15.太公望
もう1時間近くふたりして釣り糸を垂れているが、釣果は芳しくない。最初に手のひらくらいのを仲良く1匹づつ釣り上げたものの、そのあとはさっぱりだ。
「釣れないねぇ。」
「釣れませんねぇ。」
今朝のほうが断然よかった。
「また、本読んで勉強しないとなぁ。」
「釣りの勉強ですか? 本で?」
「ほかに何がある?」
「えーと……」
釣具屋の店員さん……は、いない。釣りに詳しい友人……も、いない。釣り教室をやってるわけもない。
「知り合いには釣りキチが何人かいたけどな。」
「それは残念。」
「ネットが使えればなぁ……。」
「あ、ビデオ屋さんに釣り入門とかあるかも。」
「おぉ、それいいな。探してみよう。」
今日の夕焼けは、多めの雲が赤く染まって、とても綺麗だ。
「釣れなくても飢える心配がないのは、救いだな。」
「幸せなことです、はい。」
「ミネストローネだけじゃないしな。」
「はい。ガソリンも、暖かいシャワーも、冷蔵庫も、洗濯機もあるし、幸せなことです。」
「まぁ、いつまであるかわからんけどな。」
「そうですねぇ…」
「できれば、飢えて死ぬのは、避けたいな。」
「あー、それは辛そうですね。」
「釣りの勉強、ちゃんとしよう。」
「毎日、アジだけっていうのも、寂しいですね。」
竿を上げてコマセを入れる。
「田んぼや畑も作んないとだめか?」
「やったことあります?」
「ない。全くない。」
「わたしも、ありません。」
「それも勉強しないといかんか。」
「そうですねぇ。」
「あのさ。」
「はい。」
「聞きにくいから、答えたくなければ、それでいいんだけど。」
「なんですか? 籍は汚れてませんよ?」
「おまえは、そればっかりだな。」
「違うんですか?」
「違うよ。あのな……」
「はい。」
「熱、出たか?」
「あぁ、そっち。」
「うん。」
「2月に3日くらい寝込んだ。」
「そうか。平気だったんだな。」
「平気じゃないよ。熱で死ぬかと思ったよ。3週間も隔離されたし。」
なぜここでタメ口にチェンジした?
「でも、アレは来なかった?」
「うん。」
「俺もだ。」
「奇跡みたい。」
「全くだ。」
「ほかにもだれか残ってるのかな?」
「さぁ? 」
「だよな。」
だれかいるのを知ってれば、赤い光を追いかけてこんなところまで来るわけがない。
「光の塔、点けておくんだよね?」
「しばらくはな。しかし人に言われると恥ずかしい名前だな。」
「あのあたり、もっと高いビルがあったけど。」
命名に関しては敢えてスルー。
「オフィスビルはなー、難しいってか、面倒なんだよなー、細工するの。」
「ふーん。」
「気が向いたらやってみるけど、まずは釣りをなんとかしよう。」
「そっちが先なんだ。」
「ほれ、それはのろしとかでもいいだろ?」
「なにそれ原始的……」
「風船上げてみるってのはどうだ?」
「せめて気球とか。」
「浮き輪にヘリウム詰めて、旗を上げる。」
「HELP ME って書く?」
「食い物あります、とか?」
「アジ2匹だけど。」
「うるせー。」
「あ、いま何時だ?」
奈美が腕時計を見る。
「えーと、六時半?」
「やべ、引き上げるぞ。」
「え?」
「無線の時間だ。」
慌てて片付けて、岸壁をあとにする。
魚を海水を張ったクーラーボックスに入れておいて良かった。蓋を閉めるだけでいい。
「ねぇ、車、臭くならないかな? 」
「んー、ブルーシート敷いたし、多分大丈夫じゃないかな?」
「えー、多分なの? パパの大事な車なんだけど。」
釣り専用車を用意したほうがいいかな?
---あとがき-------------
「アドバルーン」て御存知ですか? (歳バレ案件)
(2020/11/23 01:00)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます