第8話 安酒/丸洗い
学校の帰り、ビルの地下駐車場の警備・誘導係としてバイトをしていた少年は、その職場の同僚で1個下の後輩である男から付け狙われていた。平凡な顔が好みなんです!とかなんとか。
その日は運悪く、誰もいい準備室で鉢合わせ、深夜のテンションにより興奮した男に迫られ、少年と違い良く鍛えた黒々した身体に敵うわけもなく、最後まで致されてしまった。
実は、その同僚、来る前に友人に酒を飲まされていたらしい。息や、行為の間に流れる体液から滴ったアルコールにより少年は乱れ、行為は一時間にも及んだ。
がたがたと震える姿は皮肉にも、後輩を煽ったらしい。しかし、その後……いわゆる賢者タイムに入った後輩は酔いが醒め、焦り、怒濤の勢いで去っていった。
「はぁ……のども腰も腹もいたい……悪い酒飲んだな、あいつ……」
安っぽい林檎の味が口に広がって、ねちょねちょと流れていく。後輩と違い、アルコールがすべては抜けていない少年は、ゆらゆらおぼつかない足取りで下宿屋へと歩を進めた。
***
「臭うな」
「ですよね……すみません、部屋で寝てきま……」
開口一番に言われたことばに苦笑し、自室に向かう。その言葉を言って少年を困らせた張本人は、タートルネックの首部分をわし掴んだ。
「ぐうっ、ちょっと、締まって、締まってます!」
そしてそのまま何も言わず、ずんずんと風呂場へ引っ張って行く。
「仲が良いなぁ」
一部始終を見た、少年の叔父は、最近元気になった甥と、甥に静かな優しさを送る騎士の姿を見守っていた。
******
わりと早い内から、ライオネルが自身を拾った青年について思っていたことだが、少年は無防備かつ、無謀だ。
安定した魂と精神を持ちながら、何処か安定しない危うさは、見るものを苛立たせ、心配させる。まるで、青い炎の先端、朱色に揺らめくそこのように。
(今も、そうだ。俺に干渉するつもりは無いといっておいて、気をかけさせる。)
近づけるなら近づいてみると良い。そう、覚束ず揺れる白を、思わず掴んでしまった。
築何十年といったか。ぎし、ぎしり。
続く雨で湿気った床板の軋みが煩い。首のしまるのに抵抗していたのも、体勢を変えて対応した少年は、大人しく後ろをついてきている。するりとライオネルの骨ばった指を首から外すと、その指を絡めて手を繋いだのだ。
曇りガラスのドアを叩き、住人の不在を確認。返ってこない物音に、ライオネルは繋いだ手を引いて中に入った。
学ランはクリーニングに出して今はない。直に着たTシャツをおもむろに脱いだライオネルに驚くこともなく、少年も続く。既に湯船を占領した彼に少し笑うと、用意された風呂桶と椅子にもっと笑った。
「優しいですね、ライオネルさんは。」
「……さっさと洗え」
どうせまた無理をしたんだろう。
続いた声に、ふっと目元に影が射し……ぐしゃぐしゃ髪をかき混ぜられたことで消える。元来面倒見の良いライオネルは、たまに、少年をこうして介抱したり、風呂に連れてきていた。
『あの子、フラフラで帰ってきてもそのまま寝ちゃったりしてさ、危なっかしいんだよ……え、わかる? だよねぇ。だからさ、ちょっとでいいんだ、様子を見てやってくれないかなぁ』
叔父の言葉だ。仕方ないなと頷いてからまだ1ヶ月もたっていないのに、ライオネルがこの状態の少年を見るのはもう何度目か知れない。
1度、2度めはライオネルの存在に身体を固くさせていた少年は、今は躊躇いもない。
少年が湯船の端に手をつき、肘おきに頬をのせる。ライオネルは、髪と肌の、藍と白の境目を眺めた。すると少年が眩しいものを見るようにこちらを見遣るので、わざと外していた視線を不意に合わせる。
「俺の存在は、不快ではないか」
「まさか。そうだったとしたら、こんなに気を許していません」
問いかけなのか、断定なのか、どちらとも取れる問い。少年は、まったく彼らしいと思う。
見透かされそうだと思っていたのは、どちらだったか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます