第34話 夜食会

 ヴェリエ卿の屋敷をひっそりと後にしたユディとハルは、夜闇に紛れながら、徒歩で王城を目指した。

 途中、目立たない通りの陰から黒いローブを頭からすっぽりと被ったヴァルターが現れ、そっと加わる。


「ご首尾は?」

「上々」


 短いやり取りだけで、それからは城に戻るまで無言を貫く。

 一の門を通ると衛兵に気づかれるため、人気のない場所まで行くと、風の魔法で塀を乗り越える。

 後は飛竜の塔まで何食わぬ顔をして戻った。 


 塔の中には住居部分があり、広く快適な造りだ。

 決して華美ではないが、立派な家具も一式しつらえてあり、奥には台所など、生活に必要なものはすべて備えられている。  

 ここに一人で住むのは広すぎる気がするが、王弟の住まいとしてはかなり質素なのだろうとユディは思った。

 

「あれ……フェル? 師団長までいるじゃないか」

「国王陛下!?」


 二の区より戻った面々を塔にて迎えたのは、国王フェルディナンドと魔導師団長ユルゲンであった。

 ユディは慌ててかしこまり、ヴァルターは膝をついた。

 ハルだけがいつもと変わらない。


「王様のほうから出向いたらだめだろ?」

「何を言う。お前たちだけを働かせて、俺が何もしないのも歯がゆいからな」 


 文官採用試験での不正については、すでにハルから国王に伝えられていた。

 不正を暴くには内密に事を進める必要があるが、どうやら師団長には事情を共有することにしたようだ。


「せめて差し入れでもと、夜食を作らせていたのです。まあ、少し遅いですが……」  


 ユルゲンがテーブルに置かれた巨大な籠を指し示した。

 師団長は長い灰褐色の髪を後ろで一つに結わえていて、少し強面の外見をしている。


 年齢は四十を超えたばかりの男盛りである。

 そうして夜食を勧めてくれる姿を見ていると、とてもこの国一の魔導師団であるとは信じられない。


「何持って来たんだよ? ……お、肉がいっぱいある」


 国王と師団長が持ってきた籠には、夜食というには豪華すぎる食事が大量に入っていた。  

 香ばしく焼いた鶏肉や野菜に、胡桃と干しぶどうが入った胚芽パン、種々の果物や、果実水などが、巨大な籠に隙間なく並べられている。


 台所を覗いて食器を持ってくると、男性陣はさっさと自分たちで食べ物を取り分けはじめる。

 軍隊方式とでもいうのだろうか、無駄のない動きにユディは感心してしまう。    


 女性だからといって、ユディが何かしないといけないわけでもなさそうである。

 ほかの人々が皿に盛り付けた後に、果物だけを自分用に取り分けようと思っていたが、すでにハルがあれこれとユディのために取り分けてくれていた。  

  

「ユディ、そこ座ってね。魔物討伐の時の野営みたいな感じで、気軽にしていいから」


 ハルがユディを隣に座らせる。 

 野営感覚と言われても経験がないのだが、先ほどの無駄のない動きは、彼らが優れた武人だからか、と妙に納得してしまう。


 まさか一国の王が差し入れでねぎらってくれるとは思わなかったユディは、自分が国王と同席したりしてよいものなのか心中穏やかではなかった。


 だが、この珍妙な状況を気にしているのは自分だけのようで、国王や師団長などは酒瓶まで出してきて、かなり気楽に振る舞っている。 

 もしかしたら、こういう場所のほうが、王としての身分や重責を束の間忘れることができるのかもしれない。


 ハルはのど飴を久しぶりに使うことにしたようだ。 

 仮面を取ってさっぱりとした表情になると、猛然と食べ始めた。


「相変わらずいい食べっぷりねぇ……」

「そういえばもう随分長いことユディの料理を食べてない。一段落したらまたお弁当作ってよ」  

「え……ええ、いつでも作るわよ。お城の料理人と比べられたら恥ずかしいけど」


 国王が酒杯を傾けながら口を挟む。


「ユーディス嬢は料理が得意なのか、それはいい」 

「東方風の唐揚げ、と言うんだったっけ? 鶏肉を揚げた料理を作ってくれたんだけど、お城のご飯よりおいしかったよ」 

「なんと、それはぜひ俺も食べてみたいものだな」

「それは畏れおおすぎます……」


 ハルに作ってあげた唐揚げは、ごく庶民的な味付けのもので、国王陛下に食べていただけるようなものでは断じてない。   

 だが、なぜか既に次の会合では唐揚げを揚げてこないといけない流れになっている。


 助けを求めてヴァルターを見るが、そっと首を振られただけだった。

 結局ユディは、「わかりました……」と最後には了承したのだった。

  

 それから、ハルからヴェリエ卿とのやり取りの顛末が伝えられると、国王は安堵の溜息をついた。


「ヴェリエ卿が味方してくれるのは大きいな」

「ああ、あの人は嘘くさい臭いがしない。公正な人物だと思うね」  

「後は、スパノー侯爵が罠にかかるか、だな」

「それはご心配無用です。ユーディスさんの演技はすごかったですから」


 ヴァルターが言い添えた。

 昼間、嘘の呼び出しでジェラルドを一人にさせたところを狙い、ひと芝居打って近づいたことを思い出す。

 

 ユルゲンが感心したようにユディを見やる。


「ユーディスどのは芸達者なのですな。ますます、我が魔導師団に欲しくなりました。陛下、彼女が心変わりしたら魔導師団への入団をお許しくださいますな?」

「うむ……俺としてはなるべくユーディス嬢の希望に沿うてやりたいと思っているがな」 

  

 ヴァルターと同じく、師団長もユディを魔導師団に獲得するのを本気で画策しているようで、こちらとしては恐縮するしかない。

 ユルゲンは困ったような顔になる。 


「魔導師団も人材不足なのですよ。近頃、フリジアの方で妙な動きがあると細作から報告が入っていまして。調査に人を送りたいのですが、そうすると王都の守備が手薄になりますからな。魔物も相変わらず多いですし」


 ハルと国王が顔を見合わせた。


「妙な動きとは?」

「それが……なんでも、かの国で禁書や禁術を集めさせているらしいんです」

「禁書!?」


 ユディは思わず飲み物を落としそうになった。

 ハルも動きを止めて聞き入っている。


「フリジアか……気になるところだな。その禁書と禁術集めとやらの詳細はわかっているのか?」

「残念ながら、詳しくはまだです。細作には引き続き様子を伺わせましょう。フリジアは近年我が国との関係が悪化しておりますからな。気をつけるに越したことはないかと」

「ああ、そうだな」 

「ユーディスどのには魔導師団に入団して、人材不足を補っていただきたいのですがね」  


 ユルゲンがちらりとユディを見ると、ハルがすかさず横槍を入れた。  


「おい、ユディはぼく付きの外交官になるんだから、変な引き抜きをするなよ」


 国王が苦笑する。


「魔導師団に所属したとして、おまえと行動をともにできぬ訳ではないだろう?」

   

 何だか話が妙な方向に流れつつある。

 ユルゲンが茶化すように言った。


「王弟殿下はユーディスどのをご自分の側付きにしたいだけなのではないですかな? それならもっといい方法があるではないですか。いっそのこと、きさ…………」

「師団長!」

 

 大きな音を立ててハルがテーブルを叩いた。

 なぜか顔が赤くなっている。


「ユディ、こいつらの話聞かなくていいからね」

「う、うん……?」


 ユディがぽかんとしているのを認め、ユルゲンはやれやれと肩をすくめた。


「話が脱線してしまいましたな。失礼しました」

「脱線しすぎだ! まずは目の前のスパノーだろ」

 

 ハルが金の髪をぐしゃぐしゃと掻き回すのを、ユディ以外の面々が苦笑しながら見やる。

 ユルゲンが咳払いを一つして話を戻した。


「ところで気になったのですが、不正の現場に潜入したとして、試験問題を口頭で伝えていたらどうするのです?」

「それはぼくも考えた。証拠が残る形で試験問題が受験者に伝えられているとは考えにくいからね」


 ユディもそれは気になっていた。

 「祈りの間」にいざ乗り込んでいって、司祭や受験生を捕まえたところで、証拠が出なければ、「合格祈願をしていただけだ」と言われてそれまでである。

 ハルの口元に不敵な笑いがひらめく。


「それで、いい方法を考えついたんだ。ジェラルドの奴を見てたら思い出した」

「何だ?」


 ハルは一同を見渡し、意外な物の名前を口にした。

 そして、その理由も。


「それがうまくいけば、不正の証拠はばっちり押さえられるわね……。少しかわいそうな気もするけど」 

「同情する余地はありません。悪事を働いてるのは向こうなんですから」


 ヴァルターが首を振ると、国王も頷いた。 

 ハルがにやりとする。

 作戦はこれで決まった。

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