第53話 試験勉強は大事です
すっかり火照ってしまった顔を涼めるべく、魔導師たちの祝福の花火をハルと二人でしばらく見つめる。
そのうち、ユディはぽつりと言った。
「レイ先輩は禁書に何が書かれてると思ったのかしら」
禁術といっても、蓋を開けてみたらただの花火だったのだ。
とても数年にわたって他国に潜入して奪おうと思うほどの価値のあるものに思えない。
「すごい攻撃魔法か何かと思い込んでたのかな。この魔法だって応用すればそうならなくはないけど……」
ユディの羽根ペンがなければ封印は開かなかったのだから、手の打ちようがなかったといえばそれまでである。
だが、何かが引っかかる。
「フリジアが禁書集めをしていたとして……。レイ先輩のような細作をただ漫然と放っておくって不自然よね。もっとあちこち探しに出かけたほうがたくさん見つかりそうじゃない? 図書館に禁書があるって当たりをつけてたのはわかるけど、何年も見張るだけってあるかしら? それはひとまず本国に報告して、ほかの場所に行ったほうが効率いいんじゃないかなって……」
ユディは思案顔になった。
納得がいかない点はほかにもある。
ユディとエミリヤを誘拐までしておいて、ハルが現れただけで逃げてしまってそれきりというのも気になる。
フリジアが禁書を集めているのは事実だとしても、レイ自体はそれほど禁書に固執していなかったのかもしれない。
ということは、彼が図書館で勤務していたのは、それ以外に目的があったということになる。
「今って、図書館はどうなってるの?」
「あれからずっと閉まってる」
「そう……。不正騒ぎの後も、確かしばらく休館してたのよね」
不正騒ぎが起きたことで、しばらく「祈りの間」周辺は立入禁止になったし、図書館の開館日も少なくなったようだが、それで何ができるだろうか。
レイ先輩との思い出を頭の中で辿ってみる。
そういえば初めてハルを図書館に連れて行った時に、レイとマイルズと寄贈本の仕分けをした。
寄贈本には、なぜかたくさんフリジア語の書籍があった。
そして、マイルズの話では、書棚に入り切らなかったり、同じ本が多くあったりしたので、どこか地方の図書館に寄贈され直すとのことだった。
「フリジア語の本……。レイ先輩はフリジア人だったのよね。まさかあの寄贈本は、自分で仕込んだ……?」
閃光のように、ある考えがユディの脳内に弾けた。
「——ハル! 今から王立図書館に行けない?」
こんな時、思い立ったらすぐ行動のユディだ。
明日が文官採用試験だということは、すでに頭から消え去っている。
あまり遅くならないうちに戻らなくては、とユディの代わりに思いつつハルは頷いた。
※
王立図書館にやってきたユディとハルは、真っ暗な館内に足を踏み入れた。
夜の図書館はこれで二度目だ。
薄暗い魔石ランプの灯りの元では、背の高い書棚がぐうっとこちらに迫ってくるような気がする。
「やっぱり不気味ね……」
小さな呟きを、ハルは聞き逃さなかった。
自らの手をちらりと見、そしてそれをユディに差し出す。
「はい」
「……?」
不思議そうな顔をするユディに、ハルは照れたように微笑む。
「手、つないでたら怖くないでしょ?」
「え……うん」
幽霊は苦手だけれど、エリーアスのいなくなった図書館にはもはや摩訶不思議な存在はいないはず。
それに、手をつなぐ必要がないほど、ハルがいてくれるだけで心強かった。
けれど、それは言わないでおく。
ユディはハルの手に自分のそれを重ねた。
「……今度は成功」
意味がわからないことを呟くハルは、ユディの手をそっと握った。
——と思った瞬間、ユディはハルの手をぱっと離し、脇に置かれている本の山に駆け寄る。
「あっ、あれよ! ハル、こっちこっち!」
「…………」
「どうしたの?」
「何でもない……」
本当は先ほどの唇の感触を思い出して、恥ずかしくて手をつないでいられなくなったのだ——とは言えなかった。
指し示したのは、寄贈本の山だ。
別の場所に送られるための箱詰めの作業中らしく、目立たない場所にいくつかの木箱が置いてあった。
すでに木箱の蓋が閉められているものと、まだ蓋の開いているものがあり、開いている木箱の中身はごく普通の書籍みたいだ。
「こっちを開けてみましょう」
ハルが力を込めると、固く閉められた蓋は難なく開いた。
「……見て、これ!」
箱の中にあったのは、古びた羊皮紙の巻物や、ずっしりと重たい大きな本、それに木簡の束だ。
本が開かないように鍵付きのものまである。
見るからに貴重な品々だった。
「——魔導書だ」
「図書館の深部に貴重な本があって、厳重に保管されてるって聞いたことがあるわ。レイ先輩は、もしかして、不正や禁書騒ぎのごたごたの中で図書館に人が少なくなった隙を狙って、これらを盗もうとしていたんじゃないかしら。図書館に所蔵できなそうな本を多数寄贈しておいて、その中に紛れて、外部に——多分、フリジアに——持ち出そうとした」
「あわよくば禁書も持って行きたかったんだろうけどね。ここまで仕込むってことはこっちが本命か」
「どんな内容の魔導書なのか調べて、陛下にご報告するべきよね。でも、ここは騒がずに、こっそり本を城に運びましょう。そして偽の箱を用意できないかしら」
「誰がどこに持って行くか調べるってことか」
頷くユディを、ハルは感心したように見やる。
元々賢い少女だったが、城で文官として立ち働くうちに、より頭が回るようになったようだった。
「魔導書の検分に、フェルへの報告に、偽の箱の用意に追跡ね……。いいけど、忘れてない? きみ、明日は試験だからね。試験勉強はいいんだっけ?」
「そうだったわ……」
ユディは苦虫を嚙み潰したような表情になる。
試験に出そうな専門知識の復習は絶対にしておかなければならない。
今夜は長い夜になりそうだった。
※※※
一夜明けて、文官採用試験の当日、受験生たちは王城の一画に集められた。
五十人ほどの若者たちが二組に分けられて、試験会場となる部屋に入っていく。
スパノー侯爵が手引きしていた不正騒ぎの発覚の影響なのか、今年はあからさまな縁故採用がほとんど見られず、受験生の数は例年に比べるとかなり少ないとヴェリエが言っていたのを思い出す。
五十人のうち、女子はユディ一人だ。
昨夜の疲れが残っており、欠伸を何とか我慢する。
ハルとともに城へ魔導書をこっそりと運び込み、魔導師たちを呼び検分させ、偽の箱を用意した後、ようやく試験勉強の復習に取りかかったのは、すでに朝方近かった。
一睡もせずに試験を受けることになってしまったのは予定外だったが、それでも王立学院の深緑の制服に身を包み、精一杯胸を張ってあてがわれた席に向かう。
緊張はするが、エミリヤとの模擬戦の前ほどではない。
周囲を見回しても、皆どことなく落ち着かなげで余裕のない表情をしているので、自分もその一人だと思うとなんとなくおかしい。
部屋の反対側でジャンがユディに気づいて手を振ってくるのに、ユディも同じようにして返した。
受験生の顔を一望すると、ほとんどが研修生として顔見知りになった王立学院の生徒である。
彼らとは仲が良いとまでは言えないが、女子だからという理由で邪険にされることはこれまでなかった。
実務においてはユディが経験の差で頭一つ出ていたからかもしれない。
だが、座学となると試験結果で遠く及ばないのではと、小鳥寮出身のユディは乏しい専門知識を補填するため日々努力してきた。
今日はその成果が出せるといい。
時間になり試験官が合図をすると、ユディは真っ直ぐ前を向いて深呼吸を一つしてから、試験問題に目を落とした。
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