22.お祝い

 無線室から戻った尚樹は、奈美に和室へと引っ張り込まれ、一角に用意された料理に目を丸くした。テーブルの上には、魚の切り身の塩焼き、照り焼きと刺身っぽい何か、荒汁(味噌味)、茶碗によそったご飯(たぶんアルファ米)が並んでいる。最近の食事といえば、あのバーベキューを除けば、戻したアルファ米を袋のままかき込むだけだったから充分に豪華だ。

「おお、すごいな。」

「えへへ、それっぽいでしょ?」

 自慢げに奈美がいう。

 魚は、いうまでもなく昼間に尚樹が釣り上げたシーバスだ。奈美と公民館に戻ってすぐにとりあえず三枚におろした。身が柔らかくてずいぶんひどい有様になったが、なんとかそれっぽくなった。で、それを、尚樹が無線室でだらだらしている間に奈美が料理してくれたのだ。調味料は無線室に行く前に、頼まれて尚樹の自宅に残っていたものを持ってきた。お祝いだと言うので、酒も一緒に。

「さぁっ、食べよっ」

「お、おう。」

 まだ、ちょっとぼーっとしている尚樹を奈美がうながす。

「はい、ビール注いで?」

「お、おう。」

 グラスまで用意してある。

 ぷしゅ。とくとくとく。しゅわー。

「はい、それじゃ、尚樹くんの、初の大物ゲットに、かんぱーい。」

「おう、乾杯っ。」

 かちんっ。ぐびぐびっ。

「「ぷはーっ。ふーーーーっ」」

 いい飲みっぷりである。

「さてさてどうかなっ?」

 早速、奈美が塩焼きに箸をつける。

 もぐもぐ。

「お、おぉっ、魚だっ。」

 そりゃそうだろう。

「美味しいよ、うん、美味しい。」

「そか。どれどれ。」

 グラスを置いて、尚樹も箸をつける。

「おお、魚だな。」

 臭みもない。血抜きが良かったのかも知れない。

「旨いな。」

「私の料理が良かったんだね。」

「ん、そうだな。」

 ぐびっ。


 ぱくぱく食べながら、奈美がぼそっという。

「鍋でもよかったねぇ。」

「野菜がないんじゃ恰好がつかないだろう。」

 野菜も豆腐もきのこもない鍋の中に、魚の身だけがふわふわ浮かんだ何かになってしまう。

「そうだよねぇ。」

「畑も作らないとなぁ。」

「まずはお米だね。」

「ああ、とりあえず、用水路の探検に行かないとな。」

「うん、よろしく。」

 ぐびっ。ぱくぱく。


「ふぅ、お腹いっぱい。ごちそうさま。おいしかったぁ。」

「うん、旨かったな。」

「あ、そだ、おつまみ。」

 奈美が和室から出て行く。

 ん? 缶詰か?

「はい、これ。」

 皿に山盛りになった茶色いなにかを持って戻ってきた。

「なんだこれ?」

「戻したアルファ米をつぶしてっ、でっ! 焼いてみましたぁっ!」

 奈美がドヤ顔で言う。

「えーと、せんべい?」

「そう、そんな感じ。どうかな?」

 恐る恐る手をつけて、かじってみる。

「お? いいじゃん、これ。」

 せんべいというほど歯ごたえはないが、ぽりっとして、つまみには良い感じである。醤油味だ。

「そぉお? よかったー。私も食べよっと。」

 奈美も手を伸ばす。

「味見してなかったのか?」

「うん、まだ熱かったし。」

 ぼりっとかじる。

「あ、いい感じ。上手く焼けたねっ!」

 ポリポリ。

「電子レンジでね、よく乾かすのがコツなのよ。」

「ほぉ。」

「ちょっと電気が心配だったんだけど。」

「まぁ長い時間じゃなければ、大丈夫だろう。」

 計算してないけど。

「うん、だいじょうぶだったみたい。」

「よかった。うまいな。」

 ポリポリ。

 ぐびっ。

「ねぇ、お魚、どうやって釣ったの?」

「ルアーで。」

「るあー?」

「疑似餌。針がついた虫とか小魚みたいな形の、えーと、模型みたいな感じの? 」

「にせものってこと?」

「そうそう。それを糸につけて、投げる。」

「投げる?」

「こう、竿の先にルアーがあって、糸でぶら下がってるとするだろ? で、糸は手前のリールに巻いてあって、こう、ぶんっと振るとルアーがびゅーんと飛んでって、糸がスルスルと出て行くわけだ。」

 手まねをしながら説明する。

「あぁ、なんか、テレビとかで見たことある気がする。」

「おお、それだ。で、ぐるぐるリールを巻くと糸が巻かれて、ルアーが引っ張られて、魚には泳いでる小魚とかに見えるらしくて、がぶっと食いついてくれる、らしい。」

「ほぉ。」

「で、その、投げて巻いてを延々繰り返すうちに、やっと一匹かかってくれた、と。」

「へぇ……、そりゃ大変だ。おつかれちゃん。」

 奈美がグラスを差し出す。カチン。ぐび。

「で、それを朝からずっと?」

「そう。」

「私には無理だわ……。」

 ぐびっ。ポリポリ。

「最初は上手くルアーが飛んでかなかったりして時間食ったけど、にしても効率は良くないなぁ。」

「でも、美味しいよ?」

「だよなぁ。またやってみるよ。香坂さんのために。」

「よろしくねー、って、い、いま 『香坂さん』て言ったっ!?」

 さりげなく言ってみたつもりだが、食いつかれた。

「言った。」

「堅いっ!」

 なんだよ、普通だろう。ちょっと酔ってきたやがったか? 

「友達とか家族とかは、『なみちゃん』だったのよねー?」

 上目遣いでじーっと尚樹を見る。

「あー、じゃあそのうちな。」

「なおきくんは、なんて呼ばれてたの?」

 聞いてねぇな? ていうか、なんで苗字で呼ばない?

「そのまま。呼び捨て。」

「ふーん。」

 ぐび。

「なんかねー、気になってたんだけどねー、『な』が、かぶってるんだよねー。」

 ん?

「『な』おきくん、でしょ? 『な』みちゃんでしょ?」

 で?

「なんかさー、ふたりして、なーなー言ってるとわかんなくなるでしょ?」

 ならねぇよ。苗字でいいだろ? ぐび。

「でもさ、『きーちゃん』と『みーちゃん』でも、いーいー言ってるみたいじゃん?」

 なんだそれ。

「『(き)ぃぃぃーちゃん』『(み)ぃぃぃーちゃん』、ね?」

 あー、まー、そーだな。ぐび。ポリポリ。

「だからさー、どうしようかと思って。」

 ぐび。

 どうにでもしてくれ。

「なんかさー、いい呼びかた、ないかなぁ……」

「わかった、とりあえず、『奈美さん』で。」

 言わされちゃったよ。

「えー? なんかさ、それって、お金大好き航海士みたいじゃん。」

 そっちにきたか。

「嫌いじゃないんだけど、キャラじゃないのよねー……。お経みたいだし。」

 ん? あ、『南無三』か。ぐび。

「ま、いっか。『香坂さん』よりは。」

 ぐび。

「なおきくん、ビールなくなった。」

 奈美が注ごうとしていた缶を振る。

 あれ? 5本くらいあったよね? いつのまに……。

「もうないよ、ウチに取りに行かないと。」

「じゃぁ、次いこーっ!」

「はいはい。水割りでいいの?」

 尚樹はウイスキーの封を切る。

「うんうん、OKOK。あ、氷取ってくる。」

 バタバタと和室を飛び出していく。

 アイスペールもトングもないのでどうするかと思ってたら、どんぶりとスプーンで持ってきた。ま、充分だ。

 くるくるカラカラ。

「ほい、こんなもんか?」

「ありがと。かんぱーい!」

 カチ。何度目だよ。ぐび。

「あ、丁度いい。」

 あれ? 濃いめにしたつもりだったんだけど?

「あ、そだ、ビデオ見ようビデオ。」

「うん? 」

 まぁ、にぎやかしには良いかもしれない。

「なおきくんがね、見てないから、シーズン1から借りてきたんだぁ。」

 あー、本屋の貸しビデオ屋か。

「別にいいのに、続きからで。」

「わたしも忘れちゃっててさー。ゲストとかで、昔の人が出てきても、誰だっけ? ってなっちゃうのよねー。」

 いそいそとテレビ台(キャスター付き)を引っ張ってきて、机の横にセットしてコンセントを繋ぐ。

「よし、スタートっ!」

 かっこいいオープニングとともに、捜査官達の活躍が始まった。


 第1話から前後編の2話構成だったから、見終わったときには、もういい時間になっていた。

「うー、やっぱり面白かったーっ!」

「何回も見たんじゃないのか?」

「うーん、これは3回目かな? でも何回見ても面白いよ。先の展開わかってると、あれ? 見たいなのもあったし。」

「あー、長いのは途中でキャラ設定が微妙に変わったりするからな。」

「そう、それっ! 『えー、それってそうだったけー?』みたいな。」

 そう言ってケラケラ笑う。


 ひとしきり感想やらをしゃべりつつ、他愛ない話をした。

「ふぁあぁぁ。」

 奈美があくびをする。さすがに眠くなってきたらしい。

「さて、そろそろ帰るか。」

「えー?」

「もういい時間だぞ?」

 壁の時計を指さす。しかし、そちらを見ずに、机に顎を乗せて奈美が言う。

「わかってるんだけどねー……」

「ん?」

「あのさぁ、」

「うん。」

「この部屋、広いんだよねぇー……。」

「まぁ、広いな。」

 片隅にちゃんと布団をたたんでおいてある奈美コーナーと、その対角線の宴会コーナーの間には、広い畳空間が広がっている。

「夜さぁ、一人になるとさぁ、ちょーっと、寂しいんだよねー?」

「あー……。」

「なんか、色々考えちゃったりしてさー……。」

「んー……。」

 そう言われても困る。

「なおきくんさぁ、ここで寝ない?」

「いやいや、それは……。」

「秘密のなにかがおうちにあるの?」

「いや別になにもないけど。」

「彼女代わりのお人形さんとか。」

「ない。」

「変な踊りをしないと眠れないとか。」

「なんだそれ。」

「えーと、新興宗教の儀式みたいな?」

「してない。」

「じゃ、いいじゃんっ! ねっ?」

 じゃ、ってなんだよ。

「だいじょぶ、襲わないから。」

 俺のセリフだろ?

「お布団いっぱいあるじゃん?」

 まぁ、ある。

「楽器室にさ、衝立あったじゃん。あれ持ってくれば、見なくていいもの見なくていいでしょ?」

「なんだその見なくていいものって。」

「尻尾とか角とか入れ墨とか?」

「あるのか?」

「ないわよ、わたしには。」

「俺にもねぇよ。」

「まあでも、着替えは見られたくないし、まだ。」

 まだ?

「だめ?」

 座った目で上目づかいされてもなぁ……。

「いいじゃん、ね? 減るもんじゃないし。」

 なにかが減るような気がしなくもない。

「わかった、とりあえず、今日だけな。」

 正直、帰るのが億劫になっては、いた。

「やったーっ!」

 すたっと立ち上がり、ガッツポーズをする。

「衝立持ってこよう、衝立っ!」

 元気いっぱいか。あくびしてたくせに。

「俺が持ってくるから、この辺、片づけててくんない?」

 酔っ払いに階段はあぶねぇだろう。それに、朝の、ひんまがったアルコールの匂いはあまり好きじゃない。

「おっ? おっけーおっけー。まーかせてっ!」

 テキパキと皿をまとめ始めた。酔ってても問題ないらしい。

「洗うの手伝うから。」

「ん? だいじょぶよー。ほれ、衝立早くっ!」

 おい、あごで人を使うな。

「はいはい。」

 とりあえず、そこはまかせて二階に向かった。




---あとがき-------------

ちょっとキリが悪くて、会話文が多いこともあり、いつになく長くなりました。

料理も詳しくないので適当ですみません。揚げたりしても美味しいんだそうですが、尚樹君は油など常備していないので。


あ、先に言っておきますが、この先も濡れ場のご用意はありません。すみません。

(2020/12/31 01:00)

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