第20話 信玄餅と...信玄餅?
武田信玄は甲斐(今の山梨)を統治していた有力な武将の一人だった。特に武力に長けており、武田軍騎馬隊の力は圧倒的なものだった。その強さから、今も「甲斐の虎」と呼ばれ親しまれている。
また、驕りを良しとせず、勝つことよりも負けないことに重きをおいた戦いで着々と力をつけていった。
しかし、当時は織田軍の韋駄天の如き増強ぶりに押されていた。将軍討伐や朝廷の
武田軍の加入により織田軍はますます力を伸ばし、兵力、領地ともに天下統一に大きな一歩を踏み出したのだった。
その後、戦で大きな功を立てた武田信玄は織田軍の主要人物にのし上がり、後の世にも大きな影響を与えている。
故郷山梨では、武田信玄が戦で非常食として度々持ち歩いていたとされる甘味を再現した「信玄餅」はあまりにも有名である。
-某日本史解説書より-
『写真くらいさ、送ってくれても良いと思うのよ』
10月。神がいるかについては定かではないが、非科学的なものを信じる人間の言うところの神無月である。
はた迷惑なことに、八百万の神々が島根の出雲大社に集結することで、全国から姿を消す季節だ。
初冬と言うだけあり、肌寒い風が皮膚を撫でる。上旬ならまだ良かったものの、今は10月もつごもり、ほぼ11月である。
芳子はコートのポケットに両手を突っ込み、肩をすくめる体勢のまま職場を目の前に、信号を待っていた。
手と一緒にコートのポケットで暖まっていたスマホが振動する。芳子は首同様に無防備な素手を外に出すかしばらく葛藤し、数秒して着信を確認する決断に至った。
届いたのが先程のメッセージだった。
『何ですか唐突に』
凍える手で、打ち間違えを何度もしながらなんとか返信を打ち終えた。句読点を付ける余裕すらない。
『いやさ、俺は毎回徳ちゃんのかわいい姿を写メで芳子にもお裾分けしてるのに、一向にお返しがないからさー。送り返してくれても良いと思わない? ご近所さんに何かもらったら、何かあげるのが基本でしょ』
『私たちはご近所さん未満の関係ということで』
『悲しいこと言わないで。泣いちゃうよ、俺(;_;)』
『三十半ばがそんなこと言ってると、相当に気持ち悪いですよ』
『...芳子さんや、ワタクシ、今年で39デス。もう、アラフォー。はは、HAHAHA。早いよね、時の流れ(−_−;)』
『それでは余計に気持ち悪いですね』
『えっ、今俺、感情に浸ってたんだけど。慰めてくれたりとかしないの』
『そんな人間臭い行動しようというモチベーションを私が持ち合わせていると思っていたとは、学習しませんね』
『期待してるんですー。そんなことは重々承知してますー(⌒-⌒; )』
信号が変わって、横断歩道に足を踏み入れた。スマホと一緒にコートに仕舞い込んだ手はなかなか温まらない。渡り切ったところで大学の敷地内に入る。
芳子は、進路を変えて大学の敷地内にある公園に立ち寄った。
公園はガラスの壁で覆われていて、植物園の様に様々な植物が植えられている。ドーム状のガラス屋根の一棟に近付き、透明な取っ手に手をかける。
足を踏み入れると中は暖かく、一気に南国に移動した様な気分になる。実際、バナナパイナップル、ヤシなどが植えられている亜熱帯をイメージして作られた棟なので、南国といっても差し支えないのであった。
体があったまってきたところで、芳子は近くのソファに腰をかけ、スマホをポケットから取り出す。
『用事がないなら送ってこないでください』
『ありますー。芳子の社交性を育むという大切な用事が』
『無くても生きていけてるので大丈夫です』
『そんな事ないから。ゼッタイ損してるって。美人なのにそんな性格だから、彼氏どころか友達すら滅多にできないんだよ。プラマイゼロのところをマイナス要素が大き過ぎて結果マイナスになってんじゃん。
俺、父さんの代わりに芳子の彼氏にちゃぶ台返ししてやるって密かに画策してたのに』
『結婚させたいんですか、させたくないんですか?』
『そりゃもちろんして欲しいよ』
『分かりずらいです。お母様みたいな事、しないでもらって良いですか』
『は?』
(しまった。禁句だ)
芳子の表情が膠着した。口を半開きにした状態で、見事に顔面が固まっている。
訂正しようと指をスライドしている間に、哲男からメッセージが届く。
『誰が、あんな奴と一緒だって? めちゃ心外。つーか、まだ付き合ってたのか。あのババアのおままごと』
『露骨に機嫌を悪くしないでください、面倒です。母親のことをババアとは、思春期の高校生ですか』
『どうせ俺はいつまで経っても子どもだよ。悪かったな、ガキで』
『悪いと思っていない人間の言い回しですね』
『思ってないに決まってる。あのババアは母親なんかじゃない。てか、まだ洗脳解けてなかったのか?』
『その洗脳とやらが、お母様の「良い子」教育であるなら、とっくに解けていると思いますが』
『なら何で? まだあの家にいるんだろ』
『そうですね。しかし、何でと言われましても』
『林又の家には、立ち寄っただけで吐き気がする。洗脳が解けてからは余計だ。芳子は、そー思わねーの?』
『お金を出してくれるので、単純に楽です。加えて、それなりに権力もありますし、駒としてまだ使えます。手放す理由がありません』
『洗脳、解けてねーじゃん』
『損得勘定は洗脳ではありませんよ』
『でも、林又の教えだろ』
『人間を構築するのはDNAですが、それは外観に限ると思っています』
『何の話?』
『環境、つまりは教育が人の心や考え方を構築すると私は考えています。それが林又であったというだけです』
『だ・か・ら、それ自体が洗脳だっていってんの!』
芳子は小さく首を傾げる。
『何言ってるんですか、教育という行為そのものが洗脳ですよ』
『は?』
『兄さんは期待を持ち過ぎです、外の世界に。林又を悪だと決めつけるのも良いですが、他も大概ですよ』
『そんな事ねぇ』
『実際にご自身で確認したのでは? 囲いの外は、思い描いていた通りでしたか? 汚い部分というのは、多少どこにでもありますよ。林又がたまたま顕著だったというだけです』
『あー、うん、分かった。分かったからストップ』
哲男は観念した様子で話題を断ち切った。
芳子の髪一房を温風が靡かせる。体感温度は徐々に高くなり、暖かいというよりは暑く感じる。
『...過剰防衛だろ、それ。俺だけが、めちゃくちゃダメージ受けたじゃん』
『自業自得と言います』
『そうっすね』
『謝りませんよ』
『悪いとは思ってんのね』
『頭の中ユートピアな兄さんにはキツい言葉だったかなと』
『へいへい、そうですか。まあ、そうですね』
『いつもならキレて手がつけられないところまでいっていたのに、成長しましたね』
『しみじみ言わないで。んでも、多少悪いと思ってんなら、何か写メ送って! それで仲直りってことで(^_−)−☆』
瞬間、公園内の体感気温は3度ほど下がったという。
芳子は、既視感のある紙袋を提げて公園のソファから立ち上がる。和柄で店名は山梨県で有名な和菓子店。しかし、藤村の渡した物とは異なる。
ガラスの囲いから一歩踏み出すと、皮膚を切るような乾いた冷たい風が頰を掠めた。
<途中経過>
日時:西暦2020年 10/22(木) 9:25現在
結果検証:特になし。
考察:特になし。
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