魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない
緑青ケンジ
第1話 プロローグ『魔王バザルジード』
魔大陸歴史書が編纂されるようになってから優に八百年。二代目の魔王として魔大陸全土の執務を取り仕切るバザルジードは、自らの魔力感知に反応した自身と同質の魔力を捕捉していた。
身に覚えのない不可思議な現象を目の前にしながらも、ある予感に導かれるようにして、座標固定のされていなかった空間転移先を自身の目前に指定し、送られてくる物体を手繰り寄せた。
肉眼で確認可能な程の魔力の迸りと空間の捻れ、その歪みの中から現れた生物は時空を歪ませる程の強力な魔法抗力とは縁遠い、白く柔らかな絹衣に包まれた、見るも小さな生き物だった。
バザルジードは深い溜息と共にそれを見遣る。内在する魔力量は人族の赤子の持つ限度を超えており、魔族と比較しても尚、著しく高い領域にある事を感じ取っていた。
そして、この赤子が宿す魔力がかつて自身の中に繋ぎ止められていた力の一端である事を懐かしむと同時に、人族が何の目的で赤子に魔力を宿したのか、その過程で彼等が何を行ったかについて察しが付き、深いため息と共に落胆を見せていた。
「封印の綻びを利用して我が力の一部を幼子に宿したか……。なるほど、胎児となる前から長い時をかけて濃密な魔力を宿させたようだが……。しかし、人間は数百年を経ても尚、外敵を滅ぼす為に力を求め続けるという訳か。悲しいかな、それもまた生物としての摂理と理解すべきか否か……。ふむ、レイドアークが来たか」
一人ぼやくバザルジードであったが、再度自身の張り巡らした魔力感知の網に新たな魔力が反応するのを感じていた。
そのよく見知った魔力の色合いから自身の眷属、それも血縁の者がその場に馳せ参じようとしている事を明確に感じ取っていた。魔力感知から数秒程経つと、赤子が現れたように空間転移によってバザルジードに良く似た面影を持つ魔族が姿を現した。
「御主もこの幼子の魔力を感知したと見える。どうした事か、人の子は未だ戦いを好いているように見えるのう」
バザルジードが声を掛けたレイドアークと呼ばれた魔族は、四つ腕を胸の前で組み、魔力が迸る瞳でバザルジードが抱く赤子を一目見ると、その生まれたばかりの小さな身に何が起きたのかを凡そ理解したようであった。
「数百年経ったとしても人族は変わらずという事ですか……。その子は如何されますか? 人里に帰したとしても疎まれる事でしょう」
バザルジードは腕に抱く赤子の銀髪を、その筋骨逞しい指先に魔力を込めて軽く撫でると共に赤子が如何にしてこの場に来たのか記憶を読み解き始めた。暫くの沈黙と、一瞬の逡巡も束の間に彼は自身の意思を決めたと、レイドアークに命令を下した。
「御主がこの子を息子として育てよ。人族と魔族の宥和政策を推し進める上で良い試金石となるであろう。力を持つという意味合いは時節によって移り変わる。役立ててみるといい」
バザルジードは憂いを込めた瞳を幼子に向けると同時に、この赤子が産まれてからここに至るまで、ほんの僅かばかりの時間を過ごした母親の姿を思い浮かべながら、慈しみを込めて赤子へと語り掛けた。
「お主も聴こえているだろう。何故生まれたのかに目を向け生きるが良い。その中で何を目的として生きるかは自由である。だが、もしも叶うのであれば世に平穏を齎す者とならん事を我は願う。母から賜りしラクロアという名を努々、忘れるでないぞ」
赤子はその言葉を聴いてか、僅かに声を上げて反応を見せたが、すぐにその声は止み、まだまともに見えぬ眼を瞑ったまま、再び深い眠りに付いた。
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