第21話 国王との謁見

 すっかりお姫様然としたユディを前に、ハルはすかさず褒め言葉を口にした。


「そのドレス、よく似合ってる」

「あ……ありがとう。これ、着せてもらって……」

「可愛いけど、背中開きすぎじゃない? 寒くないの?」

「え……寒くはないけど」

「いや、開きすぎだと思う。何か上に着なよ」


 女官たちは王弟の好みを素早く察知し、薄いショールをすかさず用意してくれた。

 さすがはプロ集団である。


 ハルは白いシャツとズボンという、ごくいつも通りの姿である。


「ハルは着替えないの?」

「ぼく? まさか」

「ええ……わたしだけ? なんかずるいわ」

「あのひらひらした襟みたいなの、嫌いなんだよ。さ、行こう」


 そう言うと、ごく自然にリードしてくれる。

 王子様のような格好はしていないけれど、ハルの態度はいつにも増して紳士に思えた。

 

 謁見の間に着くと、ユディは緊張しきりだった。

 マナー講習で覚えたことも、何もかも頭からすっぽ抜け落ちている。

 

 だが、国王は人好きのする笑顔を浮かべ、諸手を挙げて出迎えてくれた。

 

「ユーディス・ハイネ嬢、よく城に来てくれた。我が弟ハルトムートの客人として、心より歓迎する」

 

 フェルディナンドは、若さと、為政者らしい貫禄の両方を持ち合わせた人物だった。

 熊のような大きな体躯に若干圧倒されつつも、ユディは片膝を曲げて淑女のお辞儀をした。


「国王陛下にはご厚意を賜わり心よりお礼申し上げます」

「なんの。ユーディス嬢はハルトムートの恩人だからな。それにこの俺の恩人でもある」

「え?」

「貴女の作ったという飴玉のおかげで、弟と初めて仮面を着けずに飯が食えたからな。本当に素晴らしい術をお持ちだ。ぜひ、城にいる間は、魔導師団の者たちに件の魔法のご教示をお願いしたい」

「そんな、畏れ多いです……! 魔法の基礎も知らないのに、わたしなどに何ができるか……。けれど、お役に立つならなんでもいたします」


 ユディとしてはしきりにかしこまるしかない。

 フェルディナンドは鷹揚に頷いた。


「礼を言う。貴女と魔導師団との調整は、副長のヴァルターに任せる」


 ユディはそこで初めて、ヴァルターが魔導師団の副長だということを知ったのだった。  

 「ぼくの教育係っていうのは本当だからね」と、ハルが言い訳がましく付け加えている。


「ところでハルトムートから聞いたが、ユーディス嬢は城の文官の仕事に興味を持たれているそうだな」

「はい」

「こちらとしてはユーディス嬢にはぜひ魔導師団に、と思っていたがな。文官を目指す理由を聞いてもよいか?」

「それは……」


 ユディは言葉を切った。

 うまく言えるかどうかわからないけれど、昨日考えたことを自分なりに伝えないといけない。

 ちらりと隣を見ると、ハルが頷いた。

 国王との会話に割り込むつもりはないようだ。


「ハルから……、いえ、王弟殿下が、いずれ見分を広げるために外国に行かれることがあるとお聞きしました。分不相応な望みかもしれませんが、できることなら、わたしも外遊に同行して、殿下をお助けしたいと思っています」

「貴女は外国語に精通していると聞いている。どれ、ちょっと試してみようか。『ドラグニアとフリジア間の魔物討伐をめぐる現在の情勢と、両国間の関係について、貴殿はどうお考えか?』」


 途中からフリジア語で話しかけられて、ユディは固まった。


 フリジア語がわからなかったわけではもちろんない。

 だが、問いかけられた内容に対して、一言も自分の意見が述べられないことに気が付いたからだ。

 

(ドラグニアとフリジア間の魔物討伐……と、両国の国際関係……。だめだわ、全然、知らない。いつか本で読んだことがある気がするけれど、咄嗟に出てこない……)


 語学ができるからといって、外交官として対等に各国の使者と渡り合うための話術も、知識も、経験も、ユディは何一つ持っていないのだ。


『不勉強で申し訳ございません、国王陛下。次には答えられるよう精進してまいります』


 フリジア語でそう答えるのが精いっぱいだった。

 

「おい、あんまりユディをいじめるなよ。まだこれから勉強するところなんだから、答えられなくて当然だろ」


 ハルが援護すると、国王は苦笑した。


「わかっている。俺はただ、ユーディス嬢に己に足りないものを自覚させたかったのだ。外交官を目指すのであれば、自国のみならず他国の内政にも通じている必要がある。語学の知識だけではとてもやっていけん仕事だ。外国語は意思伝達の手段にすぎん。むしろ、それ以外の知識や経験を買われることの方が多いのだ。相手国の文化や言語に精通しているというのは大きいが、通訳ができる者はどこにでもいるからな。今後は語学だけに留まらず、様々なことに目を向けてしっかり勉学に励むように。王立学院からは毎年、学生たちが研修生の名目で文官の仕事を見学に来ている。貴女も一緒に学ばせてもらいなさい」


 ユディは頭を垂れた。

 もし今のが採用試験の口頭問題だったら、間違いなく不合格になっていた。

 わざと難しい問題を出して、ユディにこれからの課題を気づかせようとしててくれたのだ。


(この王は、優しくて、大きい……)


 本当に偉く立派な人物は、身分によることなく、誰に対しても敬意を持って親切に接するとどこかで聞いたことがある。

 自分のような取るに足らない者に対しても、この王は丁寧に接してくれた。


 この国で一番偉い人物なのに、どことなく距離が近く、穏やかな親戚の叔父様とでも話しているような気分にさせられる。

 不思議な王様だとユディは思った。

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