19.図書館

「おーい。」

 図書館に尚樹の声が響く。

「なぁにぃ?」

 書架の間から奈美が答える。

 調達のあと、ふたりで図書館に来ていた。

「飯にしよう。」

「あ、もうお昼?」

「おぅ。腹減った。」

「うん。」

 ロビーに持ち出してた机に非常食セットが置いてあり、カセットコンロにヤカンがかけてある。

「いつの間に。」

 来たときはそんなものはなかったので、奈美がちょっと驚く。

「さっき。流石に中は良くないだろ? お? ライトついてるぞ?」

「え? あ、ごめん。」

 手探りでヘッドライトを消す。

 大きなガラス窓でそこそこ明るいが、書架の間はやはり暗くなる。字を読むには明かりが欲しい。

「ありがと。…… あのさ、トイレ使えるかな?」

「男子のほうならバケツに水を貯めてある。タワーのとおんなじ感じ。」

「使っていい?」

「もちろん。その向こう。」

 と指を差す。

「ありがと。」

「今度女子のも持ってこような。」

「いいよ、大丈夫。ちょっと行ってくるね。」

 若干の抵抗がなくはないが、手間をかけさせるほどではない。

「おう。」


「なんかいい本あったか?」

 アルファ米の袋に付属のスプーンを突っ込みながら尚樹が聞く。

「よく分かんなくて。」

「図書館、来たことないのか。」

「受験のときに友達と勉強しに来たりはしたけど。」

「さっきは、なに見てた?」

「お仕事関係のとこにいた。」

「ほぉ。仕事、何してたんだっけ?」

「秘密。」

「ふむ。」

「そのうちにね。」

 いろいろ思い出して辛くなりそうだから、しばらく言わないようにしようと思っている。わがままかとは思ったが、久々に少し楽しくなっている自分の気持ちに水を差したくなかった。

「まぁいいけど。」

「あ、やらしい系じゃないよ。」

「そうか。」

 瞬間、色々考えた結果、あたり障りのない相槌を打つ。

「釣れるようになりそう?」

 奈美が、わざとらしく話題を変える。

「よくわからん。そんなに間違ってないと思うんだが、時期の問題かも知れんし、もうちょっと深いところじゃないとだめな気もする。ルアーに変えてみるかなぁ。」

 乗っかって真面目に答える尚樹。

「ふーん、難しいんだねぇ。いろいろやってみれば、そのうち釣れるようになるよ。」

「食い物なくなるまでにはなんとかしたいなぁ。」

「え? まだいっぱいあるじゃん。」

「アレだけ食ってればいいなら数年分はあるだろうな。」

 公民館の会議室においてある大きなダンボールは、非常食36食が入った小さめの箱を6箱入れられる。その大きな箱にアルファ米の袋の入った箱が適当に詰め込んである。200個入っているとして、そのダンボールがあの部屋だけで50箱ほど置いてある。ほぼ1万食分。ふたりで大体4年半分だ。

「ふたり分で。」

 ふたり分?

「じゃ、大丈夫なんじゃない?」

 聞かなかったフリ。

「栄養偏らないか?」

「あー、なんとか欠乏症とかになっちゃうかもね。」

「魚食った時にさ、なんかやたらと旨かったんだよね。久しぶりに食ったってのもあるかも知らんが、身体が足りないものを欲しがってるような気もする。」

「美味しかったよねぇ。薬局とかになんとかサプリとか残ってないかな?」

「そんなのもあったなぁ。飲んだことないけど。しばらくはそれもアリか。探してみよう。」

「うん。」

「あと50年生きようと思ったら、野菜とかもいるよなぁ。」

「果物とか?」

「それは畑を探して実がなったら取りに行く感じでいいんじゃないかな。あと何がいる?」

「お米。」

「それは必須だなぁ。アレがなくなる前には軌道に乗せたいしなぁ。二人分で何平米くらいの田んぼがいるんだろ?」

 また二人分。もう暗黙の了解だったりするのかな? なしくずしは嫌だなぁ。

「調べてみようか。」

 素知らぬ顔で、ご提案する。

「頼んでいい? おれ釣り具屋行ってきたい。」

「いいよ。どこまで出来るかわからないけど。」

「無線機持って来たよな?」

「車にあったよ。」

「なんかあった時、ひとりで公民館まで帰れる?」

「なにそれ、こわいんだけど。」

「いや、ほんとに万が一の場合。」

「うーん……。」

「地図、書くよ。」

「わかった。でも、ちゃんと帰ってきてね?」

「ああ。」


 奈美は、農業関係の書架をうろうろして、どうやら田んぼは1枚(1反)で三代同居の家族でも充分な米が収穫できそうだと判り、休憩にお湯を沸かしてインスタントコーヒーを飲んでいるところに尚樹が帰ってきた。

「おかえり。コーヒー飲む?」

「おう、サンキュー。」

「いいのあった?」

「わからん。やってみるしかない。そっちは?」

 尚樹のコーヒーを淹れながら、成果を報告する。

「結構採れるもんなんだな。」

「そうみたい。作り方も勉強しないとね。」

「1反って、1000平米平方メートルって言ったっけ?」

「うん。」

「30m四方くらいか。大きいんだかなんだかよくわからんな。」

「そうねぇ。はい、コーヒー。」

「ありがと。あ、」

「なに?」

「砂糖ってどうやって作るんだ?」

 カップを見て思いついたらしい。

「え? どうだっけ? サトウキビとか?」

「なんも知らんなぁ、おれ。」

「ま、ぼちぼち勉強しよ、ね?」

(意外と心配性なのかな、この人。顔はごっついのに)

「そうだな。」

 なにか考え込むが、すぐに顔を上げる。

「とりあえず魚だ。」

 切換えは早いのかも知れない。

「今から行くの?」

「いや、今日は準備だけ。雨だし。」

「もうちょっと調べてていい?」

 ちょっと面白くなっていたのだ。他人事じゃなく、自分でできるかもしれないと思うと、ちょっとわくわくする。

「おお、頼む。」

 尚樹は、床に、調達してきた釣り具を並べて準備とやらを始めた。




---あとがき-------------

非常食の梱包は、筆者の創造(想像)です。

現実にそんな梱包の非常食が存在するかは神のみぞ知る、です。

多分、存在しません。


奈美が米への挑戦を初めました。

巷ではヒメの稲作ゲームが流行らしいですが、奈美もがんばる……かもしれません。

(2020/12/10)

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