4.奈美

 奈美は、陽光が差す中、町を歩いていた。

 大きなリュックサックを背負って、車の来ない三車線道路の真ん中を悠々と歩き、信号の消えた交差点を横切る。

 着いたのは市役所。

 玄関ホールに積まれているダンボール箱から非常食の箱を頂戴し、給湯室で、中の500mlの水のペットボトルをヤカンに空けて、IHヒーターに掛け、缶詰のパンを取り出してオーブントースターで温める。お湯が沸いたところで非常食のミネストローネのパウチをヤカンに入れて温める。ころあいを見計らって、パウチを取り出し、ヤカンのお湯を紅茶のティーバックを入れた紙コップに注ぐ。そのうちにパンもあたたまる。

 紅茶も紙コップも最初からここにあったものを拝借している。もちろん電気も。多分、屋上に太陽電池があるんじゃないかと思う。

 あたたかくなった食べ物をお盆に載せてどなたかの事務机まで運ぶ。

 こうして、あたたかいものが食べられるのは、幸せだ。たとえ、毎日同じものであったとしても。

 そう、非常食のダンボールには、同じものしか入っていない。ここに通い始めてから何箱か空けてみたが、すべて同じミネストローネとパンだった。まったく、誰だか知らないけれど、もう少し気を使ってくれてもよかったんじゃないかと思う。非常食にしては悪くない味ではあるものの、さすがに飽きる。

 食べ終えると、奥の会議室に詰め込まれている非常用の物資から乾電池をもらっていく。それから非常食も2食分をリュックサックに押し込む。


 重くなったリュックを背負って駅前のレンタルビデオ屋を目指す。今日は天気がいいので歩いていて苦にならないのがありがたい。

 ビデオ屋の自動ドアの入口は、中途半端にこじ開けられたままになってる。店が閉店したままになった後、誰かがこじ開けたままになっているのだろう。

 リュックを床に置いて、ヘッドバンド型のライトを取り出す。市役所の会議室にあったものだ。市役所と違って、ここは照明がつかない。奥は薄暗く、棚に並んでいるディスクたちのタイトルが見えない。リュックから見終わったディスクを取り出して、お目当ての棚に向かう。

 今のお気に入りは海外の刑事モノのドラマだ。しばらくは映画を見ていたが、次に何を見るか探すのが面倒になった。延々と続くドラマのシリーズはその手間がなく内容も間違いがない。借りられたまま歯抜けになっていたりするけれど。

 律儀に順番通り棚に返して、続きのディスクを取り出して、店を出る。

 

(さて)

 リュックから飲み水のペットボトルを取り出して、少し考える。

 せっかく晴れているので、ほかを回りたいようにも思う。

 ミネストローネ以外の食べものも探したいし、そろそろ日差しが強くなってきたので日焼け止めも欲しい。夏服も探しておいたほうがいいかもしれない。

(暑くなるなら、帽子も欲しいなぁ。えーと、麦わら帽子とか? 海賊王になっちゃわないかな?)

 思わずくすっと笑う。

 先日自転車でスーパーを何軒か回ってお尻が痛くなったので今日はサボることにする。

 収穫がほとんどないのは辛い。

(アイスクリーム食べたいなぁ)

 庇の影から、強くなってきた日差しを見て思う。

(乳製品がないから作れないなぁ。かき氷なら? 市役所の冷蔵庫で氷は作れるし、かき氷機はウチにあったんじゃないかな? ドラえもんのやつ。ママ捨ててないよね? あとはシロップがあればできそう。スーパーに残ってないかなぁ? 今度探してみよう。)

 

 また少し歩いて、大きな体育館の入口をくぐる。ここの自動ドアも半分くらい開いたままになっている。

 大きなガラス窓から陽の光の入るホールの片隅に、ロープに張った洗濯物が3日分、かけてある。その脇にリュックを置いてヘッドライトを取り出す。ロープから今日の着替えとタオルを取って、陽のささない廊下を通り、ひとつの扉を開ける。

 中は真っ暗だ。照明はつかない。ヘッドライトのスイッチを入れると、白い大きな明かりが壁と天井を丸く照らす。

 部屋の中に区切られた小間がいくつか見える。シャワー室だ。そのうちのひとつに入り、壁のフックにさげたくたびれたレジ袋にヘッドライトを放り込むと、光はブースを柔かく照らす。レジ袋をフックに戻し、着替えを棚に押し込む。服を脱いで同じように棚に押し込んで、シャワーの栓を回す。

 水が冷たくて一瞬びくっとするがやがて慣れる。床に置きっぱなしのシャンプーとボディソープで身体を洗い、手早く流して体を拭き、服を着る。もちろん洗濯してあるほうの。

「ふぅ、さっぱりした。」


 水も電気も止まってから、身体を洗えるところが見つからなくて困った。しばらくは、非常食に入っているペットボトルの水でタオルを濡らして身体を拭いていたが、飲み水がもったいないし、髪もちゃんと洗えない。

 あちこち歩いて水が出るところを捜しているうち、子供の頃に学校の行事でここに来たときに、廊下に「シャワー室」の文字があったのを思い出した。トイレの蛇口をひねって水が出た時は狂喜したし、「シャワー室」が健在なのを見た時は、飛び上がって喜んだ。それから、ボディソープとシャンプーを持ちこんで、おおむね日に一度ここに通っている。

 おそらくここは、病が流行り始めてすぐに閉鎖されたおかげで屋上の貯水タンクの水が残ったままになったのだろう。しかし、電気はない。市役所は電気があるが水が出ない。まったくどちらも中途半端で困る。とはいえ、ここもいつまでも水が出るとは限らない。なにか考えないといけないのだが、なにか思いつくわけではなく、先延ばしにしている。

(ま、そうなったらそのときに考えるよ)


 トイレの洗面台に水を張り、着ていた服を洗う。ここは外光が入るのでシャワー室より明るい。洗濯物をホールに干して、持ってきた空の2Lのペットボトル3本に水を詰め込むまでがワンターンだ。これは家のトイレ用。

(帰ろっと)

 水と食料とビデオを詰め込んでずっしりと重くなったリュックを背負って帰路に着く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る