第26話 魔導師団訓練場にて

 広い訓練場には、奥に的が用意してあった。


 ヴァルターが前に立つと、すぐに実力試験が始まる。

 合図に合わせて、的に目がけて攻撃魔法を繰り出す者、回復魔法をかける者など様々だった。


 ユディはヴァルターの横の特等席で見学させてもらうことにした。

 エミリヤの番がすぐにやって来る。


「——炎よ、舞え!」


 エミリヤの掛け声に合わせて、複雑な紋様の魔法陣が虚空に出現する。 

 燃え盛る火焔が勢いよく魔法陣から放たれると、そのまま的を貫いた。


 歓声が研修生たちの間から上がる。


(すごいわ……エミリヤ。あんな高等な魔法を使いこなすなんて)


 エミリヤは余裕の表情を浮かべて、ヴァルターとユディに近づいてきた。


「ヴァルター副長。お姉さまは実力試験を受けないでいいんですか?」


 エミリヤの可愛らしい微笑みの下に、勝ち気な表情が見え隠れしていた。 


 ヴァルターはすまして躱す。


「ユーディスさんは研修生ではありませんから」

「でも、副長から特別に魔法を習っているんでしょう? 同じ王立学院の生徒なのに、一人だけ特別扱いされるなんて不公平ですわ!」


 エミリヤの言葉につられて、研修生たちの視線がユディに突き刺さる。

 今さらながら、制服姿のユディは何者で、ここで何をしているんだと、その存在を訝しみ始めたのだろう。


 ヴァルターは駄々っ子を見るような目でエミリヤを見やった。 


「不公平なのは当たり前です。ユーディスさんの力は、ここにいるごく普通の皆さんとは違うんですから。特別なものを特別扱いして何の問題が?」

「!!」


 エミリヤの顔にさっと朱が指す。


 およそ生まれてからこのかた、特別扱いしかされてきていないエミリヤだ。

 ユディと比べて平凡扱いされるなど、耐えられないことだった。


 それに、先ほどの炎の魔法は研修生の中では一番の出来だった。

 魔力のほとんどないユディと、優秀なエミリヤ。

 その構図は揺がないはずだった。


「では副長、お姉さまと私とで、魔法の勝負をすることを許可くださいませんか? 私が勝ったら、お姉さまは王城を出る。きちんと家に戻って、縁談をする。万が一、私が負けたら、今後一切お姉さまに口出しするのをやめますわ」

「エミリヤ、魔法の勝負なんて馬鹿なこと言わないで。あなたとわたしじゃあ勝負になるわけないじゃない」 


 ユディの静止を振りきり、エミリヤはにっこりと微笑んだ。


 だが、言葉はあくまでも挑戦的だ。


「お姉さまに本当に特別な力があるなら、なんてことはないでしょう? 勝負の日は、そうですわね……この研修期間が終わる、一月後ではいかがですか?」

  

 突然の勝負話に、研修生たちは呆気にとられて事のなりゆきを見守っている。


 ヴァルターは顎に手を当てると、しばし考える素振りをみせた。

 やがて、頷いた。


「いいでしょう。もともと、研修の最後に何らかの実力考査を予定していましたから。一月後、研修の最終日に模擬戦を執り行いましょう。ユーディスさんにはそれに参加してもらいます」

「ヴァルターさん!」 


 ユディは青くなった。   

 

「うふふ! うふふふ! そうですか、ありがとうございます、副長! 模擬戦、楽しみにしていますわ」  


 エミリヤは満面の笑みを浮かべた。

 青い瞳には、すでにユディが炎に焼かれる未来が視えているのだろう。

 

「ヴァルターさん、なんでですか!?」

 

 ユディはヴァルターに詰め寄ったが、黒衣の魔導師は涼しい顔だ。


「あなたには必要なことかと判断したまでです」

「そんな……」

「うふふ、前言撤回はなしでお願いいたしますね。もっとも、副長のお言葉はすでにここにいる研修生全員が聞いていますけれど!」


 すでにエミリヤは、周囲の研修生たちとを証人として、鬼の首を取ったように意気揚々としている。

 最初から勝ったも同然と思っているのだから当たり前だ。


 初日の研修はそこでお開きとなった。

 研修生たちはパウロが用意した軽食とともに、これから歓迎会を楽しむらしい。


 ユディは詰所をそっと抜け出し、暗い気持ちで王城へ向かった。


 一の門をくぐり、王城に入る。

 夕方からは、たいてい書庫にこもって勉強するのだが、今日はそんな気になれなかった。 

 王城の巨大な中庭にある、噴水の縁石に腰をおろした。


 ヴァルターがなぜ模擬戦を許可したのか、ユディにはわからなかった。

 このままでは、エミリヤに大怪我を負わされるか、運が悪ければ殺されてしまうかもしれない。


 ハルに会いたかった。

 魔物討伐から無事に帰ってきてほしかった。

   

 それに、ほんの少しでいい。

 自分に、会いに来てほしい……。


 その時だった。

 頭上から羽ばたきの音が聞こえてくる。 

 見上げると、黒い物体がこちらに向かって飛んでくる。


「な、何あれ……竜!?」


 それは一頭の黒竜だった。


 近くまでくると、その背に誰か乗っているのが見て取れた。


「ハル!?」


 竜の背に乗っているのは仮面を着けた王弟、ハルだった。

 魔物討伐から帰ってきたところなのか、腰には剣を帯び、銀の胸当てと外套を身に纏っている。


「ユディー! ぼくの友達を紹介するよ。黒竜のローグっていうんだ」

「嘘みたい! すごいわ、ハル……!」


 中庭の噴水に竜を降り立たせたハルは、ユディを抱き上げた。


 力強い腕にぐんと引き寄せられ、気がついたときにはすでに竜の背に乗っていた。


「きゃあ!」

「ちゃんとつかまってないと、落ちても知らないよ」


 ぞっとしたユディだったが、ハルが後ろにぴたりと付いて固定してくれる。


 あっと思う間もなく、黒竜は二人を乗せて再び飛び立った。

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