第25話 従妹って

 久しぶりに見るエミリヤは学院から来たであろう研修生たちに囲まれて、にこにこと極上の笑顔を浮かべている。


 ユディの側に駆け寄るとその手を取り、祈るようなポーズでぎゅっと握ってきた。


「急に学院から姿を消すなんて、どうしたのかと夜も眠れないほど心配していたんですのよ! お父さまもお母さまも、お姉さまを心配するあまり食事も喉を通らず、すっかり痩せてしまわれて……。家族にそこまで心配をかけるなんて、人としてやってはいけないことですわ」


 海を思わせる青い瞳には涙が浮かんでいた。


 喉が詰まったように、ユディは声が出ない。

 優しい声で紡がれる悪意に満ちた言葉が、ユディを絡めとろうと伸びてくるのをひしひしと感じた。 


「さあ、お姉さま、ハイネ村にすぐお戻りください! 婚約者のマクミラン伯爵も首を長くして花嫁の到着をお待ちだそうですわ。……あら、どうしました? お父さまもお母さまも、お姉さまのことをお怒りになったりしませんわ! 万が一お怒りだとしても、私も一緒に謝ってさしあげますから」

  

 綿菓子さながらのふわふわの髪に縁取られた、人形のように可愛らしい顔。  

 だが、涙を浮かべる美しい双眸の奥は、暗くぽっかりと穴が空いているようにユディには見えた。


 いつからこうだったのだろう。

 ユディはエミリヤから目を逸らした。


「わたしは……戻らない」


 かろうじてそれだけの言葉を喉の奥から絞り出す。

 ちらりと視線を戻すと、髪に隠されてはいるが、エミリヤのこめかみに青筋が透けて見えた。


「まあ、困ったこと! 王城で一体何をされているのですか? まさか、本当に文官を目指していらっしゃるということはないですわよね? お姉さまでは無理な挑戦だとわかっていることではないですか」

「無理でも……やってみたいの」

「本当に困ったお姉さま。無理やり連れて帰るのは本意ではありませんが、これも家族の総意とお思いください」


 エミリヤが握った手に力を込める。

 か弱く華奢なはずの従妹の手——。  


 だが、その手からは強い魔力の波動が感じられた。


(攻撃される!)

  

 ユディは慌てて手を離そうとするが、エミリヤはそれをがっちり掴んで離さない。


 ほかの研修生たちは事情がわかっておらず、どうしたんだろうという顔だ。

 パウロが一人、おたおたしているのが視界の隅に入った。 


「何をしているんですか?」


 ヴァルターが詰所に現れたのはその時だった。


 二人の間の緊張状態を見て取ると、すぐに近寄ってきてエミリヤの手を取る。

 今にもユディを攻撃しようとしていた魔法は、いつの間にか魔力ごと霧散していた。


「研修生のエミリヤ・ハイネですね。詰所内での喧嘩はご法度です。勝手な真似は許しませんよ」


 エミリヤは頬に手を当ててにっこりと微笑んだ。


「もちろん、わかっておりますわ。今のはただのお遊びですもの。魔法の心得のないお姉さまに、よもや攻撃したりしませんわ」  


 エミリヤはあくまで優雅に、ゆっくりと身を離した。


「ヴァルターさん……」

「ユーディスさん、こちらへ」


 ヴァルターは、ユディをパウロの側に導いた。


 副長に目で合図されて、パウロは何かを察したようだ。

 いつもの柔和な顔に若干の緊張が走る。


 魔導師団の漆黒のローブに身を包んだヴァルターは、ハルの教育係という顔を捨て去り、魔導師団の副長のそれになっていた。 


 静かな厳しさを色素の薄い瞳に映しながら、ヴァルターは研修生の前に立った。


「王立学院の皆さん、宮廷魔導師団へようこそ。副長のヴァルターです。今日はあいにく団長が不在ですので、私が対応します。初日は、とりあえずあなたたち研修生の実力を見せてもらおうと思っています。詰所の外に魔法の訓練場がありますので、そこで一人ずつ、自分の一番得意とする魔法を披露してください」


 いきなりの実力試験のお達しに、生徒たちの間から質問が飛ぶ。


「誰が一番優秀か決めるということですか?」

「いえ、これはあくまで適性を見るだけです。披露するのは攻撃魔法でも、回復魔法でも、補助魔法でも構いません」


 パウロが先導し研修生たちが外に出ていくと、ヴァルターはユディに向かって言った。


「ユーディスさん、すみません。急に予定が変わってしまって、私が研修生の相手をしなくてはいけなくなったんです。今日の修行は、また別の日に振り替えましょう」

「気にしないでください! わたしこそ、いつもお時間いただいてしまってるんです。あの、魔物が出たって……」

「ええ、こんな時に運悪く。王弟殿下も討伐に行かれました」

「そうだったんですか……」


 魔物討伐とよく聞くが、そんなに頻繁に出没するものだとは知らなかった。


 ハルの身を案じて、ユディの青紫の瞳が揺れるのに気づき、ヴァルターが苦笑する。


「ユディさん、殿下は大丈夫です。むしろ魔物に同情すべきでしょうね。あの方が本気になれば、雑魚の魔物など根こそぎ狩られて骨も残りませんよ」


 それはそれで怖い。


 いまだにハルの実力がよくわからないでいるユディだが、魔導師団員たちは、ハルに対して絶対の信頼と敬意を抱いているように思える。

 文官たちと違い、実際にハルと一緒に戦場に出ているからだろうか。


「ユーディスさんも研修生の様子を見学していかれますか? あなたの従妹の実力を見ていくのもいい刺激になるかもしれません」

「……はい」


 正直、気が進まなかったが、ユディはヴァルターと外へ出た。

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