第??話 いつか誰かの内緒の話 備考:19話参照

「名誉教授就任、おめでとうございます」

「いえいえ。事実上の引退のようなものですよ。ちゃんとした後任もいましたもので、安心して任せられます」

「ははは、確かに。彼女は優秀ですからね」


 壮年の男と中年の男が話し合っている。

 二人のいる室内は、といっても薄暗く地下にあることが伺える。床は冷たく壁はコンクリート剥き出し、家財は全て機械類だ。まるで、改造人間を作る実験施設のような趣なのだ。

 室内には二人の他に人はいなく、辺りは静寂に包まれている。

 また、小さく声が響く。


「しかし、被験者を身内の親族から出すことになるとは、思ってもみなかったです」

「私もだよ。だが、他からといっても他がないからね」

「おっしゃる通りです」

「林又さんもそうだが、彼女にも申し訳ないことをした」

「そうですね。子どもを産んで昇進もしたばかりだというのに、忙しい時に酷なことを頼んでしまいました。これからもっと忙しくなるでしょうし。レポートを頼んでしまったから余計に、ですね」

「そうだね。しかし、これ以上ない適任者だ」

「賛同します。彼女もあの分野に興味があったというのは意外でした」

「ええ、そうですね。最近は講習会の仕事が増えているそうで、私は信玄餅をもらいました」

「それなら私も。山梨県でやったんでしたよね」

「何というか、絶妙なタイミングだと思いましてね。おかしくなってしまいました」

「そういえば、そろそろ甲斐の虎のあたりですね」

「狙ったわけではないでしょうが、なかなかにユーモラスです。彼女は本当に面白い」


 ふふふっという二つの笑い声がコンクリートに反響する。


「林又さんにはまだお知らせしていないのですよね」

「はい。タイミングがどうにも掴めなくて」

「勝手にやってしまっていますし、バレた時が怖いですね。早めに告白すべきです」

「はい。きっと混乱しているでしょうし、善処します」

「ははは、お願いします」


 中年の男が大袈裟に身震いして見せると、壮年の男はくすくすと笑った。


「しかし、なんだかとても悪役になった気分です」

「まあ、有り体に言えば人体実験ですしね」

「ああ、それを言われると痛いです」

「すみません。そういうつもりでは...」


 中年の男が慌てていると、壮年の男は穏やかに宥める。


「そんな深刻に受け取らないでください、冗談ですよ」

「やめて下さいよ、名誉教授。肝が冷えました」

「ははは、いやはや歳ですな。つい、若者を揶揄いたくなってしまう。悪い癖です」

「名誉教授、私、そんなに若くはございません」

「いやいや、私にしたら若さに満ち溢れておられる。羨ましいものです」

「私のこれからの目標は、名誉教授の様に、いわゆる良い老け方をする事です」

「それはそれは、嬉しいことを言ってくださる」


 壮年の男は、また、笑い出す。


「それにしても、この実験の目的の一つは既に成功しているわけですが」

「そうですね。いつの間にか、という感じですが」

「まあ、確信はありましたが。良かったです。この仮説が間違っていた場合、我々がその結果を知ることはできませんでしたからね」

「うーん」

「何か? 引っ掛かることでもございましたでしょうか」


 壮年の男はあごの白いひげを撫でながら、唸り声をあげている。中年の男は再び慌てはじめる。


「いやいや、特に引っ掛かることというのはないのですが」

「何でしょうか?」

「いやー、真実を知った時の林又さんからのお叱りを考えると...うん、怖いです」

「彼女はイレギュラーという言葉がこの世で一番お嫌いでしょうからね。それを我々が起こしたとなれば...確かに、心臓が凍りつきます」

「ははは、そうだね。まあ、覚悟はしておこうではないですか」


 男二人は苦笑を漏らしながら部屋を出ていった。

 室内に残ったのは電気を切られて稼働していない機械達だけ。その中に、消し忘れたのか一つ、起動しているメモリーチップがある。

 レポートの様なものが写っていて、「記述者」の欄にもしっかりと記載がある。

 そこに書いてあったのは......。

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