第六話 異世界生活のすすめ
「ああ、えっとー、こんにちは」
「えぇ、こんにちは。早速で悪いだけど今の状況分かってる?」
「えっと、まぁ、それなりに。記憶喪失になったのかな〜って」
記憶喪失と言う言葉を発した時、少しの間アイリスの目に悲しみが映る。やっぱりこの子にはこういう事をあまり伝えるべきでは無いんだな、と再認識する。
「そう。分かっているならいいの、何か困った事とか無い?」
「んにゃー、そういうは特に無いかな?」
「分かった」
アイリスが短く『分かった』と返したが明らかにあの目は眉間に皺を寄せ、人に心配と疑いを向けている目だ。アイリスは意外と鋭い人だ。
なんてアイリスと会話をしていると、フィーリアが痺れを切らしたように椅子から飛び降り、こちらを指さしながら。
「ちょっと、アイリスだけずるいのよ! フィラもハルトといっぱいお話したいのよ!」
「あっ、ごめんなさい。そうよねフィーリアもハルトが目覚めるのを待っていたのよね、はいどうぞ!」
「なんかその受け渡し、気に食わんのよ!」
アイリスの天然にフィーリアの暴論が返っていく。そんな中俺は、この状況に苦笑いしながら見守る。
アイリスの天然にフィーリアの暴論が返っていく。そんな中俺は、この状況に苦笑いしながら見守る。
「あっ、ハルトが笑った!」
「あれは笑ったんじゃなくて苦笑いかしら」
『えぇー、笑ったんじゃ無いのー』と悲しい顔をする。これは完全に素なのだろう。天然恐るべし。
今回の周回はアイリスとフィーリアに時間が戻った事を伝えない方向性で行く予定だ。理由は単純明快、変な不安を煽りたくないからだ。やっぱりあの二人に暗い顔をさせるのは些か抵抗がある。と言う観点から伝えない選択を選んだ。
三日目。
フィーリアと文字の練習をしている。フィーリアが言うには、この世界には日文様、月文様、星文様の三種類あるらしい。
日文様は主に人間族が使う文字体であり、かなり精密で曲線が特徴的である。平仮名を想像するのが最も的確だろう。
月文様は主に亜人族が使う文字体であり、直線や角を多用する様な感じで、片仮名を想像するのが最も的確だろう。
星文様は人間族と亜人族が文字でやり取りする唯一の手段であり、最も難しいとされる。日文様と月文様、両方の性質をもち、アルファベットの大文字を想像するのが最も的確だろう。
そして今、その中でも最も初歩的な日文様を練習しているのだが……
「か、はこうだな!」
「違うのよ。こうなのよ」
「じゃあ、き、はこうだな!」
「だから違うって言っているのよ!」
と、こんな感じにまるで進まない。進まないと言うより覚えた文字が一文字でもあるのかすら分からない。
「じゃあ難問かしら。す、を書くのよ」
「おう、それは知っているぜ! こうだろ!」
フィーリアが難問と銘打った問題を自慢げに書いていくと、フィーリアは目を見開く様に驚く。俺はその驚き顔ににやけつつ、なんでそこまでフィーリアが驚くのか疑問に思う。
「正解なのよ」
「へっへーどうだ凄いだろー」
「言っておくけど、これぐらい出来て当然かしら。自慢する程じゃないのよ。でもよく知っていたかしら、教えた覚えが無いのよ。どこで覚えたのかしら?」
「えっ、えーっと」
かなり厳しい所を聞かれた。どこで覚えたかなんて前回の世界で覚えたに決まっているだろ! なんて言える訳もなく、嘘でも冗談でも誤魔化しでもなんでもいい。何かいい案は無いかと必死になって考える。
「あっそうそう。むかーし俺がえっとその、そう珍しく勉強した時に覚えた奴だよ。そうだよ!」
「怪しいかしら、でも深くは聞かないでおくのよ。何か事情がありそうだし」
「ん、そうか」
「そうなのよ」
やっぱりフィーリアは勘が良く鋭い。それにだけにいい所だけ察してくれるので実に気が楽にいられる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
五日目。
時間巻き戻しについて、あらかた考察が終わっている。恐らく突破方法は正しい立ち回りをする事で突破出来るのはと考えている。単純に考えて俺にそんな力があると思えないし、他人がこんな事を俺に掛けても利点が無いという事だ。
しかし、考察は終わったが一体どんな立ち回りすればいいのかがまだ分からない。それを解明するのが解決方法と言ったところか。とは言っても考えるだけ無駄なのでとりあえずは一日一善と言った事か。なんて考えていると、
「ハルト、お疲れかしら? 目の下に隈が出来ているのよ」
フィーリアが下を向いている俺の顔を覗き込む様に話しかける。まさか隈が出来ているとは俺もまだまだ何だなと思いつつ、
「いや、そうでも」
「そうなのかしら? でも、無理は禁物なのよ」
「おう、サンキュ」
ハルトの言葉にフィーリアが納得した様にコクンと頷く。そしてハッと思い出した様に口を開ける。
「あ、そうそう。アイリスからお使い要請なのよ。急いで準備するのよ」
「おっけおっけー」
スーパー(仮称)の帰り道。フィーリアが突然ハルトの手を強く引っ張った。何事かとフィーリアの指さす方向へと目線を合わせると、
「奢ってやるのよ。居酒屋で一杯飲んでいくかしら?」
「ああ、そういう事か。気持ちはありがたいげど俺未成年だし飲めないぜ」
「何を言っているのよ? 何で大人じゃないと飲めないのかしら? 飲まなくちゃ死ぬのよ」
ハルトにはその言葉の真意が分からなかった。え? お酒って飲まなくちゃしぬんだっけ、フィーリアってこう見えて意外と結構のんべいだったりする?
「まあ、俺はいいからフィーリア一人で飲みなよ」
「むぅー、そこまで言うならわかったかしら。フィラ、一人で飲むのよ」
フィーリアと一緒に入ったお店はこじんまりした感じのお店だ。アンティーク調の木造にカウンター席が五席にテーブル席が三つといった所だ。
なんと言うか喫茶店のようなお店で、居酒屋でもこんな感じのお店になるのかと思う。文化の違いってこんな差異を生むのかと考えているとフィーリアがカウンター席に座り『マスター』と言って注文する。
「オレンジジュースを頼むのよ」
「はい、オレンジジュースね」
「オ、オレンジジュース!? 酒屋でそれは無いだろ」
「何を言っているのよ? ここは喫茶店なのよ。酒屋じゃないかしら」
「え? いやさっき居酒屋やって」
「言ったかしら。ここは喫茶店
「なんだそのややこしい名前! てか、居酒屋って酒屋の事じゃないの?」
「酒屋じゃあ無いかしら。このお店の事なのよ」
なんと言う分かりずらさだろうか。居酒屋という名の喫茶店とは、文化の違いとは恐るべし。
その後フィーリアおなかいっぱいオレンジジュースを飲みましたとさ、
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