第24話 意外な場所に意外な人々
「それほど優秀そうなやつらとも思えないんだが、試験結果だけは不思議といいから、無下にも扱えない。平民出身の文官の方がよっぽど優秀な場合でも、先に出世するのは貴族の坊っちゃんたちだ」
「そうなんですね……」
「今年も例に漏れん。これを見てみろ」
ヴェリエが指し示したのは研修生の名簿だった。
今現在、登城している生徒たちの名前が記されている。
「随分多いですね」
「実際に城に来ている生徒は、名簿にある名前の半分程度だろう。来ていないやつらは貴族の息子たち。こいつらが試験をやすやすと突破するのが、なんだか不思議なものだが……世の中、うまくいかないな」
ユディは名簿に目を落とした。
会ったことのない研修生の名前が並んでおり、名前から貴族の子息たちだとわかる。
研修生たちに平民出身者が多いと思ったのは、もともと彼らが来ていなかったからなのだ。
名簿は過去から順番に作成されているようで、前の頁には昔の研修生の名前も載っている。
「あ……これ、マイルズさんだわ」
王立図書館に出向しているマイルズの名前があった。
過去には、彼も王城で研修生としてこき使われていたのだろうか。
「マイルズ……ああ、こいつか。こいつはスパノー派の筆頭だ」
「ええ?」
「こいつが受かったのは本当に不思議だったからよく覚えている。研修も不真面目な態度だったのに、試験の結果だけはすこぶるよかった」
「マイルズさんは、受験した年は採用枠が多い割に応募者が少なかったって……」
「いや、逆だ。この年は受験者が多くて、優秀な受験者がどんどんふるいおとされたのに、なぜかこいつは受かった」
ユディは目を見張った。
(マイルズさんが縁故採用? スパノー派の筆頭……)
「ふん、噂をすればだ。ここから見てみろ、あれがスパノー侯爵だ」
ふと見ると、部屋の外を通る一団があった。
ヴェリエが手招きして、扉の側にユディを立たせる。
そこから、目立たないようにそっと伺った。
きらびやかな服に身を包んだ、眼光の鋭い壮年の男性の周りを、取り巻きの文官や、護衛の騎士ががっちりとかためて、堂々と廊下を渡っていく。
(あれがスパノー侯……。え、あれは……!)
ユディは自分の目を疑った。
スパノー侯爵の護衛をしている騎士たちに見覚えがあった。
(あれは、シュテファンにジェラルド!? 侯爵のお付きの騎士なの?)
騎士服に身を包み、スパノー侯の横を守っていたのは、ユディの元婚約者シュテファンに、その兄ジェラルドだった。
驚きを顔に出さないように、ヴェリエに小声でそれとなく訪ねてみる。
「ヴェリエ卿、あの騎士たちは?」
「あいつらは確か、ロドリー兄弟とか言ったな。スパノー侯は派閥を騎士団内にも伸ばしている。懇意の家の息子たちにはあれこれと融通を効かせる見返りに、色々と怪しげなことをさせていると聞いたことがある」
「怪しげなことって何ですか?」
「さあな。まあ、ろくなことではないだろうな……」
王宮内に派閥を巡らせているスパノー侯爵に、スパノー派筆頭のマイルズ、それに護衛のロドリー兄弟。
意外な人物たちの組み合わせに、ユディの頭が混乱する。
(そういえば……。レイ先輩はあのとき、何て言っていた……?)
確か、ジェラルドがよく図書館に顔を出していると言っていたのだ。
本が苦手なはずなのにおかしいと思った。
そして、シュテファンも、ジェラルドが行方不明の間、なぜだか図書館にいたと言っていた。
何かがユディの心に引っかかる。
だが、それが何なのか、ユディにはわからなかった。
※※※
午前中の文官の研修が終わったら、午後はヴァルターとの魔術の修行だ。
ルールシュ城は結界で守られており、王城内では基本的には魔術を使うことができない。
そのため、魔導師団の詰所は王城を取り囲む一の門の外にある。
ユディが詰所に出向くと、なぜか軽食や飲み物がテーブルに用意されていた。
「こんにちは、今日は何かあるんですか?」
準備をしている団員に声をかけると「あ、ユディさん!」と駆け寄ってきてくれた。
パウロという名前の若い魔導師見習いだった。
ヴァルターがユディをどう紹介したのか知らないが、なぜか魔導師団の人たちは皆ユディに敬語を使う。
「今日から研修生たちが来るんで、歓迎会をするんです」
「研修生?」
「はい。今年から新たに魔導師団と騎士団でも、一月だけ研修制度を導入することにしたんですよ。俺、見習いで一番下っ端だから、さらに下が入ってくるのが嬉しくって! でもこんな時に限って魔物が出ちまって……。団長は主だった団員と、討伐に行ってます」
「そうなんですか、大変ですね……」
「見習い」という身分は、魔導師団の入団試験を受けて合格した者が、最初に就くものだ。
これから来る研修生たちは、入団試験を受けてもいないひよっこなので、見習いのさらに下。
ようやくパウロも先輩面できるということだ。
思えば、シュテファンはまだ王立学院に在席しているのに、もう騎士見習いなのだ。
あんな人でも、実力はあるのだろう。
「そういや、ユディさんって苗字はハイネでしたよね? ご兄弟とかご親戚にエミリヤさんっています?」
嫌な予感に胸がざわりとした。
エミリヤは魔導師団への入団を希望していたことを思い出す。
————まさか、エミリヤが研修生として王城に?
「従妹ですけど。どうしてですか?」
「やっぱり、ユディさんのご親戚だったんですね! 女生徒で、すごく可愛いのにめっぽう強い女の子がいるっていうんで、団員たちが浮足立っちゃって! 卒業までまだまだらしいんですけど、優秀だからぜひって今回の研修に加わることになったみたいで」
悪い予感はやはり当たる。
今日の修行はお休みにしてもらうべきか。
ユディはヴァルターを探そうと身を翻した。
その時だった。
「お姉さま!」
鈴のように可愛らしく、明るい声がユディの耳に響く。
振り返ると、そこには綿菓子のように甘い、美しい従妹——エミリヤがいた。
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