第18話 血の繋がりって面倒ですね
ピコンッと音がして、ロック画面にポップが表示される。
『芳子ー、会議始まるよー。音声入力ソフト、起動するよー』
メッセージアプリを開いて内容を確認していると、『外部アプリの同機を確認しました。移行します』と白抜きの文字が浮き出る。
画面が一瞬暗転し、次に出ると真っ白なスペースが右半分を占拠していた。
そのまま画面は動かないので、紅茶を淹れようと芳子がデスクチェアの肘掛けに体重をかけたところで真っ白だった空間に突如文字が現れる。
『殿、お話を』
『分かってる。えー、この度、比叡山延暦寺と敵対する事になった』
『なんと、それは』
『しかし、なんとも』
『そうなれば、我らは』
『いや、それでこそ殿だ』
『だが、相手は僧侶』
『石山本願寺に続いて、比叡山延暦寺とは』
『やりましょう。あいつら前から気に入りませんでした』
『そうです。僧侶の本文を忘れ、欲に溺れる。神に仕える者どもとは考え難い』
『しかし、落ちぶれても僧侶。世間からの批判は免れませぬぞ。民からも不満が出ましょう』
『だが、あやつらが我等を
『それに、森殿を破った後、浅井・朝倉は比叡山に隠れたと聞く』
『それでは』
『うん。俺も森さんの仇は撃つつもりでいる』
『それでは本当に』
『でも、いろいろ問題が有る事は確かなんだよ。みんなが言った通り、お坊さんを討つっつうのは聞こえが悪い』
『然り』
『まさに、その通りでございます』
『でも、俺は許せない。許されない。俺の判断ミスで、森さんの、一人の人の命が終わってしまった』
『そのような事は』
『決して、殿の責任などでは』
『そうですぞ』
『殿は最善をお尽くしになりました。浅井・朝倉との決着を着けようとなさったではありませんか』
『でも、返事は無かった。考えが甘かった』
『然様なことは』
『俺は学んだ。一度敵になったなら、なんとしてでも殺さなきゃならない。そこから足元を掬われていく。浅井・朝倉の討伐は決定事項だ』
『は!』
『それで、比叡山の件だが』
『わ、私に、お任せ願えませんでしょうか』
『森殿の御子息か』
『しかし、年若い』
『若輩者ではありますが、お任せいただきたく』
『いや、危ないから許可できない』
『殿。ですが』
『森可成が亡くなった。森家の当主は君だ。守る家族がいるのに危ない目には遭わせられない』
『ですが、私は』
『殿、一つ申し上げてもよろしいでしょうか』
『うん。いいよ』
『では、申し上げさせて頂きます。森殿は御子息殿にも武器の扱いを教えておられたそうで、長男殿の実力は時に森殿でさえも圧されるほどだとか。父の敵討ちはさせてやっても良いのではないかと』
『そうなの?』
『は! 武器の扱いには覚えがございます』
『まあ、それなら良いけど。てゆうか、まだどうするか決まってない』
『殿の意思は、すでに固まっているご様子。我等が何か言ったところで、素直に聞かれる方だとは、皆思っておりません』
『丹羽さん、酷い』
『事実でございますゆえ』
『そうですか。なら、決まりだね。明朝、比叡山へ出陣する。敵は裏切り者とそれを匿うような生臭坊主だ、容赦しなくていい。徹底的に追い詰めて、仕末しろ』
『は!』
『敵には地の利がある。数も多い。力ずくは無理があるだろう』
『私に一つ、考えが御座います。申し上げてもよろしいでしょうか』
『ああ、明智さん。いいよ』
『比叡山の麓に、町が御座います。結構な数の人もおりますし、そこを攻めるのがよろしいかと』
『なるほど、下に誘い出すのですな』
『ええ、そうすれば山に登る必要はありませんし、寺社仏閣に被害を与えずに済みます』
『さすが明智殿』
『さすれば、非難の言葉も少なくなりましょうぞ』
『それならばよかろう』
『んじゃ、それで決定ってことで。解散』
『は!』
文字の出現が止んだところで、音声入力ソフトの同機解除の通知が届いた。
哲男の心配をよそに、音声入力ソフトは完璧な文章化を達成した。これまで問題とされていた、漢字変換の間違えや雑音の変換が全くと言っていいほど無かったと言うのは、少し妙な話であった。
それもそのはず、音声入力ソフトは従来の性能を遥かに超えた改造がなされている。
芳子は、メッセージアプリの画面が元に戻ってすぐメッセージを送信した。
『よくあんな喋り方で受け入れられてますね』
『うん、つっこまれると思ってた。最初は皆いちいち訂正してきたんだけどね、しばらく経っても直さないから諦めたみたいよ』
『諦めさせてどうするんですか』
『(*´∀`*)』
『その感情が分かりにくい顔文字送ってよこすのやめてください。反応に困ります』
『いやいや、かなり分かりやすくなってない? 対面してないから相手の表情がわかんない分、顔文字でリアルタイムな感情を表現しなきゃ(≧∇≦)』
『明智光秀、いつの間に加わってたのですか?』
『あ、無視された。めっちゃ露骨に無視された』
『もっと後だった気がするのですが』
『そーなの?』
『はい。明智光秀の功績は、国内戦ではなく海外との交流面で上げたものですから』
明智光秀は織田信長が国内をほぼ統一していた時に家臣になった武将だ。例に漏れず、織田信長の人を見る目に引っかかっただけあり、明智光秀は様々な功績を挙げる。海外との貿易管理施設の構築、使節団、個人商売人の統率機関設立など、その功績は多岐に及ぶ。
織田軍では、経済は国内が丹羽、国外が明智と言われるほどであった。明智光秀の娘が国外の宗教であるキリスト教にいち早く興味を抱き、織田軍が目を向けるよりも先に外国と親密にしていたのだ。
織田信長は、明智光秀を獲得したことにより外国との親交強化に成功した。
今のグローバル社会に至るまでには、明智光秀の大きな尽力があったことは広く知られている。
『妙ですね』
『誤解だ、冤罪だ! 俺は何もしてないぞ』
『まだ何も聞いていません』
『絶対、何かしましたか? って送ってくるだろう?』
『誤解です』
『いーや、100%送ってきたね』
『しつこいですよ』
『傾向と対策ってやつだ ƪ(˘⌣˘)ʃドヤ』
『使い方が壊滅的に残念ですね』
『いいじゃん』
『で、一体いつ?』
『んー、覚えてない。なんか、いつの間にかって感じ』
『気になるので調べておいてください』
『分かった。んで、比叡山の件はあれでOK?』
『いいと思います。しかし、一つ留意すべき点が』
『ナニナニ?』
『町を襲う時、火を使いますよね?』
『そりゃね、織田軍が攻めてきてるって認識させなきゃいけないわけだし』
『寺を戦火に巻き込まないようにするべきなのは勿論ですが、麓の町であっても火が広がると少し困った事になります』
『やっぱり?』
『犠牲者が多くなるとか、そういうことではありませんよ』
『違うの?! つうか、違うならよく俺が考えたこと分かったな(O_O)』
『残念なことに、一応血の繋がりがありまして』
『残念?! 残念って何よ?! ヒドイ!』
『困った事というのは、記録などの焼失です』
『いや、上には火行かないようにするよ』
『上に行かないようにしても、下にもそこそこ資料があります。正確には、気象情報などでしょうか』
『それは...ないとまずい? あー、まあ、まずいっちゃあ、まずいのか?』
『はい、とても』
『ん。了解』
最近、一人の歴史学者がある本を出版した。内容は、歴史学ではタブーとされる「もしも」の話。人類が、闇雲に工業化を進めた世界の話だった。古来の気象資料が残らず、環境への配慮がなされなかった場合、気候変動が起こると事前に予知するのは不可能ではないかという見解のものだった。
単純に考えて、そんな愚行を果たして人類が為すかどうか芳子には甚だ疑問ではあるが、その本は嫌にリアリティの溢れたものだった。
芳子は、訳はわからないが不思議に引っかかりを覚えた。哲男はあっさりと受け入れた事が不思議だったのだ。
恐らく、哲男もその本を知っていたのだろう。実際に、かなりの反響でしばらくニュースやコラムに出ずっぱりだった。哲男がその内容を知っていても不思議ではない。芳子は自分にそう言い聞かせた。
『そういう訳で、ダメですから。火は使わないでくださいよ。絶対です』
『はーい( ̄^ ̄)ゞ』
『他は大丈夫?』
『はい、概ね明智光秀の案に賛成します』
『了解』
『ただし、明智光秀には気を付けてください』
『なんで?』
『一応、です』
『うん、まあ、了解』
スマホの画面を暗転させて、おもむろにデスクチェアから立ち上がる。
芳子は鳩尾の辺りが鈍痛のような不快感を覚えたのが、過労だと思ってやり過ごす。
触らぬ神に祟りなしとはよくいったものだが、時には触った方がいいのかもしれない。特に、行動が予想できない人間。彼らは往々にして面倒ごとを起こすと相場が決まっている。
芳子の感じていた物を一言で表すと、それはいわゆる「嫌な予感」というやつだった。
<途中経過>
日時:西暦2020年 9/29(火) 13:40現在
結果検証:新たな特異点が発生。未だに理由はわからない。
考察:早急に特異点発生の理由を突き止めるべき。
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