第2話 大樹の国、ルルードゥナ

「ルル! マゼル! 見てみろよ! すっげー、大きいっ!」

 起きて早々、コールのはしゃぐ声が車内に響く。まだ外は薄暗いが、何やら外の喧騒も響き、私はコールに習い外へ顔を出す。

「さすがは大樹の国、と言われるだけはあるな」

 同じく外を見ていたマゼルも感嘆の声を上げる。私も二人と同じく顔を真上に上げ、それを見上げる。大きな木の壁を超えて、更に大きな大樹が真っ直ぐにそびえたっている。

 大樹の国、ルルードゥナ。この世界唯一の島国であり、大きな大樹が島全体を侵食するかのように、壁のような剥き出しの根を晒し出し立っている。人々はその大樹の枝の上に居住を携え暮らしている。どこかの文献で、この国の国民は空に生きているという文言を見たが、私はそれを今やっと理解できたかもしれない。

「……うん。すごいね」

 私の思わず口から出た言葉に、コールは満面の笑みで何やら自慢げに笑う。

「もうすぐ日の出だ。根が開くぞ」

 マゼルがそう言うと、私は目の前に広がる大きな壁、この大樹を囲っているらしい根の壁へと目を向ける。

 はるか地平線から日が顔を出したその瞬間、周りの喧騒を掻き消すように大きな地鳴りが鳴り響く。地震のように足下は大きく揺れて、私は思わず荷車に立つ支柱を抱えるように掴んだ。そんな私を嘲笑うかのように、根は悠々と地中へと引っ込んでいく。そして私達にその全貌を見せつける。

「ようこそ! ルルードゥナへ。今日の昇り枝は8番と10番台の枝となります。25階層より上の枝は今日は降りてないので、整枝所の受付より管枝の利用をお願いしています」

 受付の人の声と共に周りの商人達が一斉に動き出す。

「やべーな! さすがは魔法の国だよな。他とは全然違う」

「それは、お伽噺の話だろ。魔法なんてものは存在していない」

「なんだよ、面白くないな。夢見たっていいだろ」

「俺達奴隷に夢を見る資格なんてない」

 はしゃぐコールを咎めるようにマゼルは溜め息混じりに言う。

「おい! お前達、何をはしゃいでいるんだ。もう直ぐ屋敷に着くんだ、大人しく引っ込んでろ」

 私達をここまでずっと運んできた商人の男が荒く声を上げる。何かを言おうと、コールが身を荷車から身を乗り出そうとするも、マゼルはすかさずに制し謝罪を述べる。

「申し訳ございません。直ぐに大人しく戻りますので」

 男の返答を待たずして、直ぐに身を車内へと戻す。外から何やら声は聞こえるが、あの人は不満や苛立ちは表に出すも手を上げたりまではしない。下手に刺激しなければ穏便に過ごせる。

「なんだよ。あいつだって、俺達とそう変わらないだろ?」

「そうだな。今回の仕事は報酬が良いんだろう。だから手を出さないんだ。ここまで来て死にたいのか? コール」

 マゼルがそう言うと、コールは大人しく食い下がった。私達はもう散々見てきた。理不尽に、まるで道具のように使い捨てられる奴隷達を。私は二人にそんな結末を迎えて欲しくはない。

 ゆっくりと再び馬車が動き出す。外の喧騒は次第に大きくなり、外の活気が見ずとも伝わる。途中何度も車内が大きく傾くのは、この大樹を登っているのだろうか。私達の目的地は近づいていく。

 なぁ、と小さくコールは声を出した。私はコールに目を向ける。顔を伏せて、小さく握った右手を包むように左手で掴み、小さく絞り出すように言う。

「……今回はさ、大丈夫かな」

 外の喧騒でなくなってしまいそうな呟きにマゼルはいつものように答えた。

「俺達は奴隷なんだ。それ以上もそれ以下もない」

「大丈夫だよ。いつも通り、私達ならやり過ごせるよ」

 どうせ何も変わらない、という言葉は呑み込んで、私なりに精一杯前向きに答えた。

 私達奴隷は、全てを諦めて生きていかなければいけない。不毛な希望は、この身を滅ぼす。必要最低限な生きるという事さえも奪われてしまう。だから私は何も期待などしていない。でも、この二人の努力は報われて欲しいと心から願っている。


〜〜〜

「おい、着いたぞ。さっさと外に出ろ」

 男は荒々しく言い、私達は素直に従う。外へ出ると、どこまでも続く地平線と、大きな木の枝がまるで巣のように張り巡らされている不思議な光景が広がっていた。上を見上げると空を覆い隠すように木の葉が広がり、日の木漏れ日が神々しく降り注いでいた。そして下を見下げれば、ここはもう何百メートル上なのか分からないけど、私達は遥か上空へといた。

「長旅ご苦労だったね」

 どこからか穏やかな声が聞こえ振り向けば、澄んだ青と橙色の着物を着た男性がこちらに柔和な笑みを向けていた。着物には所々紫色の刺繍で作られた何かの花が入っている。その身なりで直ぐにこの人が、私達を買った商人である、アナゼンという人だと分かった。

 するとアナゼン様は両手を絡み合わせ、両膝を地面につけて頭を垂れた。その行動に私は勿論、二人も驚いたようで目を丸くさせていた。それは私達の育った国で伝わる、奴隷が主人への忠誠の証として行う挨拶のようなものだった。

 私達の反応を楽しむように無邪気な笑みを浮かべたアナゼン様は、ゆっくりと立ち上がり言う。

「コール、マゼル、ルル。今日から私が君達の主人だ。ここで伸び伸びと働くといい」

 そう言ってアナゼン様は私達に手を差し伸べた。

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