第4話 干渉/感傷


 先延ばしにされた最期は、イチロウと名乗る男により安寧となった。何故、俺に声をかけたのかなど問うのは干渉そのものだろう。


(どうでもいいことだ。俺にとっても、あれにとっても。)


 そうやって意思を投げ出した…自分のためだけに。分かっていながらずっと。干渉されなければ考えるのを止める、のは楽な選択だ。俺は傷付かないかわりに誰も、救えない。

 机上でぽつりと佇む菓子を、口に放った。



******



 あれに“拾われ”てからもう、こんなに経ったのか。半分が輝く白い月を見上ながら、ライオネルは思った。


 あの夜は、満月だった。痩躯に鳥を思わせる服を身に纏った、自分よりいくらか背の小さな男。

 夜に紛れこみそうに揺れる藍を追って、小さな家に飛び込んだ。その時から、ライオネルの行動範囲は急速に拡がっているように思う。

 もう要らないとあの女に放り出され、辿り着いた(後から知った、"発展場"と言うらしい)場所で夜を過ごした。澱んだ気の中で、しかし逃げるすら無かったと言うに、男の言葉に引っ張られて来て。


 騎士として適切でない扱いをされた学園に居たときより、欲に塗れた目に当てられた公園に居たときよりずっと、自由になった。

 イチロウは縛り付けるようなことをなにも言わない。

 ライオネルはその足で、日のあたる暖かな場所を転々としていた。



******



『白飯、豚のしょうが焼き、じゃこの糀合え、です。』

『柏飯とつくね汁と、おやつのずんだ餅です。』

『蟹鍋です。追伸:冷めていたらカセットコンロを一緒においておくので、使ってください。』

『牛丼と冷奴です。食後に水羊羹をどうぞ。』

『麦飯と刺し身、おかず味噌です。』

『蕎麦、山菜の天婦羅に吸い物です。』


 裏庭の垣根の隙間から(最近あると知った)小間へ直通の戸をくぐり帰ると、そういった書き置きと共に飯が置いてあった。といってもライオネルに隠れて、というわけではないらしく、部屋に彼が居るときに盆にのせた料理を持ってくることもある。

 学園、否、学校に行っているようで、昼餉は朝の盆に置かれた硬貨をこんびにで(ライオネル自身が)食物に替えることが多かった。


***


「ライオネルさんは風呂には入られるのですか?」

「……入らずとも…いや、お前が不快か」

「まあ、精神衛生的には悪いでしょうね、あなたの。ただ一応、ここには僕以外の家族もいるので……」


 提案されたのは、こうだ。


「風呂はこの廊下を真っ直ぐ行けば有るのですが、如何せん共有スペースなものですから、私が見張りにつきます。私は貴方が風呂に入っている間脱衣所におりますので、出るときに言ってください。外で待機しています。それで、共に部屋へ戻れば万一見つかっても大丈夫ですから。」


 上手く誤魔化しますよ、と言う口許は何時も通り弧を描いており、踏み込むつもりもないライオネルに反論はなかった。


***


 その日も同じ様に入浴し、戻ろうとした時だ。表情を、顔にできてしまった皺を歪ませた女性が風呂場へ歩いてきて、二人に気付くとさらに皺が深くなった。


「……あなた、っ…そのひとは……いいえ!何でもないわ、さっさと戻ってちょうだい」


母親だろうか。いくらか白いのが混じっていても、艶やかな藍の髪は同じであった。男は状況を弁解することなく女性に背を向ける。


「………」


 痛々しいものをみるようなあの母親の視線に、やけに心地悪さを感じた。

 まるであれは、人間ではないものをあわれむような。あの女が、主に対してしていた、ような。


「僕はそういう扱いなんです。気にしないでください。」


 そう言った声音に常の柔らかさは無い。ライオネルが右の側を歩いているために、右の前髪が長い彼の、表情が伺えることはなかった。

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