第7話


ライオネルの部屋と化した4畳間の端には、彼の膝までくらいの小さな本棚がある。

一見なにも入ってないようだが、覗けば小指の厚さの本が心許無げにぽつぽつと有った。


内容は、端的に言えば詩集。

前の主のような文学的なものではなく、永い傷に染み入るような、慰めのうただった。

静謐に、細かな字で書き込まれた何冊かを、雨や風の日は読むのがライオネルの日課となった。


「……床に、窪みが」


本を取り出そうとしたら、何回か本棚を触っているうちに少しずつ動いていたらしい。

車輪の付いたそれは軽く動き、下から覗くのは本棚より一回り小さな床の切れ込みと、手を差し込んで開けられるようにだろう、長方形に窪んだ部分。


小間のことといい、ここの家主は、いや、あの少年は案外いたずら好きなのかもしれない。幼い頃の主が思い出されて、思わず頬が緩んだ。


「……にしても、何があるんだ?」


少しおかしなこの家族だ。どんなものが眠っていても変ではない。触った感じでは、悪い気は感じられないが……


かた、ん


僅かに音を出して上向きに開いた板。正方形に切り取られた床下二寸の深さにぴったり詰まった、


「……本、」


ハードカバーの、重みの有る臙脂色の表紙の本だった。ぎっちりとはまりすぎて取れないのでは、と思ったが、見れば本の下から薄く細い紐が伸びている。これを引っ張ればとれる、ということらしい。


ぱら、ぱらと捲るうちにライオネルの表情は複雑なものになってゆく。


(これを……あれが読んでいたのか? )


内容はといえば、

純粋な恋のうた。


花も恥じらう乙女や、健気で純朴な成年のそういった想いを、瞳に何を写しているのかもあまり読み取れないような穏やかで冷たい男がどういう感情をもって読んでいたのか。


興味と言うより疑問だった。

しかしあれのことだ、聞いてもはぐらかして答えはしないだろうと、重いそれをもとの位置に落とす。


ハードカバーには一切の汚れはなかった。


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