20.掃除

 朝。

 尚樹は公民館の扉を鍵で開けた。

「おはよ。」

 いつものようにおばちゃんの名札に声を掛けて自分の名札を首に掛ける。

 奈美はまだ部屋にいるのか、見当たらない。

(ゆっくり寝てればいい。飯より先に掃除かな。ざっとでいいや。あ、お湯は沸かしとこう。)

 ヤカンをコンロに掛けて、ちょっと悩んで1階のロビーから箒で掃き始める。

(足音聞こえて起こしたら悪いしな。)



「おはよー。」

 ロビーと廊下を掃き終えたころに、奈美が和室から出てきた。

「おう、よく眠れたか?」

 今日はもう着替えている。

「うん。掃除手伝う?」

「おぅ、んじゃ、調理室やってもらっていいかな? ざっと台とか拭いて、床を掃くくらいでいいよ。2階やってるから、終わったら来て。」

「わかった。道具は?」

「あ、ここ。」

 調理室入口手前の物置を指差す。

「わかった。ありがと。」

「んじゃ、よろしく。」

 尚樹は2階に上がっていく。



 2階の図書室ではたきを掛けていると奈美が来た。

「あ、ここにいた。2階、初めて上がったよ。図書室もあるんだね。」

 開いてる扉を見たらしい。

「市の図書館の分室なんだって。前は受付にシルバーのおじいちゃんもいたらしいよ。あ、じっくり読みたいのがあったら持ってくればいいよ。」

「入れる場所ないじゃん。」

 書架はほぼいっぱいである。

「本棚にあるのを適当にダンボールにでも詰めて棚を開ければいいよ。溜まったらそのうち図書館に持っていけばいいんじゃね? 」

「ええ? 適当すぎない?」

「そんなんでいいよ、小説と受験の参考書しかないんだから。」



 音楽室。

「おお、ピアノあるじゃん! すごい!」

「弾ける?」

「中学までは習ってた。楽譜あれば簡単なのなら弾けるかも。」

「おぉ、頼む。なんか弾いてくれ。」

「尚樹くんは?」

(なんだその呼び方。)

「楽器は全然だめ。」

「じゃあ、特訓だね。」

「え? 」

「合奏しないとつまらないじゃん。吹部でサックスも吹いてたから、どっちか教えられるよ。」

「うーん……。」

「そのうち楽器屋さん連れてってね。」

「どっかにあったかなぁ……。」

 興味がないので、まるで覚えていない。



 屋上。

 ざっと箒で掃き終わったので、ふたりで柵にもたれて外を見ている。

 太陽電池を拭くと良いのだが、今日は省略した。

 尚樹の手には煙草。

「隣って学校?」

「中学校らしい。」

「なんで校庭にショベルカーとかトラックとかが置いてあるの?」

「ユンボは俺が置いた。」

「ユンボ?」

「あー、ショベルカーのこと。」

(ユンボって、業界用語だったっけ……?)

「ふーん……。」

「ちょっと穴を掘りたくてな、会社から借りてきた。」

「トラックは?」

「ここに来た奴が置いてった。あの非常食アルファ米を持ってきた奴なんだけどな。持ってきて、そのまま置いていきやがった。」

 どこにいったかは言わない。

「会議室においてあるアルファ米やつ? 」

「そう。とりあえず、入るだけ会議室に入れた。」

「入るだけって、ちょっと待って、まだトラックの中にあるの!? 」

「うん、山ほど。」

「…… ねぇ、お米、作らなくて良くない? 」

「いや、それでもいつかはなくなるし、傷んで食えなくなるかも。いくらなんでも50年は持たないだろ?」

「そうかもしれないけど。」

「どうせ作るなら、余裕もあって、農機具も動く間にやっとかないと。」

「まぁ、焦らなくてもいいってことか。分かった。」

「さて、飯でも食うか。」

 吸い殻を携帯灰皿にしまって、屋上を後にする。



 朝食を終えたふたりは、ギャラリーに置いたパイプ椅子に座り、コーヒーを片手に外を見ていた。

「今日はどうするの?」

 奈美が声を掛ける。

「なんか用事ある?」

「ううん。」

 とりあえず今は足りている。楽器屋は乗り気じゃなかったっぽいし。

「じゃあ、釣りかなぁ。一緒に行く?」

「えーと、図書館で降ろして貰っていい?」

 それでも稲作のことを調べるのは楽しいらしい。

「わかった。昼はそっちに行くよ。」

「うん。お昼のお湯、魔法瓶ので良くない?」

「あぁ、持っていくか。」

「あ、そうだ。ノートと鉛筆欲しい。」

「ノートは事務室に新品がまだあるよ、多分。鉛筆は……、引き出しとかにあるのを借りて? 」

「文房具って、この間の本屋さんにあったよね?」

「あぁ、そのほうがいいか。図書館から歩けるよ。」

「あ、じゃ、本屋さんで降ろして。」

「OKOK。よし、じゃ、片付けたら、行くか。」

「ん。あ、行く前にシャワー浴びたい。」

「あぁ、掃除したしな。俺も浴びよう。」

 ふたりとも朝シャワー派だ。

「一緒に入る? 」

 にこっ。

「あほか。」

「ちぇっ……。」

(普通逆だろ。)

 洗濯物を入れる籠は別々に用意した。尚樹が。


 

 やがて車中の人となったふたり。

 ガソリン節約を言い訳にして、また、奈美のハイブリッド車を使っている。

「ねぇ、無線機って公民館には置けないの?」

「ん? あぁ、そう言われれば置けるねぇ。」

「イチイチ行くの面倒じゃない?」

「気にしてなかったけど、そういえばそうだねぇ。そのうち持ってこよう。」

「あとさぁ、」

「ん?」

「お風呂って無理かな?」

「シャワーじゃなくて?」

「そう、浸かるやつ。」

「んー…… 」

 考えている。

「……考えてみる。」

 すぐには結論が出ないらしい。

「わーい。」

「出来るとは言ってないぞ。」

「でも、考える余地はあるってことでしょ?」

「んー、まー、わからんけど、考えてみる。」

「よろしくー。」

「浸かる派なのか。」

「温かいシャワーはありがたいんだけどね、欲が出たというか……。」

「わかった。うん、考えてみる。」



 本屋の前に到着。奈美が降りる。

「道分かるか?」

「うん、図書館、あっちでしょ?」

 指を指す。

「うん。あ、要りそうな本あれば持って帰りなよ。」

「わかった。じゃ、がんばってね。」

 まるで期待してない口調である。

「おぅ、あとでな。」

 奈美は、車を見送ると、ヘッドライトを付けて、本屋に入っていった。



 昼に図書館に来た尚樹の顔は晴れない。

(やっぱり釣れてないんだねー、くすっ)

 笑い事ではないのだが、かわいいとも思う。

「お湯入れといたよ。」

 釣果には触れないようにして、アルファ米の袋を指差す。

「おぅ、さんきゅ。」

「もうちょっとで食べられると思うよ。」

「ん。なんかわかった?」

「もうすぐ6月だよねぇ?」

「うん。」

「ちょっと遅いんだよねぇ。」

「あぁ、そうだろうな。」

 そういえばこの辺りは、この時期にはもう田植えは終わっていた。

「今から苗作って、育つの待って田植えしてたら、夏になっちゃう。」

「まずいのか?」

「この辺はあったかいから、多少遅れても実は成りそうなんだけど、粒が小さかったり、少なかったりするかもしれない。」

「やらないよりマシじゃないかな? そもそも練習みたいなもんだし。」

「そう言うと思った。で、ね。」

「ん?」

「実入りが少なくても良いんなら、苗代作らないで、田んぼに直接籾を撒く方法があるんだって。」

「ふーん。田植えがいらないのか。」

「そう。手間を減らすための方法らしいんだけど。」

「手数が少ないから、良いんじゃねぇ?」

「でしょ? 余程うまくやらないと収穫は減っちゃうみたいなんだけど。」

「ふたりしかいないし、アルファ米もあるし、問題ないんじゃね? 」

「でね。」

「うん。」

「種籾って、どこにあるかな?」

「おぉ? 知らん。」

「あとね、水ってどうやって田んぼに引くの?」

「ん? おぉ? 知らん。用水路とか?」

「用水路に水流れてる?」

「いや。多分冬場は全然。」

「どこから引いてるんだろうね?」

 ケーブルの配線先を調べるのにピットやダクトを辿ったことならいくらでもあるが……。

「用水路を辿ってみるか。」

「種籾も。」

「あぁ、それはとりあえず、農協でも探してみるか?」

「そんなとこだよねぇ。」

「急ぐんなら、魚よりそっちだな。」

「魚も食べたい。」

「そうだな……。」

「とりあえず、今日は夕方までがんばれば?」

「ん、わかった。」

「そろそろ食べられるよ。」

「おう。」




---あとがき-------------

朝の行事。

(2020/12/17)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る