3.計画

 ここのところ、掃除を終えた後は、ぼーっとして過ごすことが多かった。


 最初のうちは、レンタルビデオ屋から借りてはいしゃくして来たビデオを眺めたり、本を読んだりしてみた。しかし、物語の中では、主人公が大勢の登場人物に囲まれて、愛に目覚め、事件を解決し、世界を救っているというのに、現実の尚樹の周りには、愛を語る相手も、解決すべき事件も、救うべき人たちもいない。物語の世界から現実に戻った後の喪失感に耐えられなくてやめてしまった。


 自分の車に燃料があるうちは車で道をすっ飛ばしてみたし、色んな店に忍び込んで物資の「調達」をしてもみたが、すぐに飽きてしまった。おかげで、鍵の開け方、というか、扉の壊し方はずいぶん上達した。ちなみに「調達物資」最大のお宝は、ホームセンターの倉庫に山のように積んであった酒類アルコールとタバコだ。


 不思議なことに、水の中の生き物は、その多くがアレにかからなかったみたいだ。クジラやイルカはダメだったみたいで、そんな報道があったが、魚やエビや貝は水上の殺戮者が死に絶えた海や川で栄華を謳歌しているらしい。だから、唯一の新鮮な蛋白源を確保しようとして釣りにも挑戦したけれど、大した釣果は上がらなかった(単なるヘタクソ)し、なにより捌いたり調理したりするのが面倒だった。そんなことをしなくても、腹を満たすだけなら、まだ非常食が山のように残っている。


 そんなわけで、数週間のうちにやることがなくなり、しばらく和室でゴロゴロ居眠りをしながら優雅に過ごしてみたが、夜眠れなくなって酒量が増えすぎたので、これもやめた。今の流行は、昼夜問わず、あてもなく町をブラブラすることだ。


 そうしたら、ある日の夕方にあのアンテナの家を見つけた。

(すげぇな、こんなのを維持してる人がこの辺りにもいたのか。)

 あのアンテナなら尚樹の田舎にでも電波が届きそうだ。

(おじさんとも知りあいだったかもしれないな。)

 こんな普段通らないところじゃなかったら仲良くなれたかも知れない。そんなことを思いながら、そのときはそこを通り過ぎた。

 

 幾日かして自宅マンションのベランダでタバコを吸いながら真っ暗な町を眺めて、詮無いことを考えていた。

 クセで、今でも部屋でタバコが吸えない。なにか悪いことをしているような気がするのだ。タバコはベランダに限る、うん。

 月夜に、明かりの灯らない家々の屋根が浮かびあがっている。

(ほんとにだれもいないのかな?)

 ひょっとして、あかりが全くないこの暗闇の中で都会のほうを強力な照明で照らしたら、だれか気がつくんじゃないだろうか?  

 これでも尚樹は電気工事屋の端くれだ。考え始めると止まらない。

(なんで気が付かなかったかな? だとすると、なるべく高いところが良いだろうな。)

 そういえば、港のほうにバブルの頃に建てたという伽藍堂がらんどうなガラス張りのタワーがあったはずだ。あそこの天辺から照らせばかなり遠くまで光が届くんじゃないだろうか。おそらく屋上には航空灯もあるだろう。あれはかなりの光量だ。発電機で電源を送れれば、点灯できるはず。100Vでいけるかな? 光らせたとしてどうする? それを見て誰か来たとして?イケスカナイやつだったら? 終末のアメリカを荒くれ者たちが闊歩する映画もあった。一人きりで腕に覚えもないんだから用心するに越したことはない。

 電源はなんとかなっても、もちろん電話もネットも使えない。そうだ、無線だ。アンテナを立てて、発電機の電源で無線機を動かして、何かしゃべらせれば、どんなヤツか大体わかるだろう。

  どこで受信する? 無線機は? そうだ、このあいだのアンテナの家! あそこなら、たぶん無線機もあるだろう。時間を決めて受信すると何かに書いておけばどうだ? そんな映画もあった。無線機の使い方も書いておけば……。

(とすると、要るのは、発電機と燃料と無線機か)

 アンテナは、多分TV用のが屋上にあるんじゃないかな? 周波数が近いし、アンテナの家まで距離もないから、向きを変えれば届きそうだ。ケーブルも流用できるなら引かなくていいし。

 発電機は、会社にあったのをマンションに持って来てある。いや、それはそれで必要だ。まだ、どっかの店に転がってなかったかな?

(よし、とりあえず、アンテナの家とタワーの下調べからだな)

 

 これが数日前。


 そして今日。

  「アンテナの家」改め「無線室」の充実度は、想像以上だった。


 つぎはタワーだ。

 

 翌日。

 

 会社で尚樹専用車として使わせてもらっていたハイエースは、公民館の駐車場まで持ってきている。以前、車内に満載の道具と材料が必要になったから。電気工事屋には道具が手元にないと落ち着かない連中がいる。尚樹もそのひとりだった。ちょっとした壊れたものを直すのに車ごと持ってきてそのままにしている。

 そのハイエースで、何はともあれ、タワーに向かう。

 

 結果、発電機は、ちと大きめの、セルモータを積んだヤツが仕事仲間の会社の倉庫にあったので、ついでに「借りた」ユニック車に積んでタワーに運んだ。大した電力を使わないのにもったいないが、四六時中動かすのは嫌なので、そこは電気屋、夜だけタイマーで動く様に回路を組んだ。もちろん部品は、ホームセンターやらその辺の工場やらから「調達して」きた。

 発電機の燃料は、発電機をガソリンスタンドに持ち込んで給油機を動かして、スタンドにあった給油車のタンクを満タンにしてタワーに運んだ。


 発電機からのケーブルを1階の電気室の分電盤に繋いで、そこから、事務室の空調と照明、それにもちろん航空灯に電源を供給。昼間に点灯を確認して、こちらはOK。

 無線機は、直結して確認したらアンテナは使えた。でもアンテナケーブルはTV用のブースタと分岐が邪魔をするみたいで上手くいかなかったから、ホームセンターで調達したケーブルを引き直した。ひとりで100mのタワーを登ったり降りたりして足がパンパンになったが、久しぶりに電気屋らしい仕事をして、夜の酒が旨かった。

 無線機は、もちろん無線室のをお借りした。両方から時計のカチカチ音をのせた電波を出しっぱなしにして、行ったり来たりして、アンテナを調整。これも疲れた。

 

 ここまでに10日程かかったが、無事竣工?

 ひとりで祝杯をあげた。

 

 あとは、使い方をノートにまとめるだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る