第38話 後出しジャンケン

 感想を一言でいえば、やられた、だ。


『なんか、珠子ちゃん、許嫁いたらしいよ。元々』


 芳子は、思わずそんな訳ないだろうとツッコんだ。事実、結婚が持ちかけられたのはこの時期より後で、ともすれば元々許嫁だったなど苦しい言い訳だ。

 しかし、言い訳だと一蹴できないから厄介なのだ。


『十中八九後付けです』

『あ、やっぱり?』


 哲男の反応から、どうやら本人も察しは付いていたようだ。


『無視して構いません。と、言いたいところですが、それは不可能でしょう』

『個人的にはありがたいけど、芳子なら強行突破しろっていってくると思った』

『明智光秀は、それなりに織田軍の中枢を担っていますよね』

『そうね。重臣ってやつだと思うよ』


 芳子は、眉間に寄った皺に気づき、自分の指で修復を図る。

 人差し指と親指で皺を引き伸ばしながら、首を左右に傾けた。ゴギッゴギッと枝を折るような音がする。


『天下統一はまだできていない、という認識に間違いはありますか?』

『間違いありません_:(´ཀ`」 ∠):』

『まだ敵対大名はいると。残りはどこですか?』

『えーと、たくさん^_−☆』

『は?』

『...ごめんなさいm(__)m』

『そうすると、やはり今力ずくは悪手ですね』

『そうなの? まあ、そうなのか? 家臣さん達、いっぱいいるけど』

『前のように敵対大名達で結託されては元も子もありません。しかもその時代、一揆が頻発してますよね』


 安土桃山時代、所謂戦国時代は各地の大名達の権力争いが苛烈になった時代を指す。確かに、各地の権力争いは激しく、多くの人間の命がやり取りされた激動の時代だった。

 しかし、戦が起きると誰が困るか。そう、民だ。百姓は農地を失い、または働き手を失う。税も厳しくなり、作物を作らなければならないのに人手は足りずの悪循環。統治する者が起こした諍いに勝手に巻き込まれ、戦場に立たされる。勝てば報酬が貰えるとは言え、一歩間違えればそこにあるのは死のみ。不満が溜まらない方がおかしいのだ。

 戦が多い時代、だがそれと同じくらい、一揆も多発しているのだった。


『あー、うん。毎回申し訳ないと思いながらも鎮圧してる』

『そちらも加われば余計難しくなります。まあ、一揆自体は致し方ないことだと思いますよ。そう言う時代ですし』

『えっ、優しい!!』

『人間は無いものねだりな生き物ですから。どんなに社会を良くしても、民衆はそれ以上を求める。満足する日は来ません。褒められる日なんて一生来ず、永遠に不満をぶつけられる。支配者層の悲しい性です』

『...そんな悲しい現実見せてほしくなかった!』

『その代わり食べるのには困らないのですから、当然受けるべき罵倒ですよ』

『そうだけど...う゛〜、誰かに褒めてもらいたい! 俺かなり頑張ってんのに、誰も認めてくれないんだよ(;_;) 皆んなそれが当然ですみたいな感じで、あー、つらい』

『家と大して変わらないでしょうに』

『...ええ、そうですとも。むしろ今以上に酷いけどね!? ちょっとさー、慰める素振りを見せてくれてもさー、いいと思うんだけど、俺』

『(苦笑)』

『ぇ、(苦笑)て、ひどくね。あと、使い方若干違うし。ていうかそもそも、飽きてきたからって顔文字の中にあったやつを適当に打つの辞めろ』

『よく分かりましたね』

『お兄ちゃんですから(泣) と言うふうに使います。妹が塩対応でつらい(>_<)』

『なるほど、勉強になります。それで、本題に戻しますが、結婚させたいのが本音です』

『マイペース!』

『しかし、現実難しいですね。少し心当たりがありますし、もしかしたら結婚で繋がりを作る策は失敗に終わるかもしれません』

『珍しく弱気じゃん。心当たりって?』

『元を正せば可能性は低いですし、スペインの侵攻がないことにかけるという方向もなくは無いです』

『ねぇねぇ、心当たりって?』

『取り敢えず様子見ですかね』

『なぁ、分かって無視してるよな』

『万が一に備えて、武器などの補充はしておいた方がいいでしょう。ポルトガルに大きな借りを作ることができれば言うことなしです』

『なーなー、こーこーろーあーたーりーってー?』

『親交の強化を最優先にお願いします』

『ダメだ、答える気ゼロ』


 芳子は途中途中に送られてくる鉄男からのメッセージバグを綺麗にスルーし、徹底事項だけを伝えてスマホを切ろうとした。

 しかし、はっと何かを思い出した様子で、デスクに置いたスマホを手に取る。


『確認ですが、その明智珠子の許嫁とされているのは細川忠興で間違いありませんね?』

『......まちがい、ないでーす(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎)』

『分かりました。ありがとうございます』


 芳子は席を立ち、工学部職員室に立ち寄った。生体認証を受けて中に入ると、部屋には麻生一人だった。


「先生、どうかなさいましたか?」

「講師のデスクは、確かここでしたよね?」


 芳子は麻生に応えず、人差し指をデスクの一つに置いて問いかけた。


「はい、そうですが...って、ちょっ、あの、先生、本人に了承とってます?」


 何の前触れもなく藤村のデスクを確認してきた芳子を、麻生は胡乱気な目で見ていた。突然中を漁り出したところで流石にまずいと思ったのか麻生が止めに入った。

 藤村のデスクに無地のブックカバーが着いた本数冊の題名を確認して、芳子は顔を上げた。


「緊急に確認事項が有りましたので、探らせていただいただけです」

「許可は...取ってない感じですね」

「後で伝えるので大丈夫です」

「いや、先生は大丈夫でも華奈が大丈夫では無いと思います」

「カステラで買収しておきますので、大した問題にはしないでしょう」

「まず、許可を取れば良いのでは」


 麻生は表情に疲れと諦めを乗せて、なお芳子に言及した。


「急を要しましたので」

「...華奈にうるさく付き纏われても、助け舟出しませんからね」

「はなから求めてません」

「そう言うところだよ」


 麻生は芳子にぎりぎり聞こえない音量で呟いた。


「何か言いましたか?」


 麻生は今にも舌打ちしそうに顔をしかめ、それから事務的に笑顔を作って芳子に向かった。


「華奈の計画は進みそうに無いな、と」

「先程は、もう少し短文でしたよね?」


 職員室にいつかの気不味い雰囲気が漂う。芳子と麻生は、鈴木が入室しようにも剣呑な空気を察知してなかなか入らないでいることなどいざ知らず、30分ほどその状態を続けたのだった。




<途中経過>


日時:西暦2021年 3/5(金)11:41現在


結果検証:明智光秀が娘の婚姻を拒否。


考察:講師、そのまま地下で待機。

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