第23話 信長包囲網 備考:遅くなりました。

『細川さんによると、どうやら信長包囲網なるものができてるみたいよ』


 霜月、本格的な冬が到来する。そんな最中にも関わらず、芳子は東北にいた。


『次から次へと。面倒ですね』

『ホントそれ( ̄^ ̄) なんか、武田さんが急に上洛したのも足利さんとか朝倉さん達と手を組む手筈を整えるためだったらしい。つうかほんと、どうして俺、こんな嫌われてるの? そんなに嫌われるような顔してるかな』

『そうですね』

『そうですね?!( ̄(工) ̄)』


 手袋を一度は外したが、吹きつける冷風に耐えきれず、再び冷たくなった右手に手袋を被せる。かじかむという経験がこれまで無かっただけに、手の細胞内に含まれる水分がもれなく結晶化していそうな感覚にはどうにも慣れる気がしない。温めたら温めたで痛みが残るので、八方塞がりだった。


『そうですねはないでしょう、芳子さんや。いや、つうかマジな話でさ。敵、多くね?』

『ご自分で増やされたではありませんか』


 哲男が殺すことを躊躇したがために、実際、一度に相手にする絶対数が超過しているのだ。

 将軍・足利義昭を始めとして、浅井長政、朝倉義景、武田信玄、そして本願寺までもが一堂に会して織田信長討伐の意思を固めていた。普段なら、個々で対処するべき相手を、だ。

 石山本願寺ともなんだかんだと決着がつかず、今まで持ち越してしまっている。武田信玄に関しては、一度敗北すらしているのだ。

 今の状況、どう見ても絶体絶命である。


『そうだけどさー。まあ、申し訳ないとは思ってるけど、自業自得ですけれど。んー、ヤバくね』

『ご自覚があって何よりです』

『うん。ごめんなさい』


 芳子は近くのコンビニエンスストアに立ち寄る。聴き慣れたドアの開閉音とともに店内に足を踏み入れる。

 店内は暖かく、凍えていた体が端から解けていく。


『どうしましょうか?』

『どうしたら良いんでしょうか?』

『私に聞かれても』

『他に聞く人いないの!』

『丹羽長秀なら的確な答えを出してくれそうなものですが』

『そうなんだけどそうじゃ無いっていうか。なんて言えば良いのかな? えーと、無理?』


 コンビニエンスストアの入り口傍に位置する雑貨コーナーに近づき、一か八かあるものを探す。

 芳子が打ち合わせで訪れた岩手は手付かず自然が残っており、中心部から外れさえすれば風光明媚な田園風景が広がる。

 東北地方は観光業が盛んで、翠学園の系列、つまりはジュエリーグループの一つである黄水晶きずいしょう学園がある。

 黄水晶学園は観光産業などを始めとした第三次産業を担う人間の養育に力を入れ、これまでにも様々な業界に人材を送り出し、第三次産業を盛り立ててきた。黄水晶とはシトリンのことだ。黄色い色で有名で、11月の誕生石にもなっている。

 今回、系列の縁で「コラボ企画をやりたい!」と学長が突然に言い出し、いつの間にか採用されていたため芳子が直接出向き、詳細を打ち合わせることになった。

 自由を基本理念としているだけあって、職員や学生の思いつきが日常的に通るものだから、実施する側は気が気ではない。

 しかし、東北に出向くことが滅多にない芳子は、ここまでの寒さを予想していなかった。


『何故疑問なのですか?』

『いやー、ちょっとね。はは』

『何ですか』

『これまで、俺がほとんど芳子と打ち合わせして方針決めて作戦決めて...ってやってたから、殿なら大丈夫的な目で見られてて、頼れません(泣)』

『そうですか。では、丹羽長秀に聞いてみてください』

『ちょっ、ストップ。違うの、そんな単純な話ではなく、マジで無理なんだって』

『その無理の意味が理解できないです』


(コンビニエンスストアには流石にないか)


 芳子はコンビニエンスストアを出た足で、年季の入った個人商店に向かった。

 中に入ると一時代前の滅多に見かけなくなった雑貨類が陳列されている。

 芳子の探していたものは、店内の隅の100円コーナーにあった。


「すみません。これ、頂きたいです」


 いつもより心持ち大きく声を張り上げると、中から初老の女性が出てきた。


「はいはい。あら、その格好、大丈夫?」


 女性は眉を寄せて心配そうに問いかける。

 それもそのはず、芳子の服装は雪国を冬に訪れるには相当に寒々しいものだった。

 薄いコート一枚に手袋のみ。せめて、マフラーや中にもう一枚以上は着る必要がある。


「大丈夫です。それより、会計をお願いします」


 芳子はいつもと変わらぬ態度で、女性に会計を要求した。

 女性は別段気にした様子はなく、芳子から受け取った。それは、手袋のようだが、タグにはアンテナのようなマークが付いている。そう、芳子が探していたのはスマホ対応の手袋だった。

 店でタグを外してもらい、すぐさま装着して外に出る。

 ポケットにしまっておいたスマホを取り出すと、また何件か溜まっていた。


『とにかく、マジで無理。体制が整ってなかったとは言え、めちゃ強いって有名な武田さんに一敗しちゃったってので、城内がなんとなく暗いもん。ここで、大将の俺が策はないんだけどどうしよう〜、なんで言おうものなら、即刻士気がガタ落ちするわ!』

『たまにはまともなことも仰りますね』

『たまにじゃないです〜、いつもでーす』


 風が吹きつける。雪が降っていないだけきっとマシなんだろうが、それでも雪が滅多に降らない地域の出身には寒さだけども応える。

 芳子は肩をすくめて体を震わせる。目的地まではあと少しなのでこのまま行ってしまおうとしたのだが、無謀であったことを今更痛感していた。

 暖かいところにいるであろう哲男にも、若干の殺意を抱き始める。


『当面の問題は、つうか、一生の問題は包囲網に参加してる大名だろうけど。やっぱ、一人一人倒してくしかないかな?』

『それは、おそらく不可能でしょう』

『何で?』

『包囲網は何のためですか? 織田信長が単体では太刀打ちできないと踏んでの連合です。一人一人相手にできるなら、とっくにそれを勧めてます』

『ソウデスネ』


 からからと茶色く水気の感じられない葉が音を立てる。

 葉は、付け根が辛うじて本体と繋げていて、今にも落ちそうである。


『諸悪の根源、討ちましょう』

『...足利さんね』

『そうしないと、またこんなことを繰り返すだけですよ』

『そうかもだけど...。息子さん居るらしいよ、幽閉ならまだ生きてるし、可哀想じゃん? ちゃっと権力欲強くて驕り高ぶるところはあるけど、根は悪い人じゃないしさ。ほら、三度目の正直って言うじゃん』

『二度あることは三度ある』

『...はい、やりますよ。やりゃ良いんでしょ。もう!』

『この際、公正の余地云々を話し合っている場合ではないですし、そんなことを気にできるほど余裕もありません。やらなければやられる。もう、お分かりだと思ってましたが。死にたいならご勝手に』

『分かった。足利さん、倒せば良いでしょ』

『確実に息の根を止めてください』

『...分かった』


 芳子は哲男の返事や沸切らない態度に一抹の不安を覚えたが、目的地である大きな建造物の前に着き、頭を仕事にシフトした。




<途中経過>


日時:西暦2020年11/3(火) 10:30現在


結果検証:信長包囲網なるものの成立を確認。史実になかったことが次々に起きている。対象の態度に不確定要素があるため、指令通りに動かない可能性が高い。


考察:現状での歴史修正は不可能と思われる。また、例の新しい特異点に関しての特定が進んでいない。至急、調査を要請する。

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