第7話◆◆⑥ガンゾウと米◆◆
さすがにミンチ畑で話をするわけにもいかず、角馬に気絶していたエルゼを乗せ、ウラジミールとやらは縛り上げて角馬で引き摺って場所を移動した。
適当なところでエルゼを下ろして寝かせ、角馬に水をやり、火を起こした。
その様子をヴァルターはぼうっと見ていた。
「ヴァルターつったか?」
「そ、そうだ。」
「先ず言っておくが、俺はお前らと敵対するつもりはない。」
「な、何を・・・」
「まあ聞け。」
俺はそう言って空間に円を描き手を突っ込んで葉巻を二本取り出した。
「!魔術師なのか⁉」
応えずに葉巻を一本咥えて指先に火を灯し点火した。
「!」
「やるか?」
そう言ってもう一本の葉巻を差し出した。
ヴァルターは、恐る恐る葉巻を受け取った。
俺は同じ要領で指先に火を着けて差し出した。
だがヴァルターは、火が灯る指先を見詰め葉巻を寄せるが、震えて定まらない。
俺は指をパチンと鳴らした。
するとヴァルターの震えが止まった、と言うよりもヴァルターが金縛りに会ったように動けなくなった。
葉巻に火が着いた事を確認すると、俺は再度指を鳴らした。
ヴァルターの金縛りが解けた。
「どうだ?落ち着いたか?」
「い、いや、落ち着くも何も・・・しかし、貴方には手向かい出来ないことは良く分かった・・・」
そう言いながらヴァルターは葉巻を噴かし必死に落ち着こうと努めた。
俺はヴァルターが落ち着くのを待った。
なに、時間は無限にある。
「本物のエルゼ様なのか?」
横たえられたエルゼを見てヴァルターは聞いた。
「分からん。そもそも俺は今日ここで初めて会ったのだからな。本物やら偽者やらといった判断をしょうがない。」
「尤もだ・・・」
ヴァルターは大きく煙を吐きながら言った。
「ただな。」
「なんだ?」
「おたくらの宝物殿から魔滅の石を持ち出したのはその娘に間違いない。」
「な、何故魔滅の石の事を!」
ヴァルターは身構えようと腰の剣に手をやるが、直ぐに無駄なことだと思い直した。
「これだ。」
俺はそう言って腰ベルトに差していた『魔滅の剣』を放り投げた。
「こ、これは・・・」
「魔滅の剣の完成形だそうだ。」
他人事のように言って葉巻を噴かした。
「ああ言っておくが、その剣で俺は殺せないぞ。」
ヴァルターは一瞬心を読まれたのかと思った。
「実はな、俺は不死の魔人といったところらしいのだがな。死なないとなると死にたくなるもので、いろいろ死ぬ方法を試したんだが、何一つ効果がない。そこでその剣で心臓を貫こうとしたのだが、錆びた剣を研ぎあげたからか、その剣は俺に従属しちまったらしいんだ。結果的に俺を傷付ける事を拒否しているらしいんだな。
もちろん他の魔物は切れるが、それも『俺が使えば』という前提なんだな。面倒だがな。」
「そんなバカな・・・」
「ものは試しだ。ほら刺してみな。」
俺はそう言って両手を開いて無防備に腹を突き出した。
「いや、そうなのでしょう。疑ったところで貴方の実力を見せられては否定しようがない。」
ヴァルターは短剣を拾って丁寧にホコリを叩いてから俺に返した。
「しかし、何故エルゼ様はこのようなことを・・・」
「そこなんだがな、お前はエルゼからの指示で盗っ人を追いかけてきたわけだな?」
「そうです。」
「だがその盗っ人が実はエルゼ自身だったわけだ。ならお前に指示したのは誰だ?」
「そ、それは・・・」
「しかも、追っていたのがエルゼ自身だと知られると後ろから刺された。その男にな。」
ヴァルターはハッとして後ろを振り向いた。
ヴァルターを刺したウラジミールと呼ばれた男が縛られて転がっていた。
「舌を噛んで死のうとしたから顎を外しておいた。」
事も無げに言ったが、顎を外されたウラジミールは、唾を飲み込むことが出来ず涎を垂れ流し、そこを馬で引き摺られたものだから砂埃がこびりつき、斑に真っ黒な顔で喘いでいた。
「死のうとするくらいだから喋らんだろう?」
そうウラジミールに問い掛けたが、案の定横を向いて抵抗の意思を示した。
「別にしゃべってもらわんでも良い。脳ミソに直接聞くからな。」
ギクッとウラジミールが俺を見た。
俺が腰を上げると、ウラジミールは縛られたままじたばたと暴れて逃げようとした。
「ああ、抵抗すると痛いぞ?しなくても痛いがな。」
そう言っておれは右の人差し指をウラジミールの眉間にあてがい、ズブズブと差し込んだ。
グリンッ!とウラジミールの両目が反転し白眼をむいた。
右手人差し指から断片化された情報が流れ込んでくる。
まあ、宗教に入れ込むものなど口では高邁な事を喋りながら裏では酒池肉林なぞと言うことは、どんな世界でも同じようだ。
まあ、汚い情報がドロドロと流れ込んでくる。
それでも、下っ端の知ることなどたかが知れているということか。
「ペドロとは何者だ?」
俺はウラジミールの眉間から指を抜いてヴァルターに聞いた。
「ペドロ司教は、エルゼ様をお支えする十司教の一人で、特に司教会を進行する議長の地位にあるお方です。」
「ふむ、つまりNo.2というところか。」
「そのペドロに降魔の疑いが有るのです。」
いつの間にか目を覚ましたエルゼが指摘した。
「大丈夫か?」
そう聞いた俺に、エルゼは大きな溜め息を継いで睨んだ。
「あそこまで酷い仕打ちをする必要性が有ったのですか?」
エルゼはそう言ったが、俺にはなんのことやら分からない。
「攻撃されたのですから、百歩譲って反撃は仕方ないかも知れません。でも・・・」
「でも?」
「あ、あのような惨い行いは・・・」
「何が?」
まあ、何となく言いたいことは分かる。
俺自身が経験してきたことと比較すれば死ねただけましだ。
幸せだと言っても良い。
ああ、こういったところが人間性を無くしつつある証拠なのだろうな。
「まあ俺は魔王一歩手前の魔人だからな。俺に害意を向けるやつは魚の餌になるくらい刻んでやる事ぐらいは面倒では無いな。」
「そうでしたね。でも出来れば惨い事は・・・」
「約束は出来ない。仮にそれを求めるならお前は俺に何を差し出せるのだ?」
「何を望むのですか?永遠の命と、無類の強さをもつ貴方が何を望むのかなど分かりません。」
そう言って俯いてしゃくりあげた。
「米が食いたい。」
「え?」
エルゼは涙と鼻水を垂らした顔を上げた。
「米が食いたいなぁ。」
「米とは?」
「やっぱりこの世界には無いのか・・・」
と言いながらも、俺は水田のイメージと丼飯のイメージを視認できるように周囲の空間全体に投影した。
それはまるで日本の古き良き田園風景そのもののようだった。
「これも貴方の力なのですか・・・」
ヴァルターが風景よりも、俺の能力に驚いたようだ。
「何処かで・・・」
そう呟くエルゼに、俺は敏感に反応した。
「見たことが有るのか?」
「いえ、実際の風景ではなく、似たような感じの絵を見たような気がします。」
「絵?」
「はい、何処だったかしら?」
エルゼは難しげな顔で、右手人差し指を顎に当てながら考えた。
仮に田園風景の絵であれば、それがどこの国であれ稲作が行われていると言う事にならないか?
であれば、米が食える!
「思い出せ!どこで見た!」
「分かった!」
そう叫んだのはヴァルターだった。
「思い出しました!」
「何処だ!」
「ペドロ司祭の家です!そうだ、ペドロ司祭の家のリビングに大きな絵が有った!それがこの風景と被ります!」
「よし、ならばそのペドロとやらの家に乗り込むぞ。」
「待ってください!それを見たのは3年程前の話ですし、たぶん今は無いはずです。」
「何故だ?」
「3ヶ月程前にペドロ司祭の家が家事で焼け落ちました。絵どころか、司祭以外の使用人や親族は皆焼け死んでしまったのです。司祭は独身でしたから妻や子供は居なかったのですが、ご両親を失いました。」
「つまりもう絵は無いのか?」
「たぶん・・・」
落胆が激しい。
一気に何もする気が無くなった。
「その絵が無くなったとしても、絵が有ったのは事実です。つまり、ガンゾウさんの言う『米』は実在しているのかも知れませんよ。」
エルゼが慰めるように俺の背中を擦った。
「・・・」
「何処で描かれたものなのか分かりませんが、想像上のものでない限り、その風景は有るはずです。それにガンゾウさんが見せてくれた風景、とても綺麗でした。想像だけであの風景は描けませんよ!」
エルゼが慰めてくれている。
それだけ俺の落ち込み方が激しかったのだろう。
ふと思い出した。
「そうだ・・・そもそも俺がルピトピアへ行く気になったのはチーズが食いたかったからだ・・・」
「チーズですか?塩の採掘場付近で作られているヤギのチーズの事ですか?」
「そうそう!それだ!やたら旨いと聞いた!」
もう有るかどうか分からない米などどうでも良い。
いや、どうでも良くはないが、とりあえず今は良い。
「でもヤギ達の餌場が魔物に荒らされて、ヤギの乳の出が悪くなっていると聞きました。
それで、魔物退治のためにヤギ飼いが多く住む村があちこちのギルドに依頼を出していると・・・
貴方はそれでルピトピアへ向かっていたのですか?」
ヴァルターの説明だと、魔物を倒さないとチーズにはありつけそうにない。
「しかしおかしな話だな?」
「何がでしょうか?」
俺の言葉にヴァルターは何も感じないらしい。
「何故『村』という小さな組織が国へ相談せずに他国のギルドに依頼しているんだ?」
「あ・・・」
ようやく気付いたか・・・
ちょっと抜けてるのか?
「それは司祭のペドロが魔物と化したからだと思います。」
エルゼの言葉にヴァルターが驚きの表情で否定しようとしたが、思い当たる節が有るらしく黙りこんでしまった。
「ペドロに降魔の疑いが出たのは、丁度3ヶ月前、ペドロの家が火事で焼失した頃に遡ります。
その頃から塩の採掘場付近に魔物が出るようになったのです。」
「何故降魔の疑いを持ったんだ?」
そもそも、エルゼが疑いを持つことになった理由が分からない。
気に入らなければ『魔物』扱いをするならば、それはただの権力争いでしかない。
簡単に『異端』扱いを始めると、転生前の世界に有った『魔女裁判』と同じことになる。
まあ、だとしても俺には関係無いが、ここまできたら『チーズ』は必ず食いたい。
「ペドロは代々司祭長を勤める名門の家に産まれた生粋の聖職者です。
多少良くない風聞は有りましたが、それでも良く私を補佐してくれてました。
でも、火事の後人が変わったように笑わなくなったんです、そして心配してペドロを訪ねる司教達が、ペドロの所から帰ってくると皆総じて笑顔が無くなり、国民の請願や陳情に向き合わなくなりました。
その事を知らせてくれた神官も、その翌日にはペドロ達と同じように表情を失いました。
そして・・・」
「そして?」
「そして皆衣が薄汚れても洗わず、異臭を放つようになったのです。
注意しても気味の悪い笑いを浮かべるだけなのです。」
「ああ、それは間違いなく憑かれたな。ゲルレブリマナスだな。」
「ゲ、ゲ、ゲル?」
確かに舌を噛みそうな名前だ。
「ゲルレブリマナス、蛙っぽい顔をしたドロドロとした奴だ。耳や鼻から体内に入り込んで薄皮一枚残して体を乗っ取ってしまう。
その過程で相手の記憶や意識を吸収していかにも当人のように振る舞うが、もともと低級の魔物だ。臭くてかなわん。」
うんざりしたように聞かせてやった。
「お詳しいのですね・・・」
ヴァルターが顔をひきつらせながら言った。
「ああ、俺もやられた。もっとも、やり返してやったからな。もちろん奴等の能力は頂いてるぞ。」
そう言いながらおれは左手をドロドロに変えて見せた。
思い出すのも嫌なほど気持ちの悪い一件だった。
変なのが来たな、と思っていたら、後ろから足に絡み付かれ、あっという間に全身をドロドロの本体で覆われ、鼻から耳から、挙げ句目をこじ開けて体内に入られた。
噛じられるのではなく、溶かされて奴等に吸収された。
でもまあ、何時ものように俺の細胞たちは相手を吸収し始め、能力をコピーし、元通りの体を作り始めた。
二時間ほどかけて奪われた俺の身体は、ものの15分で元に戻った。
「あー、気持ち悪かったぁ・・・」
完全に身体を取り戻したときの第一声だ。
「ガンゾウさん・・・ほとんど魔物化してますね・・・」
「そうだな。」
愛想なく答えた。
「まあ、どうするにせよ、塩山の魔物ぶっ殺して、ゲルレブリマナスに汚染された司教会をぶっ壊して『至福のチーズ』を食うぞ。
それが出来ないなら、ルピトピア全土を消滅させてやる。
食い物の恨みは恐ろしいんだ。」
フンッ!と鼻から息を吐いたが、まあ、勝手なことを言っているのは分かっている。
分かっているが、俺の最後の人間的欲求だ。
それを満たせなければ、どのみち魔王化して人間世界に厄を振り撒くだけの存在になるだろう。
「分かりました。チーズ食べていただきましょう。」
「あとヴィーノも一緒にな。」
「お酒は禁止されています!」
「じゃあ知らない。」
「・・・卑怯です・・・」
「もうすぐ魔王だからな。」
「分かりました。でも、あまり公には・・・」
というエルゼを横目に、俺は空間に円を描き、葉巻を取り出した。
「こいつもな。」
エルゼが、はあぁぁぁ・・・と大きく溜め息を継いだ。
「よし、 じゃあ行くか!」
「ガンゾウさん!ウラジミールは?」
俺に頭のなかをまさぐられたウラジミールはもう以前のように戻ることはない。
「まあ、運が良きゃ死なずにいられるだろ。」
そう言って俺は葉巻を噴かし、角馬に跨がった。
あわててヴァルターがエルゼをもう一頭の角馬に乗せ、自分はエルゼを抱えるように後ろに乗った。
こうして俺たちはルピトピアへ向かったのだった。
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