第23話 ラクロアとカトルア その1『笑顔が似合う少女』

 

 夕暮れ染まる空を見上げていた。


 私は果てしなく広がる空に、身体が舞い上がるかのような昂揚感を覚える中で、シドナイとミナレットから訓練の終わりを告げられた。

 

 これからは自己研鑽によって力を蓄えるようにと二人から命じられるまま私は日々を過ごしはじめた。


 時にはノクタスと、時にはミナレットと共に戦闘技術におけるイロハを学びながらも、一日の内の殆どが自由な時間となり始め、家で過ごす時間が増え始めていた。


 周りの子供達は、私が訓練を終える二年も前に基礎的な訓練を終えていた。


 ミナレットに聞いてみると、どうやら当初予定していた訓練期間を大幅に過ぎてしまっていたらしい。


 成長し続ける私の姿を見て「思わずやめ時が分からなくなった」というのがミナレットの談であった。


 気がつけば、私がこのトリポリ村で、魔力操作に悩み、そして訓練に明け暮れる内に日々は過ぎ去り、気が付けば私は十歳を迎えていた。


 身体的な成長を迎えた私を待ち構えていたのは、割と持て余し気味な暇であった。


 これまでミナレット、シドナイによって当てられていた訓練の時間は、本来であれば、社会性を学ぶ事を前提に丸々大人達の手伝いに充てられるのが慣しであった。


 例を挙げれば、農業や工房における家事手伝い、商業地区への荷下ろし等、それぞれの家で受け持つ仕事への従事が、この年齢になると一堂に課されていた。


 とは言え、本格的に仕事を担う訳でもなく、どういった仕事を大人達が行っているのかについて少しずつ慣れ親しむという事と、ほんの雑務が任されるに過ぎないらしい。


 私はそうした中、家族であるトマムが担っている仕事の手伝いを行うのが一応の慣しであったが、彼女は特別に私を育てる為に人族の集落で暮らしているに過ぎず、ここで暮らし私を育てる事こそが仕事であるので、その役割を手伝うというのは些か無理があった。


 ノクタスやミナレットにも相談をしてみたが、そうした見習い人員は間に合っているという事であった。

 

 ミナレットからは冗談半分で『魔獣狩りでもして治安警備部隊の見習いでもやるか?』と言われたが、それほど魅力的には感じずに辞退させてもらった。


 トマムにこの事を相談すると、彼女は自分の好きなように過ごせばいいのよ。と私に諭すように語った。


「そうねえ、敢えて言うのであれば、ラクロアはお友達が少ないでしょう? 生まれてこの方ずっと訓練ばかりだったから、周りの子と上手くやれるのか、母さんは少しだけ心配よ?」


 仕事よりも友達という言葉が出てくるあたり、チグハグな会話である事は否めなかった。


 トマムの性格は私が魔力操作に困らぬようになってからと言うもの露骨にそのおっとりとした性格が前面に出てくるようになっているように感じていた。


 彼女は魔族としては二百歳前後と未だ若い分類に入るらしく、人族の子供を育てるという経験も初めてであった。


 一般的には、人族の寿命以外で最も死亡率が高い年齢は赤子から幼年期であり、特に衛生状態の影響を受ける事が少なくなかった。


 トリポリ村ではそうした環境整備に余念がなく、この点はノクタスがやたらと拘りを見せて、全体を主導しながら管理を徹底していた。


 そうした中で、少なくとも栄養失調や、急病で急死するような年代からは十分に抜け出した事も有り、最近のトマムはだいぶ肩から力が抜けているようであった。


 母親と言うよりは年上のお姉様のようにも見えるトマムは、女性としてみれば我が母親ながらに極めて魅力的であった。

 

 黒髪に涼しげな目元と均整が取れた顔立ちだけを見れば美人であるだろう。勿論その、頭に生えた二つの角や背中の悪魔染みた翼を除けばではあるが……。


 外見的特徴に関して言えば、人族と似通っている事も、私を育てる任を命じられた理由の一つなのかもしれない。


 これまでもそうした考えは抱いていたものの、詳しく尋ねた事は無かった。


 そもそも家族と言う点において、例えば彼女に夫がいるのかどうか、そうした詳細も謎に包まれていた。


 今更ながら、トマムと私の関係性は奇妙な物であった。


 彼女は私を育て、私は彼女を母親と呼ぶが、その実、彼女が何者であるのか、魔族の中でどういった役割を持ち私の側にいるのかと言った家族という枠を超えた部分での話を交わした事が無かった。


(まあ、別に構わないんだけれどね……)


 正直なところで言えば、トマムは私に対して特に口煩いだとか、母親としてかくあるべきと言ったものを押し付けるタイプではない。それはこれまでの彼女の行動が示している。


(だというのに交友関係には口煩いんだよねえ)


 ただし、彼女は私の友人が少ないという点については的確に指摘を行い、私へと改善をたびたび促していた。


 前回は四年前であったが、それは失敗に終わった事は私の中で確りと苦い思い出として残っている事は言うまでもない。


 そんな、基本的には放任主義な彼女が、私に友人がいないことを指摘するというのは、本当に母親として私の事を心配しているという事であった。


 私がその点について極めて重篤な状態にあるのだと、私は非常に無念ではあるが、理性的にそう判断せざるを得なかった。


 親の心子知らずと言うが、思い返してみれば、同年代の子供達と訓練で会話こそすれど、何か特別一緒に遊んだような記憶は無く、お世話になっていたラーントルク家のカトルアに関しても、時々会話を交わすが親しいと呼べるほど仲の良い訳でも無かった。


 寧ろ暇な時にはメザルド種の若狼であるグリムやプリコルヌス種のジナートゥ、アルタイ種のムナールと戯れる事の方が多かったと言える。


(孤独と思われているのも然もありなんという事か)


 結論として、私には同年代における人族の友達が少ないという少しばかり寂しいレッテルに対して、反論する事は一切許されず、肯定せざるを得ない状況と言えた。


「なるほど……。そうだね、そしたら少し村を回ってみるとするよ」


 トマムは私の前向きな言葉を聞くとパタパタと翼をはためかせ、嬉しそうに「いってらっしゃーい」と手を振って私を送り出した。


 取り敢えずで家を出たまでは良いが、友達とはどのように作るべきなのか、頭を悩ませていた。


 以前は何の気なしに連れ出したダインの一件で手酷い失敗を起こした事も有り、やり方は慎重にならざるを得ない。


 精神年齢的に数十歳離れた子供と戯れると言うのは些か無謀な気もしたが、まずは先入観なしに会話を交わす事から始める事にした。


 今は午前が終わり、お昼の休憩時間だった事もあり集落に人が集まっていた。


 今日は陽気が良いこともあり、屋外で昼食を取るも者も少なく無かった。ぐるりと人の流れを眺めていると、一人の少女がこちらに手を振っているのが見えた。


 それはミナレットと共に見張り役見習いとして従事するカルトアであった。


 訓練を始めた四年前からまた成長し、セミロングだった髪を背中まで伸びるロングにして髪を一つに纏めていた。

 

 金色の髪は太陽に照らされて少し眩しく、外で過ごすことが多くなったせいか嘗ては透き通るように白かった肌も今ではやや小麦色に変わっていた。


 僅か十歳ではあったが、その人形のように整った顔立ちは母親に良く似ており、歳を経ずとも彼女が美人となるのは明白であった。

 

 日々の訓練にかまけていたせいか、そうした感慨を今更になって持った事に少し驚きつつ、此方も手を振って返した。


「ラクロア元気にしてる? 訓練以外で外に出ているなんて珍しいね、何か用事?」


 朗らかに話しかけるカトルアであったが、どうやら私は必要以外には外に出ない内向的な性格だと思われている節があった。悔しい事にそれは言い得て妙であった。


「いや、特に用事は無かったんだけどね。うちには手伝いらしい手伝いがあまり無くてね。折角だからみんなと少し話でもしようかと思ってね」


 カトルアは少し驚いたように私を見つめて、そっとおでこに手を当てた。


 なんとなく無礼な考えを持たれている気がした為、念のためカトルアに質問してみた。


「どうかした?」


「いえ、ラクロアらしからぬ事を言うから熱でもあるのかと思って」


 残念ながら想像通りであった。


 私は愕然としつつ、表情を崩さぬように努力をしていたが恐らくそれは無駄であっただろう。


 私が誰かと仲良くしようとするのがカトルアにとっては青天の霹靂だったらしく、何で? どうして? と私に質問を続けるのだが、ここまで物珍しそうに対応をされると正直なところ鬱陶しさも否め無い。


「まあ、母さんに言われたんだよ。僕は友達が少ないんじゃ無いかって。まあそれも生まれてこの方訓練ばかりで遊ぶ時間もあまり取れなかったという事もあるんだけど」


 半分本当であり半分でまかせであった。


 作ろうと思えば友達は作れたのであろうが、寂しいだとか、遊びたいだとかそういう感情に乏しかった事と、かつて人族の目が鬱陶しかった事もあり、友達を作るという発想に至らなかったというのが正しい。


「あはは、変なの。要するにラクロアは友達を作らないといけない訳ね。昔散々誘ったのに断っていたのに今更という気もしないでもないのだけれど。まあ良いわ! そしたら先ずは私と友達になりましょう! それから改めて皆に紹介してあげるからね?」


 カトルアはまかせなさいとばかりに胸を張ってにこやかに笑った。


 願ってもいない幸運に私は多少浮かれつつも、この年頃はこんなにも容易に仲良くなれるものなのかと、どことなく懐かしさを覚えていた。

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