第5話◆◆④ガンゾウと魔滅の剣◆◆

「目が覚めたか?」


体を起こし、キョロキョロと辺りを見渡す少女に声をかけた。


「はっ、す、すみません!あ、あの、ありがとうございました!」


ぱたぱたと身繕いをしながら少女は俺に礼を述べた。


「ああ、気にするな。」


少女が寝ている間に立ち去っても良かったのだが、何気無しに始めた『短剣研ぎ』に熱中してしまい、結局夜を明かした。


俺は基本的に睡眠を必要としない。


だが、純粋に人間だったときに染み付いた『睡眠の快楽』は抜ける事はなく、『寝た』という実感を得るためだけに『寝ている』わけだ。


そして熱中してしまった為に、錆びだらけだった短剣を一晩で研ぎあげてしまった。


「それは『魔滅の剣』ですね?『魔』を纏う貴方が何故その剣を?」


驚いた。


腹を減らしたただの子供だと思っていたが、俺の能力を感じ取っているらしい。

しかも相当に正確にだ。


「・・・」


俺は手を止めて少女をじっと見た。


「あ、ごめんなさい!余計なことを・・・だ、誰にも言いませんから・・・」


「いや、少し驚いただけだ。何故俺の事が分かった?『魔を纏う』とは?」


俺は純粋に興味が湧いた。


「それと『魔滅の剣』って何だ?これのことか?」


俺は研ぎ上がった短剣をヒラヒラと揺らして聞いた。


「はい。それです。でもそれは完全な『魔滅の剣』ではありません。柄の所に穴が有るでしょ?そこに『魔滅の石』を嵌めることによってあらゆる魔物に効果を持つ『魔滅の剣』になるのです。」


「お前さん何者だ?」


俺は少女にただならぬ気配を感じ始めていた。


「あ、申し遅れました!私はルピトピア教主国の法皇、エルゼと申します。」


そう言ってペコリとお辞儀をした少女をポカンと見つめた。


「悪いが、もう一度言ってもらえるか?」


「はい、ルピトピア教主国の法皇、エルゼと申します。」


聞き間違いではなかったらしい。


「たしかルピトピアの法皇ってのはルピトピアでは一番偉いんだよな?」


「そうですねぇ、確かに役職的に私より高位の人は居ませんねぇ。」


顎に人差し指を添えて考えた風で応える少女は、どう見てもただの子供だ。


「その法皇様が何でこんなところで腹を空かせて独りで居るんだ?」


「それなんですよぉ!聞いてもらえますかぁ⁉」


うっ、なんか面倒くさくなってきたが、行きがかり上仕方がないか・・・

なにせ、これから仕事に向かう先の偉いさんだ。


「あ、その前にあなたお名前は?」


「カンゾウだ。」


「ガ、ガ、ギャンゾウさん?」


「ああ、無理するな。舌を噛むぞ。俺は転生者なんだが、こっちの世界の言葉だとカンゾウとは発音しづらいらしいからな。皆ガンゾウと呼んでいる。」


「いえ、正しくガ、ギャンゾウさんとお呼び致します!」


言えてねーし。


少女は口の中でブツブツと俺の名前を繰り返していた。


「ルピトピア教の使命を御存じですか?」


「知らんな。」


俺は短剣を砥石に当てながら言った。

もう少しで完全に研ぎ上がる。

指先に伝わる摩擦の感覚が『無』に近付く。


「魔王の出現を止めること、魔王が出現したなら倒すこと。」


俺の手が止まった。


「俺の事を言っているのか?」


「そこなんですよぉ!」


少女が人差し指を立てて顔を寄せた。


少女特有の甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「ガンゾウさんが持っているその魔滅の剣に嵌める魔滅の石がこれなんですよ。」


結局ガンゾウになった。


鼻先に突きつけられた青く澄んだ光を放つ石は、その表面の微かな模様が生きているかのように揺らめいた。


「私がここに来たのは、その、あの決してお腹が空いていたからではなく!」


そこで大きく深呼吸をした。

顔が赤い。

まあ腹が空いていたのは間違いないのだろう。


「この『魔滅の石』が、その『魔滅の剣』に導かれたからなのです!」


必要以上に力が入っているのは、やはり腹がへっていたからなのだろう。


「そうなのか?」


俺は完全に研ぎ上がった短剣の刃を確認しながら乾いた布で拭き上げた。


持ち手は黒檀のような硬く密度の高い木製のようだ。


石が嵌まるという孔の周囲を、唐草模様のようなデザイン彫りが施されている。


「ガンゾウさん、そんなに綺麗に研ぎあげたのに切れないのじゃありませんか?」


そう言うエルゼの言葉に、俺は短剣の刃を腕にあて、引いた。


切れない。


「なんだこりゃ、こんなに完璧に研ぎあげたのに薄皮一枚切れない。」


俺はシゲシケと刃先を見つめた。


「その剣は、ただの剣ではありません。どんなに研いでも切れないのです。でも、この魔滅の石を嵌める事によって、『魔物』を切る事が出来るようになるのです。どんなに硬い皮膚でも切り通し、再生能力の有る魔物でも、その剣に切られた場所は再生しません。」


くそ真面目な表情で石を鼻先に突き付けてくる。


俺は短剣を顎にあて髭を剃ろうとした。


しかし、髭さえも剃れなかった。


「どれ。」


そう言って俺はエルゼの手から『魔滅の石』を掠めとり、短剣の柄に嵌めた。


「あっ!」


と、エルゼが叫ぶより早かった。


「何も起こらないぞ?」


「起こりませんね?」


「普通こんなときは、こうパァッと光輝いたり、剣の形が派手に変わったりするものなんじゃないのか?」


それは今では懐かしい日本のアニメでの話だ。


「ンンンンッ・・・・」


エルゼは顎に人差し指を添えて首を傾けた。


いかにも考えてますよって仕草だな。


俺はまたも短剣を顎にあて髭を剃ってみた。


ハラハラと切られた髭が落ちた。


「!?」


「切れましたね?」


「ああ、切れたな・・・」


つまり、魔滅の剣は、魔滅の石を取り込んで魔物を切れるようになったわけだ。


で、魔物と認識された俺の髭を落としたのか。


「じゃあ、この剣を俺の心臓に突き立てれば俺は死ねるのか?」


なんという甘美な誘惑だろう。


転生して死ぬことのできない体を手に入れたが、それは同時に悠久の時間を生き続けるという地獄の始まりでもあったのだから。


それを終わらせることが出きる!


俺は衝動的に短剣を自分の左胸に突き立てた・・・


「あっ!」


エルゼが悲鳴を上げるがもう遅い・・・


はず・・・


剣が刺さらない。


「な、何をするんですか!」


と、エルゼが俺から魔滅の剣をむしりとり、後ろ手に隠した。


「あ、死ねるかと思ったんだ・・・」


期待値が大きかっただけに落胆も大きかった。


「とんだ鈍らだな。」


「そ、そんなことは無いと・・・思うのですが・・・」


「もうやらないから返しな。」


「ホントですか?」


エルゼが半信半疑で短剣を俺に返した。。


「まあ、髭が剃れることは分かった。使い道は有ると言うことだ。」


そう言って鞘に納め、腰のベルトに挟んだ。


「それで、ルピトピアの法皇様がここに独りで居ることの説明は?」


俺は宙に指先で円を描き、そこに手を突っ込んで釣竿や食器の類いをしまいこんだ。


「まあ!それは便利な魔法ですね!何処に繋がっているのですか?」


「わからん。ただ、適当に石室をイメージして呼び出すだけだ。どこかの地下なのか別空間なのか俺にもわからん。」


「で?」


「あ、すいません。えとですね、ルピトピアの上級神官に降魔の疑いがあって、それを証明するのに『魔滅の剣』を必要としたのです。でも魔滅の石の導きが無いと剣を探せなくて、仕方なく宝物殿からお借りしようと思ったのですが、宝物殿の管理人も魔に当てられたらしく、入れてくれなかったので、ちょっと眠らせて拝借して来たのですぅ。」


「つまり盗んで来たのだな。」


「そ、そんな盗むだなんて・・・」


「でも、だからこそ独りで探さざるを得なかったのだろ?」


「まあ、そういう解釈も否定はしませんが・・・」


エルゼは不満そうに頬を膨らませ足元の小石を蹴った。


「分かった。やるよ。」


そう言って俺はエルゼに短剣を渡そうとした。


「それなんですけどね・・・」


「なんだ?要らないのか?」


「そうではなくて、その短剣はもう私には使えないかもしれません。」


「どうしてだ?」


「さっきガンゾウさん、髭を剃れたのに身体に傷をつけられなかったじゃないですか?」


「ああ、そうだな。」


「どんな文献にも載っていないのですが、もしかしたらその短剣はガンゾウさんにしか使えなくなっているかもしれません。」


言っていることが分からない。


「何でだ?」


「研いだから?」


「そんなことで?」


「たぶん。」


まあ、髭剃り程度にしか使えないのだから惜しくもないが、そう言われればなんとなく愛着も湧く。


「じゃあエルゼに渡しても意味はないのか?」


「一度実験してみましょう!」


「実験?」


「ガンゾウさんがその短剣で魔物を倒して、止めは私が短剣をお借りして刺す。そして刺せれば私でも使える、けど刺せなければガンゾウさん専用という事になりますね。」


「そう言うものか?」


「そう言うものでしょう?」


と言うわけで、俺はエルゼと連れだって魔物の居そうな森に入った。


結果だけ言おう。


エルゼの言う通り、俺が使えば魔物を斬れるが、エルゼでは魔物の毛一本切れなかった。


短剣に石を嵌めてしまった手前、俺はエルゼに協力せざるを得なくなった。


まあ、もともとルピトピアに行く予定だったから問題はないが、国家レベルの問題事に巻き込まれることが確定したことに、この時俺は気付いていなかった。

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