにかく一面を埋め尽くすほどの何かがいる。


唐突に気が付いた。


「オ!オーク!」


天敵だ。


あんな数のオークのど真ん中に落とされたら死んでも犯され続ける。


そして更に気付いた。


このドロッとしたもの▪▪▪


「オ、オークの精液!」


「ギィヤァァァァッ!」


な、なんであんな下にいるのにこんなものぶっかけられてるの?


「それはだな。」


唐突に聞こえた声と同時に、オークのいる空間から引き抜かれた。


そこは、元の鬱蒼とした枯れ木の森だった。


そして、あの男がいた。


「あ、あんた。」


「お目覚めか?」


そう言うとその男は空間を掴み引き下ろし、そこへ私の、お、お、お尻を突っ込んだ。


「分かるか?お前のケツが突っ込まれた先はオーク達の地下洞だ。その地下洞はな、お前のために出口の無い地下洞を作ってオークを千体ばかり捕まえて放り込んである。今はまだ高いところに出してるが、下に下ろしたらどうなるか分かるな?」


分かるどころではない。


想像するのもおぞましい。


「ちょっと下ろしてみるか▪▪▪」


聞かれたのではない事は明白だ。


そう呟くと空間を摘まみ、下ろした。


途端に尻に猛烈な呼気が当たった。


一つや二つではない。


ふるふると首を横に降って男を見上げた。


恐怖で声が出ない。


ベロンっ!と股間を舐められた。


「ヒィィィィッ▪▪▪」


視界が歪む、意識が飛びそうになる。


ズボッとまた引き抜かれた。


「さて、この後どうするかはお前の返答次第だ。」


「お、お願い!ね、何でもするから、オ、オークだけは▪▪▪」


歯の根が合わない。


ガチガチと歯がぶつかる。


涙が溢れる。


鼻水が垂れる。


口の締まりがなく、涎が漏れる。


ガタガタとおこりのように体が震える。


オークは恐ろしい。

でも、目の前の男はもっと恐ろしいのじゃないか?


怒らせてはいけない「神」を怒らせてしまったのではないか?


そう思うと、目の前の男が無性に恐ろしくなった。


「あ、あ、あっ、」


内腿に生暖かいものが伝った。


失禁したと気付いた。


「あらぁ、ガンゾウ?ちょっと脅しすぎよ?可哀想に漏らしちゃったわよ?」


小さな女の子がクスクス笑いながら蔑むような視線を向けている。


「そうですよガンゾウ。趣味が悪すぎますね。」


どこか無機質な声音で若い男が言った。


こいつらもあの男のように恐ろしい力を持っているのだろうか?


「何言ってんだ?餓死して干からびるまで彷徨うがいいわ!なんて言われたんだぞ?」


「ご、ごめんなさいぃぃ▪▪▪も、もうしませんからぁ▪▪▪許してくださいぃぃ▪▪▪」


「ふん▪▪▪」


ガンゾウと呼ばれたその男は、おもむろに空間を掴み引き裂き、そして▪▪▪

私はその裂け目に放り込まれた▪▪▪


◇◇◇


ドッボォォォン!


と放り込まれたのは、温かいお湯の中だった。


「ぷっふぁあっ!」


とお湯から顔を出すと、ガンゾウと呼ばれた男とその一味が空間の裂け目を潜ってやってきた。


「臭えの洗い流しな。話はその後だ。」


そう言うと、別の空間を引き裂いて皆そこに入っていった。


お湯の中から辺りを見回した。


オーク達が閉じ込められていた地下洞同様に、この温泉も閉鎖された空間だった。


「逃げ道は▪▪▪無いか▪▪▪」


エルフ族は、それがダークエルフであろうと光の屈折を駆使して姿を消すことが出来る。


が、決して壁をすり抜けるといった物理的法則を超える事は出来ない。


あくまでも目眩ましのレベルだ。


ある意味カメレオンの様なものだ。


「取り敢えずお風呂に入れられたってことは、殺されなくて済むのかな?」


そう思うと、気が楽になった。


この際なので温泉をしっかり楽しませてもらった。


ゆうに2時間、お湯に浸かっていた。


ご丁寧にタオルと着替えを置いていってくれた。


着替え終わると、待っていたかのように空間が引き裂かれ、ガンゾウと呼ばれた男が入ってきた。


「来な▪▪▪」


そう言うガンゾウには、逆らえない何かを感じた。


ガンゾウが出ていった空間の裂け目に着いていった。


そこは猥雑な喧騒のど真ん中だった。


静かすぎる空間に居たため、この喧騒は耳に痛い。


そこは大きな酒場だった。


「お前が長っ風呂するから腹が減っちまった。お前も何か食うか?」


そう言ってガンゾウが指差すテーブルには豚肉や鶏肉を焼いたもの、川海老の揚げ物といった物から、様々な野菜やハーブを使ったサラダ、噛み応えが有りそうな黒パンなど、食べきれるのか?と言うほどの料理が並んでいた。


「飲めるならヴァンも有るぞ?」


大振りのグラスに下品な程注がれたヴァン▪ルージュを旨そうに飲むガンゾウを見て喉が鳴った。


お風呂に浸かっていた時間も長かったが、ガンゾウ達に悪戯を始めてから、まる一日何も食べていないことに気が付いた。


恐る恐る空のグラスを持つと、ガンゾウがそこへヴァン▪ルージュを下品な程なみなみと注いだ。


「あの▪▪▪ここは?」


まだグラスを持つ手が震えている。


それだけオークは怖かったし、そのオークを豚でも扱うように(実際豚なのだが)あしらうこの男が怖かった。


ガンゾウと呼ばれた男と一緒に居るのは3人。


30歳前後の、どこか無機質や男。


老けて見えるが、おそらく20代後半のちょっとにやけ顔が気持ち悪い男。


それとこれは分かりやすい。

竜族の少女。


でも、羽の色が▪▪▪


「えっ?せ、青龍なの?」


咄嗟に叫んでしまった。


酒場の中が一瞬静まり返った。


が、直ぐに喧騒が戻る。


「そうよ。珍しい?」


あっさり青龍であることを認め、鶏肉にかぶりつく。


「あ、あ、ごめんなさい▪▪▪」


謝るしかなかった。


「まあ、珍しいわな。種族的に少数派だし、そもそもクリスタのようにフラフラと外を出歩くような奴の方が珍しい訳だからな。」


「そうですね。今の青龍王アレクサンテリは比較的社交的ですが、それまでは殆ど鎖国状態でしたからね。」


硬質な表情で、無機質に話す男の話し方に違和感を覚えた。


「流石にルピトピアの魔鏡ね。よく知っているわ。」


クリスタと呼ばれた青龍族の娘が何気なく言った言葉に胆を潰した。


「ル、ルピトピアの魔鏡ですって?」


ルピトピアの魔鏡と言えば、魔物の棲む異空間に穴を開けて魔物を呼び込み、世界を滅ぼすと言われている魔物(まぶつ)だ。

でも、人の形をしている▪▪▪


「別に証明する必要も無いのだけどね。」


そう言って無機質な男は、無機質な声音で右手のひらを私に向けた。

その手のひらは見間違いようもない「鏡」だった。


その「鏡に映った私の顔」が波打つように歪んだかと思うと、手のひらであるはずの鏡の奥に蠢くものが映った。


「!」


さっきの「オークの洞穴」がそこにあった。


一気に冷や汗が吹き出し、体温を奪った。


ハッとした。


ガンゾウと呼ばれた男が空間を引き裂いて移動していた。

私自身、空間の裂け目に放り込まれた。


「あ、あなたは魔鏡の力を▪▪▪」


と聞いた私に


「ああ、こいつの欠片を飲み込んで吸収しちまった。出鱈目な力を持った奴だからな。

コピーに時間がかかっちまった。」


「コピー?」


「ああ、そうか。つまりな、アンブロシウスの持つ能力を写し取ったって事だ。」


そっちの方が出鱈目だと思うのは間違っているのだろうか?


「いいえ、間違っていないわよ。」


「!」


声に出ていたのだろうか?


青龍の少女の言葉に思わず口を押さえた。


「顔を見てれば分かるわよ。出鱈目な奴ばかりだからね。信じられないのは分かるわ。」


相変わらず肉に齧り付きながらクリスタと呼ばれた少女が言った。


「もういいだろう▪▪▪」


ガンゾウと呼ばれた男が、まるで机の引き出しでも開けるかのように空間を摘まみ、引き、葉巻を出した。


徐に唇の右端で咥えると人差し指の先に火を点して火を着けた。


パスッパスッパスッと小気味の良いリズムで煙を吸い込み、旨そうに吐き出した。


「もうお前さんがなんで悪戯をしたのかなんかどうでもいい。」


「▪▪▪」


黙って聞いているしかない。


「ひとつ聞きたい。」


「▪▪▪はい▪▪▪」


「「米」を知っているか?」


「米?」


「ああ、こんな感じだ。」


ガンゾウと呼ばれた男がサッと右手で空間を撫でるようにすると、そこには何かの植物が栽培されているであろう光景が写し出されていた。


そして、器に山盛りにされた白く輝く粒々が温かであろうと思わせる湯気を立てているイメージが映し出された。


「美味しそう▪▪▪」


そう言った私の反応に、ガンゾウと呼ばれた男は明らかに落胆の表情を見せた。


「そうか、もういいぞ。」


「えっ?」


「ああ、もう用は無いから帰って良いぞ。」


なんか無性に腹が立ってきた。


グラスに下品な程なみなみと注がれたヴァン▪ルージュを一気に飲み干した。


「お、良い飲みっぷりだ。もっと飲め!」


そう言うと男は空になったグラスに、またもなみなみとヴァン▪ルージュを注いだ。


それをまたしても一気に飲み干した。


「ちょっトォ!」


本気で腹が立つ。


殺されるとか何とかはどうでも良くなった。


「帰れって言ったり!飲めって注いだり!どっちなの!」


飲み干したグラスを「ダンッ!」と大きな音でテーブルに叩き付けた。割れない程度に。


「なんだ?酔ったのか?」


「ご主人様ご主人▪▪▪ダークエルフは酒癖が悪いのですよ▪▪▪」


気持ち悪い顔の男がゴニョゴニョとガンゾウとやらに告げ口している。


「こらあ!そこの顔の気持ち悪い男っ!」


指差しながら叫んだ。


「し、失礼な!この顔の何処が気持ち悪いんですか!」


と顔の気持ち悪い男が突っ込んできたが、他の3人が声を揃えて言った。


「気持ち悪いよ!(ハモり)」


「注げ!」


そう言って顔の気持ち悪い男にグラスを差し出した。


顔の気持ち悪い男は、半べそでヴァン▪ルージュを注いだ。


「知らないわよ、「米」なんて!でもね、知ってそうな奴なら心当たりが有ったから教えても良いかなと思ったけど、あんな仕打ちをされた上に、知らない街で「帰れ」なんて言われちゃねぇぇぇ▪▪▪」


と言ってガンゾウとやらをチラリと見た。


▪▪▪やり過ぎたかも知れない▪▪▪


物凄い形相で睨まれている▪▪▪


あ、死んだな▪▪▪


そう思った。


「悪かった。」


そう言ってガンゾウとやらが頭を下げた。


「悪かった。この通り頭を下げる。だからそいつを教えてくれ。」


むふふ、どうやら形勢逆転。


「悪かったって言われてもねぇ。あんなオークどもの汚いものまでぶっかけられて、それだけで済まそうなんて虫が良すぎない?」


顔の気持ち悪い男が注いだヴァン▪ルージュを半分ほどゴクゴクと飲んだ。


こうして味わうと、なかなか旨いヴァンだ。


青龍の少女と魔鏡の男は、相変わらず肉を頬張り、ヴァンを飲みながら平然と見ていた。


「ウラジミール▪▪▪」


「はい、ご主人様。」


ウラジミールっていうのか、顔の気持ち悪い男。


「お前さんが俺を殺そうとしてその後どうなったのか教えてやりな▪▪▪」


心底めんどう臭そうにガンゾウとやらがウラジミールとやらに言った。


「はい、ご主人様。では、頭をゴツンとお願いします。」


と返事をすると、ガンゾウとやらが左こぶしをウラジミールとやらに叩き付けた。


「ベシュッ▪▪▪」


と、気持ち悪い音をたててウラジミールとやらの頭が潰れた。


「ひっ▪▪▪」


頭の半分が潰された。


「ちょっとガンゾウ!食事中に汚いものを見せないで!」


と、青龍の少女が叫んだが、そう言うことではないのではないか?


目の前で仲間が殺されたのに▪▪▪


え?殺されたんだよね?


ウラジミールとやらは、「ブヂュブヂュ」と顔と同じくらい気持ち悪い音をたてながら気持ち悪い顔を再生していく。


ものの10分程で顔の気持ち悪いウラジミールが元に戻った。


「という訳で、」


いや、何が?


「元々普通の人間だった私ですが、ご主人様にここから指を突っ込まれて脳を掻き回されて記憶を見られ、バカになった私を憐れんでくださったご主人様が、ご主人様の力の一部、治癒と再生、あとちょっとした呪力を使えるようにしてくださりました。

つまり、貴女もごねていると強制的に記憶をまさぐられ、脳が壊れたあと、オークの巣に放り込まれるのではないか?ということです。」


ウラジミールとやらが、チラリとガンゾウとやらを見た。


たぶん、違わなかったのだろう。

ガンゾウとやらは、旨そうに葉巻を吹かした。


形勢は逆転していなかった▪▪▪


頭を下げてきたときにおとなしく逃げていれば良かった▪▪▪


「分かったわよ!はいはい!私の負けです!負けました!」


半ば自棄になっているなぁ。


「ドリアードよ、樹木の精霊の彼女達なら、植物の事は知らないことはないと思うわ!」


そう言ってまたまた注がれたヴァンをあおった。


ちっとも酔えやしない。


「で?そのドリアードは何処に居るんだ?」


ガンゾウとやらに聞かれたが、具体的に知り合いが居る訳じゃないからなぁ。


「大きな森にはだいたい居るみたいよ。具体的に知り合いが居る訳じゃないわ。」


「そうか。なら、この先黒洋海に出るまでの間にある森で探してみるか。お前、着いてこいよ。」


「え?」


「あたりめえだろう?自分の言葉には責任を持てよな。なあ?」


そう言って気持ち悪い顔のウラジミールと無機質な顔のアンブロシウスに同意を求めたが、2人とも渋々頷いた感が拭えない。


「そうだ、お前名前は?」


「フロリネよ▪▪▪」


隠しだてしたところでどうなるものでもない▪▪▪


「俺はカンゾウだ。もっとも皆発音出来なくて「ガンゾウ」と訛るがな。」


そう言ってガンゾウは盛大に葉巻を吹かした。


もともと原因は私に有るとは言え、非常に不本意な事だ。

こうして私はガンゾウ達と旅をすることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る