24.倉庫
「水、流してみるか?」
昼にはまだちょっと早かったので、公民館でお茶しながら聞いてみる。水路の話だ。
「田んぼにお水を入れるのは耕してからがいいと思う。」
「じゃあ、水路まで。」
「種籾見つかってからで良くない?」
「それもそうか。」
できるとわかるとやってみたくなるのは、職人にありがちな悪い癖だ。
農協を探そう。
公民館にあった電話帳で「JA本店」を見つけたので、地図で場所を確認する。昼を済ませてから、洗ったばかりの奈美号で出掛けた。行ってみると、そういえば偶に通りかかって看板だけは見るともなく見ていた。
裏口の鍵をドリルで開けて中に入る。並んだ机と窓口があって古い郵便局みたいな感じだ。もっと野菜やなんかが置いてあるのかと思っていたのでちょっと拍子抜けする。
「ありそうにないね。」
「うん。」
「外に倉庫みたいなのがあったよな。」
「行ってみよ?」
入ってきた裏口のそばの壁に掛けてあった鍵箱を外して、外に出る。片面がほぼ全部シャッターになっているスレート作りの建物の扉の鍵穴に、それっぽい名前の札の鍵を順に鍵穴にあわせてみる。
「倉庫」と書いた鍵がアタリだった。そのまんまじゃん。
薄暗い中は、うずたかく積んであるパレットが目立つが、あとは隅のほうに農機具などが置いてあるだけで、ほぼなにもないに等しかった。
「ここもなさそうね。」
さて、どうしよう。
「他の場所に倉庫かなんかがあるのかな?」
「そうかもな。事務所を捜索してみるか。」
二人でヘッドライトを点けて書棚や引き出しの書類を漁る。
「ねぇ、これ。」
奈美が見つけたのは、壁の掲示板に貼ってあった広報だった。『本年度の新米の出荷搬入について』と題されたそれには、地区名と収穫した搬入先が十数ヶ所、一覧になっている。米があるとすれば間違いなくここだ。
「おぉ、お見事。でも住所が書いてないなぁ。」
引き続き、棚や引き出しを捜索するが見つからない。わざわざ書き物にする必要がないほどに関係者には明らかだったのだろう。
「あ、工事。」
思いついて思わず声に出る。
「なに?」
「倉庫だって修理とかの工事をするだろう? それの契約書とかに住所が書いてあったりしないかな、と思って。」
「そういうものなの?」
「うん、ありそうな気がする。」
改めて棚を眺めると、それっぽい一角があって、背中に「物品工事契約書 ○○年度」と書かれたファイルが並んでいた。パラパラと中を見てみると、器具や什器などの購入契約が多かったが、中に支所の壁の修理の契約書を見つけた。期待を込めてちょっと慎重に紙をめくると、やがて倉庫の照明の工事の契約書が見つかり、工事場所として住所が載っていた。
「あった。」
インデックスが月だけだったので、何冊かのファイルの紙をひたすら二人でめくって、ようやく3つの倉庫の住所が判明した。
「ふぅ、ここまでか。」
気がつくと、お茶の時間も過ぎている。
「とりあえず、これだけでも回ってみる?」
「そうだな。行ってみてから他も探すか考えよう。」
行ったはいいが、何もないかも知れない。
「疲れた。一回戻ろうか。」
「うん。」
ここにも地図くらいあるかもしれないが、このまま薄暗い中で何かをさがすのは遠慮したかった。
外に出ると日の光がまぶしい。煙草を吸いたかったが、奈美の手前、戻るまで我慢する。
公民館でお茶を飲みながら、倉庫の場所を地図で探した。2箇所は比較的近かったが、もう1箇所は山ひとつ超えたところだった。
「これ、遠いな。」
「時間遅くなる?」
「それだけじゃなくてな。」
山道が通れるかどうかわからない。
車で走り回ってた時に倒木でふさがれていたことがあった。そのときは引き返したが、今度は倉庫という目的があるので、迂回するか障害をなんとかしないといけない。
今日は近場の2箇所だけにして、明日、準備をちゃんとしてから向かうことにする。
予想通りというか、2箇所とも空振りだった。多分、一時的な集荷場所に過ぎないのだろう。ものの見事に何もなかった。ただ、1箇所は販売所が併設されていて、野菜の種やら道具やらが置いてあったので、これはこれで収穫だった。
新品の小型のトラクターも置いてあった。押して使うヤツだ。乗って耕すほうが便利なんだと思うが、メンテに手間が掛かりそうなので、このくらいのほうが使い勝手が良さそうに見える。素人考えかも知れないが。
がっかりしたまま、公民館で残りの魚で早めに晩飯を済ませて、無線室で寛ぐ。
「ねぇ、明日の準備って私も手伝う?」
ラノベから目を上げて、奈美が聞く。
「いや別に一人で大丈夫だけど。」
「じゃ、その間、昼間の農協に行っててもいい?」
「いいけど。」
「田んぼするのに役に立ちそうな本とかあったから持って帰りたい。」
「わかった。あ、」
「なに?」
「あそこに良さそうな軽のバンがあったんだよなー。」
「よく見てるね。」
「釣り専用車に良さそうだと思って見てた。」
「貰ってくる?」
「帰り一人で運転してこれるなら、俺、その軽で戻ってもいい?」
「大丈夫だと思う。行きにちゃんと道を見てたら。」
「じゃあ、バッテリーと燃料も持って行こう。」
無線室の帰り、暗い中を並んで公民館への坂を登りながら、奈美がつぶやくように尚樹に聞いた。
「ねぇ、今日は帰っちゃう?」
「んー……。」
ちらっと横目で奈美を見る。奈美は前を向いたままだ。
「いい布団だったしなぁ。」
「ふーん……。」
結局、尚樹は、その日から公民館で眠ることになった。
翌朝。
掃除を済ませて、朝飯の用意をする。
「お魚、もう最後だよ。」
「もう終わりか。また釣らないとな。」
いちど充実した食卓を味わうと、アルファ米だけの食卓は寂しすぎる。
昨夜充電しておいたバッテリーと携行用タンクに入れたガソリン、工具類、それと念の為に冷却液とオイル交換セットを奈美号に積み込んで、農協に向かう。
なるべく簡単な道を選んで曲がり角を奈美に説明しながら。
尚樹は農協の鍵箱を持って駐車場に、奈美はそのまま奥の書類棚に向かう。
「じゃ、またあとでね。」
「おう。迷ったら無線でな。」
「電波届くかな?」
「わからん、あんまり遅いようなら、無線室に行くよ。」
「わかった。」
(無線機も早く公民館に移さないとな。}
鍵箱の中の車の鍵にはナンバーが書いた札がついていた。狙ってた軽バンのナンバーをみて、鍵を開ける。
案の定、キーをまわすとランプ類は点くが、セルモーターは回らない。バッテリー切れだ。
このタイプは確か、荷台からバッテリー交換するはず。幸い荷物は乗ってなかったので、すぐに見つかった。ケーブルを外してスルッと交換する。
キーをまわす。ランプ類はちゃんと点いた。
(お、燃料あるじゃん。)
多少は劣化してるはずだが、交換するのも面倒なので、そのままエンジンをかける。
かかった。
(よしっ)
思わず、笑顔になる。
一旦エンジンを切って、ボンネットを開けてラジエータを確認。液がちょっと少なかったので足しておく。シートを上げてオイルを確認。ちょっと黒いけど量はOKみたい。そのうち交換してやろう。
ライトを確認。方向指示器は……、他に車が居るわけじゃなし、点かなくても問題ないだろうと思いつつ、一応見ておいた。問題なし。
エンジンをかけっぱななしにして道具を積み、鍵箱を事務所に持って行くと、書類棚の前でファイルを見ている奈美の姿が目に入る。
「エンジンかかったよ。」
尚樹の言葉に構わず、奈美は見ていたファイルの中身を指差して言う。
「ねぇ、こんなのあったんだけど。」
「なに?」
それは農協の広報誌の記事で、見出しに『最新鋭倉庫完成!』とあった。記事を読むと、ちょっと北のほうの市のそれは「県内の戦略的集荷販売拠点として集荷販売の拡大を目指す」ために作られたらしい。
「ほぅ。」
「ここならあるような気がしない? 種籾。」
「そうだな。住所わかるか?」
「いまこの記事見つけたばっかりなんだけど。」
「ごめん。」
「うん、でも、さがしてみる。」
「頼む。」
「エンジンかかったんでしょ? 良かったね。」
「おう、これで遠慮せずに魚釣って来れる。とりあえず、先に帰って準備しとくな。」
「お願い。お昼までに帰ればいい?」
「問題なけりゃ1時間もあれば着くからゆっくりでいいよ。」
「ありがと。」
「帰り、気をつけてな。」
「うん。」
帰りがてら思いついて、図書館で最新倉庫のあたりの地図を調達してから公民館に戻った。
遠方倉庫に行くのに要りそうなものを物色する。
(チェーンソーと鋸とロープと……あと何がいるかな? スコップと……ツルハシまでは要らない? いっそ念のためにユニック車で行くか? いや、今日はそこまでじゃないか。)
考え始めるとキリがない。倒木だけでなく、崖崩れでもおこしてたら、引き返すしかない。
それにしても、どの車で行くべきか。
燃費も乗り心地も良くないユニック車を除くと、煙草の匂いの染み付いたハイエースか、奈美号か、拾ってきたばかりの軽バンしか選択肢がない。一人なら迷わず信頼のおけるハイエースなのだが、奈美を乗せられないし、まだ様子のわからない軽バンでの遠出は避けたい、となると、
(やっぱり奈美号しかないか……。)
あの車に甘えてばかりいるのも申し訳ないのだが、ドライブと思えば快適なほうが奈美は喜ぶだろう。洗ったばかりでピカピカだし。
奈美が帰って来るまで時間があったので無線室に行くことにした。近いので軽バンで。但し禁煙。
アンテナは公民館の地デジ用のを使うとして、とりあえず無線機だけ物色して来る。ケーブルもどこかで調達してこないと。棚にローテータのモーターとコントローラがあったからそれも借りた。
その内、短波のアンテナと無線機も公民館で使えるようにしたい。世界の誰かが何かしゃべるかも知れないから。
無事に戻ってきた奈美と、昼飯を済ませてから、遠方の倉庫にドライブに行った。
倉庫は思ったより早く見つかったが、予想通り、ここも空振りだった。
「やっぱりな。」
途中の道は竹が一本横たわっていただけだった。ユニック車で行かなくて良かった。ツルハシまで持っていったのに道具がなんの役にも立たなかったのはちょっと残念だったが、それに越したことはない。もちろん、竹は道端に
行って帰って2時間半。まだ陽は高い。
戻ってから、奈美はまた農協に行った。最新倉庫のことばかり調べていて、他のことができなかったから。
その、最後の? 望みの最新倉庫の住所は、奈美が探した限りでは見つからず、けれど、それが県の農協の所轄であることだけはわかった。道理で市の農協に碌な情報がないはずだ。改めて県の農協を探すしかないだろう。
尚樹は無線機のケーブルを調達にホームセンターに行き、自宅に寄って、着替えやら枕やら煙草のストックやらを持ってきた。
その夜、無線室で奈美が言う。
「お米が駄目だったら、野菜を植えようと思って種をもらってきた。」
「そんなのあったっけ?」
「うん、表のほうの壁際に販売用のが置いてあった。」
「販売所にいっぱいあったやつももらってこような。耕運機も。あ、ホームセンターにもありそうだな。
今度探してみよう。」
「うん。」
「あ、今日、ホームセンター行ったから、ユニットバスをちょっとばらしてみた。」
「そんなのまで置いてあるんだ。」
「展示用のヤツだから、壁が一面、ないけどね。」
「誰かに見られながら入るのは嫌なんだけど。」
「コンパネか何かで防ぐよ。」
「コンパネ?」
「えーと、でっかいベニヤ板。」
「すぐ駄目になったりしない?」
「ペンキ塗れば大丈夫じゃないかな? スレートとかの板にしてもいいけどね。」
「で、お風呂、出来そう?」
「なんとかなるかもしれない。まだ良くわからないけど。」
「よろしくね。」
夕方に帰ってきてから、眉間にしわを寄せてばかりいた奈美が、ようやく笑った。
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