14.スタンド

「おお、すごい、ガソリン出てる。」

 奈美の車とタワーから持ってきた給油車に給油するのに、仕掛けをしてあるスタンドに来た。

 小さな発電機から分電盤を通して事務室と給油機に電源を入れると、あたり前だが給油機で給油ができる。電気屋からするとオーソドックスな手で、無線室のおっさんOMさんもタワーもこうしているが、奈美は目を丸くしている。

 素人さんにこうも素直に驚かれると、職人のはしくれとしてはちょっと得意な気分になれる。

「ここはパソコンのパスワードが要らなかったから助かった。」

「パスワード要らないの?」

「さっき、画面に出てたボタン押してもらったろ?」

「うん。」

「あれやらないとガソリン出てこないんだよ。ここはパソコンの電源が入ると勝手にあの画面まで立ち上がってくれるようになってたから。」

「へぇー。」

 わかんないけど感心しとくか、って感じのお返事。セキュリティ上はよろしくなかったんだろうけど、24時間営業のセルフスタンドでは、パソコンをシャットダウンすることはほとんどなかっただろうから、それがあたり前のような気もする。

「もうちょっと経つとしたほうがいいんだけど、まだ多分そのままいでもイケる。」

「ガソリンを漉すの?」

「そう。半年とか放っておくと劣化してベタベタした塊ができるんだって。で、それが混ざってるガソリン使うとエンジンが壊れるらしい。」

 車に詳しい仲間から聞きかじった豆知識だ。

「どうやって?」

「あんまり考えてない。でっかい漏斗とウェスかなんかでいいかな?」

「ウェス?」

「えーと、きれいなボロ布?」

「なにそれ?」

「古着のTシャツとかを裁断したもの? 現場で掃除とかにつかうんだよ。」

 どうも自分が思ってたよりも業界用語に染まってるらしい。

「雑巾じゃなくて?」

「毛羽立ってると良くないことがあってね。束にしたのが売ってるんだ。一袋数百円とかで。」

「へぇ、再利用リサイクルだ。」

「そうそう。多分専門に集めてくれてる人たちがいたんだと思う。」

 満タンになって給油が自動停止する。

「早いな。」

「いくらも使ってないもん。まだ1000km以上走るって出てたし。」

「ほぉ、さすがハイブリッド、すごいな。」

 それでも、ちょっとノズルを引いてギリギリまで注いでからノズルを給油機にもどす。

「パパのおかげ。」

「ありがたいことだな。」

 父親とはうまくいってたらしい。いいことだ。

「うん。」

「事務所行って、さっきのパソコンで「支払い完了」ってボタンを押してきてくれる?」

 キャップを締めながら奈美にお願いする。そうしておかないと次の給油の時に面倒だから。

「はーい。」

「あ、あと、合図したら、こっちの「給油開始」ボタンも。」

 事務所に向かう奈美に声をかけると、背中を向けたまま手を振ってくれた。二人だと楽できて助かる。

(待てよ? いまパパの車って言った? てことはやっぱりナンバーのとこあそこから来たのか? いや、パパはあの辺りにいたけど、あいつはもっと近くに住んでたってことも考えられる。)

 少なくともそのほうが心臓にいい。

 次はタワーの発電機用の給油車だ。灯油の移動販売に使ってたらしいのを借用してきた。軽油を入れるには問題ない。

 タンクの給油口にノズルを突っ込む。多分、専用のホースを使わないといけないんだろうけど、よくわからないので、これで入れる。

 引き金を引いて養生テープで固定する。普通のスタンドのならロックが掛かるが、セルフスタンドのは手で引き金を引き続けてないといけなくて、給油車のタンクをいっぱいにしようとすると握力が死にそうになるから。

(あ、2台同時にすればよかった。)

 2台に給油したことなどなかったから、思いつかなかった。失敗失敗。

 手を振って奈美に合図すると、軽油が出てくる。OKのサインをして、あとは待つだけだ。

「なんか、ボタンの色が違ってたけど。」

 戻って来た奈美が報告してくれた。よく気がついたねぇ。

「軽油とガソリン間違えないようにするためじゃないかな? こっちはディーゼルだから。」

「ふーん。」

 生返事をして自分の車を見ていた奈美が、思いついて言う。

「ねぇ、洗車は出来る? 」

「あの発電機じゃ洗車機は動かないなー」

 あの子には三相200Vは出せない。

「残念。」

「公民館でなら手で洗えるよ。」

「あ、そっか。」

「洗車道具、車に乗ってたりする?」

「うん? 多分ない。」

 パパはたしかスタンドの洗車機で洗ってたと思う。手洗いしてるのを見た記憶はない。

「じゃ、明日にでもかき集めてこよう。」

「あ、お願いします。」

「せっかくのパパの愛車だからな。」

「うん、ありがと。」

 にこ。

 まだ、距離感がつかめてないのか、敬語とタメ口が入り混じる。

 所在無くてスタンドの屋根の向こうの空を見る。ちょっと雲が増えてきたようだ。晴れの日が続いたから、そろそろ振ってもおかしくない。

「ねぇ。」

「ん?」

「魚ってどこで釣ったの?」

「工場の間の岸壁。」

「遠い?」

「公民館とここの間くらいかな?」

「今から釣れるかな?」

「旨かった?」

「うん、食べたい。」

「昼間より夕方のほうが釣れるらしいから、一回戻ってから1台で行くか。」

「やったっ!」

「炭は面倒だからカセットコンロで焼くんでいいかな?」

 すっかり釣れた気になっている。獲らぬ狸のなんとかだ。

「公民館で焼けないの?」

「給湯室のコンロはIHなんだよ。」

「グリル、ついてないの?」

「なにそれ?」

「なんていえばいいの? あの、なんか引き出しみたいな」

「あー、コンロの下に付いてるやつか。あった気がする。あ、いや、調理室になら、なんでもあるんじゃないかな?」

「え? 調理室?」

「そう、料理教室とかする用だと思うけど。多分ガスのコンロもあった気がする。」

「おおっ、すごい。それならなんとかなりそう。」

「料理できるの?」

「まあ人並みには多分。魚はあんまり捌いたことないけど。」

 休みの日に家族の夕食を手伝ったり、しおりの家でつまみに煮物を作るくらいのことはしてきたので、そんなに下手でもないというくらいの微妙な自信はある。

「お、たのもしい。いっぱい釣れてもなんとかなりそうだな。」

「ほぉ、そんなに自信があるんだ。」

「わはは。ま、夢は大きく、な。」

「なんだ、夢か……」

「お、そろそろ満タンかな。」

 ごまかしたつもりの尚樹と

「ボタン押してくるね。」

 ごまかされてあげた奈美。

「すまん。」

 ノズルを給油機に戻して蓋を閉める。

「押してきたよ。」

「サンキュー。あと、無線室の携帯タンクにガソリン入れるから、それ終わったら、戻って発電機に給油したら釣りだな。」

「わーい(にこ)。あ、釣り行く前に洗濯したい。」

「はいはい。んじゃ、さっさとやっつけてタワーに戻るぞ。」

「うん。」




---あとがき-------------

さり気なくおよめさんアピール。


※給油機や給油車の仕様・操作方法は、てきとーです。けっして真似などなさらないでくださいませ。

(2020/11/19 01:00)

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