13.シャワー
「ここ、とりあえず、あなたの部屋ってことで。」
公民館に着いて、奈美が案内されたのは、30畳程の和室だった。
正面の障子から光が差していて明るい。障子の向こうはお庭かな?
手前の壁一面の襖が押入れらしい。左奥に申し訳程度の床の間があり、しかし雑然と小物が散らかっている。部屋の真ん中には低い折りたたみの机と座布団が、さっきまでちょっと打合せに使ってましたという風にコの字に置いてある。奥に液晶TVとビデオプレイヤーとカラオケセット。お年寄りの憩いの場だったのかな?
「机とかも好きにしていいから。そのTVでDVDも観られるよ。廊下に出て右がシャワー室ね。女性用のほうを使って。時々掃除はしてるから。」
「あ、ありがとうございます。」
「押入れの中に布団入ってるから夜は好きに敷いて寝て。あ、干しておこうか。天気も良いし。」
靴を脱いで上がりこんだ尚樹は、押し入れを開けると、無造作に布団を取り出して障子の手前に積み上げる。障子をあけると、少し伸びた芝生の庭に陽の光がさしている。
奈美も尚樹の後に着いて畳に上がる。
尚樹は、さっさと窓を開け、縁側からツッカケで庭に下りると、掛け布団と敷き布団を物干しに掛け、枕を縁側に置いて、振り返る。
「シーツは洗ってあるから。」
「ありがとうございます。……いいですねぇ、お庭。」
マンションに居候していたから、落ち着いて芝生を見るのは久しぶりだ。
尚樹は、そのまま縁側に腰掛けて庭を眺める。
「あぁ、雑草抜いたくらいで何もしてないからこんなだけど。ほんとは芝刈りしたほうがいいんだろうなぁ。よくわかんないんだ。」
「母がちっちゃい庭の手入れをよくしてたんですけど、習っておけばよかったなー。芝もあったんですよ。」
「それは惜しかったねぇ。そのうち園芸の本でも探して来ようかな。」
「せっかくなのできれいにしてあげたいですねぇ。」
「まぁねぇ。」
尚樹は背中を向けたまま苦笑し、そのまま二人してなんとなく庭を見ている。
「おう、シャワー行っておいで。ブレーカ入れて元栓開けたから、お湯はすぐに出ると思うよ」
「あ、そうだった。」
リュックを置き、尚樹が振り返らないのを見て、中から着替えを取り出す。
「じゃ、さっそく、いただいてきます。」
わくわくを声ににじませながら、尚樹の背中に声を掛ける。
「おう、ゆっくりな。」
「はーい。」
和室を出て行くうれしげな足音を聞きながら、尚樹は煙草に火をつける。
ふぅー。
「さて、何時かな?」
いつの間にか2時近い。
「ちょっと、なんか食うか。」
朝あれだけ食べたのに、もう腹が減ってきていた。
ヤカンでお湯を沸かしながら、ちょっとだけ、と思って廊下を掃いていると、奈美がシャワー室から出てきた。
「ふぅぅ、いいお湯でしたぁ。」
ほかほか。
「よかったな。」
「はい。お湯を浴びてこんなに幸せだと思ったのははじめてかも。」
にこにこ。
「それはいい経験をしたなぁ。」
「あまりしたくない経験でしたけど。」
にこにこ。
「なんか食うか?」
「あ、はい。ちょっとお腹すいたなーって思ってたんです。さっきあんなに食べたのに。」
同じことを考えている。
「でもその前に。」
「ん?」
「あのー、まさかドライヤーなんてないですよね?」
「あー、ウチにはあるけど、ここにはあったかな?」
「いいです、いいです。」
「とりあえず、タオルでなんとかしてもらっていい?」
言い置いて、奥の洗濯場の棚から取って2枚ほど渡す。
「あ、すみません、お借りします。」
ぴょこっと会釈して、和室に入っていく。
(女の子だなぁ。)
髪の毛など、ガシガシとタオルで拭いてそのままな尚樹は、そこまで気がつかなかったことをちょっと反省するが、そのまま掃除にもどる。
廊下とホールの掃除をざっと済ませると、会議室から机とパイプ椅子を引っ張り出してホール横の空いたスペースに並べる。ひとりで食べる時は受付のカウンターを使っていたが、ふたり並んで食べるには狭いので。
「ありがとうございましたー。」
にこにこと奈美が出てくる。お
「タオル、どうしましょう?」
「あ、奥の右側。さっきタオル出してきたとこにカゴがあるから、その中にでも。」
「はーい。」
振り返った奈美からかすかにいいにおいが振りまかれ、廊下の奥に戻っていく。
(女の子だなぁ……)
つい後ろ姿を眺めるが、いかんいかんと思いなおして、机のセッティングに戻る。
と、
「あーっ!!!」
奈美の大きな声が聴こえる。
「どしたっ!?」
洗濯場へ掛け込むと、奈美は、目を丸くして洗濯機を指さして固まっている。
「どした? なんか出たか?」
ネズミも虫もいないはずだが。
「せ、せんたっき……」
「ん? 」
「な、なかに水が……」
「そりゃ洗濯機だがからな?」
「……」
「浸かってるのは俺の服だぞ。まとめて洗えば電気と洗剤が節約できるから。あ、一日一回、ハイターを一滴入れてるよ、雑菌対策に。」
慌てて言い訳するが、奈美は固まったままだ。
「電気と水があるから……回せるんですね……、そうですよね…、あれば使いますよね……。」
そういうことか。
指さしていた腕がばたんと落ちて、全身全霊を込めて虚脱する奈美。
「……やっぱり、およめさんに……」
「……まぁ、とりあえず、めし食おう、な。」
ほれほれと促して、廊下を戻る。
「ほれ、こっちにあるから、選んで」
<会議室>の扉を開けて開いているダンボールを指差す。
「この中ね。」
奈美がダンボールを覗き込む。
「アルファ米のがいろいろ入ってるから。」
「いろいろ?」
そーっと、中を物色しはじめる。
「なんか、最後の出荷だからって、工場に残ってたのを適当に箱に詰め込んだんだって。」
「へぇ、そういうこともあったんですねぇ。」
洗濯機の件が尾を引いているようで、声に元気がない。
「まぁ、こうやって届けてくれただけありがたい。」
「ほんとですねぇ。」
しかし食欲には勝てないらしい。箱の中を物色する手が勢いを増してくる。
「あ、これ、チキンライスって書いてある。」
「割と旨いよ? オムライスにしたくなる。」
「あーそうかも。お、こっちはピラフ? あー、ピラフいいなぁ、これにします。」
「おし。んじゃ、おれは……」
そっぽを向いて、目をつぶってダンボールに手を突っ込んでひと箱取り出す。
いつもの宝くじだ。
「え? 見て選ばないんですか?」
「このほうが宝くじみたいで面白いだろ?」
笑顔で答えてみる。
「……飽きちゃったんですね?」
「……わかるか?」
「こんなに種類あるのに……」
「飽きるものはしょうがない。」
「ぜいたくな悩みですねぇ……(はぁ…)」
給湯室で封を切り、沸かしておいたお湯を注いで、お盆で机に運ぶ。
「このスペースいいですね、明るいし。」
先に座っていた奈美が、ガラスの向こうの陽に照らされた駐車場と彼女の車を見ながら言う。
「案内図には<ギャラリー>って書いてある。」
椅子に座りながら、一応、解説しておく。
「あ、こっちに絵とか張るんですね。」
振り返って壁を指差す。
「そうらしい。けど何年もほぼ物置みたいな扱いだったみたいだけど。」
「ありがち。」
くすっ。
「あとでさ、車を取りに行ける?」
奈美の車を見て思い出したので聞く。
「あー、はい、もう大丈夫だと思います。」
「発電機の燃料も心配だし、早めのほうがいいかなと思って。」
「燃料ってどうするんですか?」
「スタンドで調達。」
「え! スタンドで給油できるんですか!? 」
「ちっちゃい発電機でポンプだけ動かすの。」
「……すごい。それで給油出来るんですね……」
「あー、まー、これでも電気屋の端くれだから、それくらいはね。」
「すごい、車がガス欠になったら終わりだと思ってた。」
「意外とね、スタンドのタンクに残っててね。助かってる。」
「思いつきもしなかった……、やっぱりおよめさんに……」
「やめとけって。」
「えー? 貰ってくださいよ、何にも出来ないけど。」
ふざけて頬をふくらませて、上目遣いに尚樹を見る。
「もっと色々持ってるやつがいるかもしれんぞ。もっと旨いもんとか、温泉とか」
「肉とかっ!?」
「あぁ、どっかに残ってるかもな。」
「それは悩みますね。」
考え込むフリ。
「だろ? 会ったその日に決めんな。」
「でもどうやって探せば……。ていうか、『一目会ったその日から』って言葉もあるし……」
「どこの言葉だ? ほら、そろそろ食えるぞ。」
尚樹は目を合わせないようにしてピラフの袋を突き出す。
「知らないんですか? 方言かな? 父と母が良く言ってましたけど……。わぁ、いいにおい。いただきまーすー。」
手を合わせてから、ジップをあけ、スプーンを差し込む。
「あ、これもおいしい。ちょっと湿っぽいかな?」
「お湯入れすぎたかも。ごめん」
「いや、ぜんぜん大丈夫です。」
もぐもぐ。
---あとがき-------------
ツッカケって標準語でしたっけ?
※アルファ米をお湯で戻すには15分くらいかかるのですが、失念していて、ちょっと早めな印象になってしまっています。(他の回も)
大幅にリライトする機会があれば修正したいと思いますが、当面は脳内補完頂けると助かります。すみません。
(2020/11/12 01:00)
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