第24話 哲男と書いて「微シスコン」と読む
『やっぱ、マシンガンだと思うわけよ』
『唐突ですね。いつもの事ですが、主語をつけてください』
ホテルの一室、窓から見えるのは一面の銀世界である。
学長の思いつきで始まった企画が思ったより好評につき、第二弾が始動した。よって、必然的に芳子の岩手主張が確定した。
芳子の現在地は、岩手北部の学園都市にあるホテルだった。
『武田さんが、あっ、武田信玄さんが亡くなって、息子さんが継いだらしいのよ。絶好の機会だ! って皆言ってる。でもさー、信玄さん強いのは確かだけど、勝頼さんも強いんだよねー。つうか、あそこは騎馬隊が強いからねー、大将が変わったところでって思うのは俺だけ?』
『指導者の力量によります』
『珍し! 芳子ならそっこー賛同してくれると思ったのに』
『兄さんから誰かに代わるなら、問題どころか更に強くなると思います。良い事づくめですよ、世代交代してはどうですか?』
『うぐっ((((;゚Д゚))))))) そ、そんなこと、な、無いと思うなー。あなたのお兄ちゃん、やる時はやるのよ』
『足利義昭』
『うぐぅぅ! んー、それはちょっと、別問題と言いますか...。それ以外は、なんだかんだやってんじゃん?』
『指示、従ってませんよね』
『(( _ _ ))..zzzZZ』
芳子はこめかみに青筋を立てて頰を痙攣させる。
一人部屋で来客も来ない。客室専用ロボットには待機の命令を出しておいたので、人どころか無機物でさえ室内に入ることはない。それを分かっていて、芳子は感情を露わにしていた。
今にも舌打ちをしそうな口元、眉間によった皺、左手の人差し指は一定のリズムを刻み、スマホを握る右手には血管が浮き出ていた。
結果から言うと、足利義昭は殺されていない。
哲男は幾度となく、それはもうしつこいくらいに降伏を促し続け、真木島城で足利義昭が挙兵してからも降伏を促した。
真木島城を攻めたところでついに足利義昭は息子を人質に降参。室町幕府は呆気なく終わりを告げた。
哲男は、足利義昭を京から追放するだけでとどめたのだった。
『いいじゃん、終わった話は。今度はちゃんと監視役もつけたし。今のところ、妙な動きは無いって』
『あったら困ります』
『そーっすね。まあ、それはいいんだけど、問題があります』
『既にいくつもありますが』
『そーだけど! そうじゃなくて、新たな問題が発生したの!』
『いつものパターンですね』
『お願いだから、もう揚げ足取るのやめて! 辛辣すぎて俺泣いちゃうよ|( ̄3 ̄)|』
『イタイですね』
『...分かってる、みなまで言うな』
芳子はクッション性の良いビンテージ風の一人掛け椅子に腰をかけて肘掛けに左手を置き、手のひらにはメモリーチップがちょこんと乗っかっている。イエローのラインが入ったチップからは、光の粒子が拡散されて隙間なく空中の一部分を埋めている。
太文字で強調するように「第二弾 ヒトとAIの共存共栄計画!」と表示されており、本文も大変見やすい構成になっていた。批判を恐れずに言うのなら、幼稚園のお遊戯会の招待状に見紛うほどのものだった。言ってしまえば、文字の割合に対してイラストが占める物量が多過ぎるのだ。
(学長? いや、理事長か)
ジュエリーグループは、子供のような遊び心を持った老人で溢れているらしい。
芳子は肘掛けに立てていた腕に体重を移し、手の甲に顎を置いた体勢で暫く資料を凝視した。次いでスマホに視線が向かう。
『まあ、ともかく、武田軍が目下の問題なわけで...。何か、いい方法ないかなって思ったらさ、そういやこんなシチュどこかで見たなーと思ったわけよ』
『それで、マシンガンですか?』
『そそ。何かのゲームでさ、敵が来たところをうまく施設立てたりして凌ぐっつうやつあったじゃん?』
『同意を求められても困ります』
林又家では、ゲームは百害あって一利なし。使うどころか、そう言う類の宣伝広告を目にすることさえ禁じられていた。
芳子たちの母親や、本家というのもあり、そう言うことには厳しく教育されているのだ。
よって、親元から離れた今も特にゲームという物に興味関心は持てず、芳子は未だゲームに触れたことが無かった。
『そうでした。まあ、あるのよ。んで、コインとか貯めて武器をどんどん買って敵をやっつけるんだけど、それにあった武器の中でさ、広範囲に割と強力な一撃叩き込めるやつがあって、それがマシンガンだったんだよね』
『その時代にそんなモノ、あるとお思いですか?』
『...とりあえず、芳子がこいつの頭大丈夫かって思ったことは察した』
『全くもってその通りですが』
『フォローしないんかい!』
『すると思っておられたことに驚きを禁じ得ません』
『いやー、妹よ、君は今いくつだ』
『何ですか、いきなり』
『兄は今年、40の大台になった。俺とあなた、そんなに歳の差ないのよ! 分かってらっしゃる?』
『いつの間に心が女性になられたのですか?』
『違う!! 断じて違う! ああ、もう!そんなことを言いたいのではなく、芳子はもう社会人になって随分経つんだよ。いくら藤村さんや県さんが優しかったって、社交辞令くらい覚えておかなきゃまずいぞ』
『兄さんからその手の指摘を受ける日が来ようとは、思ってもみませんでした』
ある程度のマナー教育、いや、一般には過度なマナー教育を受けて育った芳子には、当然それくらいのことはできる。人を選んで行動しているのだ。
故に、これまでで無作法を糾弾された覚えはなかった。
『ごもっとも。だけど、そこじゃなくてだな』
『言いたいことはわかります。大丈夫です、人は選んでいるので』
『そうかそうか、それならい...くないわ!』
大した時間も経っていないのに、クリアに見えていた雪景色は、二重窓の外側を小さな結晶で埋めることで見事に覆い隠された。
ビューと風の音がしているので、おそらく吹雪いているのだろう。
『本題をどうぞ』
『...はい、本題行きまーす\\\٩(๑`^´๑)۶//// まあ、そんなわけで、マシンガンなるものを作ろうと思う』
『馬鹿ですか』
『うん、言われると思った』
『あたり前です。第一、作れませんよ、その時代では』
マシンガン、正確に言えば機関銃を世界で初めて、実用的な威力を持つ機関銃を発明したのはアメリカ人の医師であるリチャード・J・ガトリングだった。
ただし、この高速な機関銃のしくみは自動ではなく、人間の力が必要な手回し式。1890年製のコルトガトリングガンは、銃身が10本、輪のようにつながっていて、その右側には手で回すクランクがあり、銃身を回転させて撃つもので、当時ではかなりの成功例と言えよう。
1862年に実用的な武器として開発された機関銃は、発明者の名に因んでかガトリング砲と呼ばれることとなった。
哲男が現在存在している時代は1573年、まだまだ先の話だ。
『流石に俺も、あれをそっくりそのまま作ろうなんて思ってないの。作れたら万々歳だけど。こっちには火縄銃とか渡って来てるから、それを改造してどうにかならないかなーと』
『やろうと思えばできなくもないでしょうが、明らかに史実に逸脱した行為です』
『あー、まあそれは、いいんじゃね』
『この話のどこに許容できる箇所があったのですが?』
『自爆覚悟で言うけど、今も十分それてるらしいですし。もうここまできたら、いいかなっと思う今日この頃でございます』
『良くありませんが』
『んー、でも、もうやり始めてるしねー』
『は?』
眉間の皺が一層深く刻まれる。目つきは完全にその筋の方々のそれである。
『もー、そんなに怒んないで、芳子ちゃん。カルシウム足りないの?』
『見えてないのによくわかりますね』
『ん? カルシウムが足りないこと?』
『確信犯は嫌悪の対象でしかないですが』
『ごめんなさいm(__)m 分かってる分かってる、怒ってるかどうかでしょ? 分かるよ。そりゃ、兄妹だもん』
『私には分かりませんが』
『訂正、お兄ちゃんなので』
『なるほど、納得しました。それで、許可もなく何かし始めたこととは一体?』
『この上なくマイペースだよね。そこんとこホント尊敬。で、マシンガンの件ね。さすがに今から窯作って鉄を掘ってはムリだなーーと思い至りまして、この度、この時代の知恵を借りてみることにしました! イェーイ、オレ天才。褒めて褒めて!』
『褒めはしませんが、内容によっては怒ります』
『つめたい(>_<) もっと労ってよ、お兄ちゃんのこと。鞭ばっかで飴が来ないんだけど』
『内容、説明してください』
『鞭10割www』
『せ・つ・め・い・を』
『ラジャーd( ̄  ̄)
からくりを作るのが得意な女の人がいてさ、その人に武器の改造、つうか配置とか? を相談したのよ。したら、連続して撃てる火縄銃があると有効だって言われて、それってマシンガンじゃねって。俺もあったらいいなーくらいには思ってたし、仕掛けとしてそう言うの作れたらいいなーって』
『なるほど、その時代の人に頼ったのは上出来です』
『でしょでしょ!』
『それで、案は出なかったのですか?』
『ん? 出たよ』
『では、私に聞いてきた訳は?』
『聞いて聞いて! 人海戦術でさ、鉄砲隊ずらっと配置するんだって』
『誤魔化さないでいただきたい』
『んでね、何列かにして撃ったらどんどん前後交代すれば、連続で攻撃できるようになるんだって。すごくね』
『ちゃんと会話を成立させてください』
『んで、その女の人、県さんの家に行った時に見た女の人に激似なの』
『水銀、今すぐ兄さんの頭上に届けてもいいのですが』
『ごめんなさい! ふざけました』
『では、今回連絡してきた訳を、お話ください』
『妹とお話ししたかったの!』
『切ります』
芳子は最後のメッセージを送ると、スマホの側面にあるボタンを長押しして電源ごと切った。
おもむろに立ち上がって、雪に覆われた窓を開く。暖房で温められた室内に、冷風と埃のような雪の粒が侵入した。芳子の頬を冷涼な空気が掠め、上がっていた体温が冷えていく。
芳子は、一度大きく深呼吸をして窓を閉めた。
<途中経過>
日時:西暦2020年 12/16(水) 14:58現在
結果検証:武田信玄が死亡。信長包囲網も崩し切ったようだ。しかし、対立は弱まらず武田軍と一戦あるもよう。
考察:目処は立っているようだが、不安要素も多い。気づかれてはいないだろうが、対象が例の女性に接近した。対応の指示を要求する。
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