第28話 乗っ取りの魔法

「従妹は炎の攻撃魔法を使ったって?」

「ええ。すごく大きい魔法陣から、こう、炎の塊が飛び出してくるの。あれに当たったらと思うと……」


 たとえ守護の腕輪を着けていたとしても、無事では済まないだろう。

 ぶるっと身体を震わせるユディだったが、ハルは落ち着いて言った。


「ぼくがヴァルターだったとしても、その挑戦を受けていたと思う」

「なんで!?」

     

 ハルまでそんなことを言うのかと非難の響きが声にこもる。


 だが、ハルはにやりとした。 


「きみが本気を出したら、彼女に負けるわけないからさ」

「ええ!? どういうこと?」

「試しにやってみようか?」


 足元にいるローグから距離を取ると、ハルはユディに対峙した。


「ちょっと見ててね」


 手を前にかざすと同時に、大きな魔法陣が虚空に現れる。


「これ、そこから読める?」

「ええ」


 目を凝らさずとも、大きな魔法陣の中の魔法文字がはっきりと読み取れる。


「じゃあ、例のきみの羽根ペンを出して、そこから『書き換え』してみて」

「ええー? 無理よ、遠すぎるもの」


 今まで「書き換え」を行ったときは、魔道具などの小さな魔法陣を目の前に表示させて、ペンを直接当てて書き換えていたのだ。


 あんなに遠くの、宙に浮いている魔法陣になんて届きっこない。


「魔法文字っていうのは意思が伝達しやすい。実際にペンが当たってなくても、『書き換える』っていう気持ちがあれば、そこからでもできるはずだよ」

「そうなの……?」


 ハルに言われるまま、ペンを魔法陣に向ける。


 まず「読み取り専用」になっている魔法陣の「鍵」を探さなくてはいけない。

 素早く目を走らせると、すぐにそれは見つかった。


「この魔法陣を勝手に変更することはできない」という、魔法具によくある文言のかわりに「この魔法陣を発動させられる術者を自分に限る」とあるのが読み取れた。


 その文言の方向に、羽根ペンをかざす。

 やり方などわからないのでめちゃくちゃだ。


 とにかく頭の中で「鍵」を外すイメージを作りながら、直に引っ掻くジェスチャーをしてみる。


「あっ……?」


 空中に構えたペンに、何かの感触がある。

 本当に鍵を解除しているかのような、小さな抵抗が指に伝わってくる。


「いい感じだよ!」


 魔法陣を片手で維持したまま、ハルがもう片方の手の親指を立てる。

 見ると、魔法陣の中の先ほどの文言はきれいさっぱりなくなっていた。


「このまま、この魔法陣をユディのものにするにはどうしたらいいのか考えてごらん」

「わたしの、ものにする………?」

「そう。魔法陣の『書き換え』改め『乗っ取り』だよ。これができれば、炎だろうが氷だろうが、魔法でユディを傷つけることはできない。それどころか、向かってきた魔法はすべてきみのものだ。散らすのも、相手に向けて跳ね返すのも」

「…………!」


 魔法陣を乗っ取る!


 考えもしなかったことを言われ、ユディの心臓が大きく跳ねた。


「書き換えて新しい魔法陣にしても、わたしの魔力じゃあ発動させられないわよ」

「ユディの魔力を使うわけじゃない。もともと相手の魔力で発動しかかってる魔法陣を書き換えるんだから、相手の魔力ごと、魔法陣も乗っ取るんだ。言うなればおいしいとこ取りするってこと」


 ユディは唾をごくりと飲んだ。


「やってみるわ」


 魔法陣の文言は先ほど把握してある。


 エミリヤを意識したからか、ハルは炎の攻撃魔法を発動させるための魔法陣を出現させていた。   

 

「『業火を用いて目の前の敵を倒せ』か……」 


 目の前の敵を「倒さない」、なんて単純な変更をしたら、魔法陣に込められた魔力が暴走するかもしれない。

 もっとうまい言い方を思いつかないといけないのだ。  


「小さく儚い、優しい灯火よ……目の前の……友人を……優しく暖めよ」  

   

 魔法陣の効力を活かしつつ、攻撃力を削ぐような言葉を、魔法文字に当てはめて書き換えていく。  

 

「できたわ!」

「よし」


 ハルは、ユディの書き換えた魔法陣をざっと確認してから、魔法陣に魔力を流した。


 真っ赤に燃え盛る業火のかわりに、手の拳くらいのサイズのオレンジ色の光が、大きな魔法陣からひょろりと飛び出した。


 こちらに向かってふらふらと、人魂のように向かってくる。


「これはこれでホラーね……」


 ユディの近くをウロウロと人魂がまとわりつく。

 顔の近くに来ると、ほのかに温かかった。


 攻撃魔法は、効果は強力な分、発動時間は短い。

 やがて炎は消失した。


「お見事」


 ハルが笑顔で近づいてくる。


「今の一連の動きを、魔法陣を出された一瞬で完了させる必要がある。敵はぼくみたいに待っちゃくれないからね」 

「一瞬で……」


 エミリヤの魔法を思い出してみる。


 魔法陣が出現してから、間髪入れずにそこから火焔が飛び出して来た。

 もしかして、書き換える時間はほんの少ししかないのではないだろうか。


 ユディの不安そうな顔に、ハルは笑いかけた。  


「あとは練習あるのみだよ。幸いまだ一月あるわけだから。目の前に現れた魔法陣が何なのかを、すかさず判断できるようになるのが先決かな。魔導書にある魔法陣は全部暗記。あとは実地訓練だね」

「えええ……!」

「魔法文字の組み合わせは無限にあるからね。目を鍛えないと。魔導師なら皆やってることだから、できるって」

「わたしは魔導師じゃないわよ!」

「でも鍛えたほうがいいのには変わりないでしょ? 模擬戦で従妹にやられてもいいの?」

「それはそうだけど……」

「ぼくでよければ手伝うから。まあ、ヴァルターがやる気出してるみたいだけど。教え子のユディが馬鹿にされて相当頭にきてるみたいだし」


 意外な言葉に、思わず目を瞬いた。


「ヴァルターさんが? そんな感じしなかったけど。それに、なぜ模擬戦を許可したのかを聞いても教えてくれなかったし……」

「敵の前で、きみが勝てる理由をペラペラと話すわけにいかないでしょ? あいつは勝ち目がなければ、模擬戦を許可したりしないと思う。ああ見えても、魔導師団副長だからね」


 ハルによると、普段の真面目な姿から一転、ヴァルターは魔物討伐では好戦的なほうだという。


 後方に静かに控えている印象があるが、一旦敵を前にすると誰よりも躊躇がないのがヴァルターなのだと。


 ユディの書き換えの魔法の本質をいち早く理解して、きちんとした修練を積みさえすれば生意気な研修生などに決して負けるわけないと踏んで、模擬戦の許可をしたのだろう。


 ドラグニアの魔導師団副長は戦上手。

 負ける戦を引き受けるわけがないのだ。

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