第43話 狙われたユディ

 ルールシュ城の広く荘厳な回廊を、ハルは魔導師団長ユルゲンと並んで歩いていた。

 先ほど、ユディの叔父のガストン・ハイネ男爵に、ユディの進路に今後一切口出ししない旨の誓約書を書かせたところだ。

 

 王弟ハルトムートと魔導師団長ユルゲンとの間に挟まれ、幽霊のように白くなったガストンは、ただただ平伏するのみだった。

 これまでユディを政略結婚の道具のように扱ってきたのだ。

 それも自業自得というものだろう。


 せいせいとした気分でいると、ユルゲンが口を開く。


「それにしてもユーディスどのの試合は見事でした。殿下は優れた魔導師であるだけでなく、良い教師でもあられるようですな」

「口出ししたのは最初だけだよ」  

「ご謙遜を……」


 珍しく師団長が口ごもる。


「どうした、師団長?」

「このことをお告げするのは迷ったのですが……ユーディスどのの魔法ですが、あれは禁術の類ではないでしょうか?」

 

 「書き換え」はこの世界のどの属性にも当てはまらない魔法である。

 禁術と聞いて、ハルの歩みが止まる。


「『書き換え』の魔法が?」

「はい。あの魔法は非常に特殊です。どの魔導書にもあのような魔法についての記述はありません。それで、もしかしたら禁書になら載っているのではないかと思ったのです」


 禁術や禁書については情報が限られすぎていて、そうだとも違うとも断定することはできない。

 

「禁術か……ぼくは詳しくないからな。けど、確かにユディの魔法は変わってる」

「ええ。魔導師団の誰にも、ユーディスどのの魔法を真似できませんでしたし……。ただ、私が気になるのはフリジアの動きです。これほどの術を操るユーディスどのですが、通常の魔法は全然使うことができませんから」

「何が言いたいんだ?」

「ユーディスどのの身の安全を守らなくてはならないと、そう申しているのです。フリジアが禁書や禁術を集めさせていると以前報告しましたが、ユーディスどのがかの国に目をつけられないという保証はございませぬからな」


 「書き換え」の魔法が使える以外は、ユディはいたって普通の少女である。

 敵国の騎士や魔導師に本気で狙われたら、ひとたまりもない。


 ユルゲンの懸念はもっともだと、ハルは頷いた。

 模擬戦で「書き換え」の魔法を大々的に披露してしまったということもある。


 ユディの身辺にはこれから一層注意を払うべきかもしれない。


「とりあえず詰所に戻るぞ。ユディにエミリヤを任せたままだし」


 残りの模擬戦はとうに終わっている頃だろう。

 詰所に足を向けようとしたその時、魔導師見習いのパウロが血相を変えてこちらにやって来るのが見えた。


「師団長!」

「なんだパウロ、そんなに慌てて。城内で走ってはいかんぞ」 


 たしなめられてもパウロは止まらなかった。

 詰所からここまで走ってきたのか、息は切れ切れだった。


「そ、んなこと、言っても……あの、ユディさんとエミリヤちゃんが急にいなくなったんです!!」


 まさか、との思いがハルとユルゲンの両者に広がる。

 一生懸命息を整えているパウロの肩を、ハルは思わず掴んでいた。


「詳しく話せ」 


 仮面の王弟と言葉を交わすのは、パウロにとってはこれが初めての経験である。

 緊張しながらも、師団長の前で恥ずかしい振る舞いはできないと、背筋を伸ばして話し始める。


「模擬戦が終わってヴァルター副長と詰所に戻ったら、二人がいなくなっていて。でも荷物なんかはそのままあるし、変だなって。そうしたら、さっき詰所の方に妙な業者が来てたって、偶然見てた人が教えてくれたんです。食事なんかを持ってきたっぽいんですけど、来た時よりも帰りの方が荷物が多かったそうなんです」

「荷物とは?」

「それが……大きな麻袋が二つ……人が入れるほど大きかったって。変なものを台車に乗せていくので、泥棒じゃないかって気になったらしくって」


 ハルは息を飲んだ。

 ユルゲンの表情がみるみるうちに険しくなる。


 その麻袋の中に、ユディとエミリヤが入れられていたのだとしたら……。

 報告を受けたヴァルターは、ユディとエミリヤは攫われた可能性が高いと判断し、先に捜索に向かったという。


「業者というのは?」

「詰所の衛兵が覚えていた特徴によると、背の高い若い男だそうです。髪の色は錆のような赤色。大きな眼鏡をかけていたと……」


 ユルゲンの問いに、パウロが業者の特徴を口にする。


「何だって?」

 

 ハルは思わず動きを止めた。

 その外見の人物には、心当たりがあった。


「騎士団にも応援を要請するべきですか? 人海戦術で探せば見つかるかもしれません!」


 勢い混んで言うパウロを、ハルは片手を上げて制した。


「その必要はない」

「えっ、でも!」


 何か言おうとするパウロを遮り、ユルゲンが訝しげに問いかける。


「殿下、どういうことですか?」


 ハルは大きく息を吐き出すと、すぐに魔力を込めて右手を勢いよく上げた。

 飛竜を呼ぶ合図である。


「ユディはきっと図書館だ! くそっ、あいつ……」

「あ、殿下!」


 事態が飲み込めていないユルゲンとパウロを残して、ハルは回廊を飛び出し、風の魔法で浮き上がった。

 すぐに、飛竜のローグが飛んでくる。

 その背にハルを乗せると、王立図書館を目指して飛び去って行った。


※※※


 ユディが目を覚ますと、すぐ目の前に従妹の顔があった。


「エミ……リヤ?」

  

 エミリヤと寄りかかり合う格好で、ユディは長椅子に座らせられていた。


「ここは……『祈りの間』……?」


 ユディたちがいるのは、つい先日大捕物を演じた図書館だった。

 現場保存のため、あれから図書館はずっと閉館しているはずだ。


 この間とは異なり、磨り硝子の天井からは、今はぼんやりと光が入り込むだけで薄暗い。

 首にずきりと痛みが走る。

 しだいにはっきりしてくる頭で、詰所から連れてこられたのだと理解するうちに、背筋がぞっとした。


 早くここから逃げなければ……!


「エミリヤ、起きて!」


 声をかけると、従妹の瞼が動き、瞳が開かれる。  

 ほっとしたが、喜んでいる暇はない。 


「ん……。あれ、お姉さま……? えっ、模擬戦は……? ここ、どこですか?」

「説明は後よ! 早く逃げないと……!」


 その時だった。

 「祈りの間」の扉が開き、見知った顔が入ってくる。


 錆色の髪、顔に合っていない大きな眼鏡の奥の、紺色の瞳。

 背がひょろりと高い、寝癖頭——。


 ユディは絶望の気持ちとともにその人物の名を口にした。

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