卯月 夜〔Ⅱ〕:あねと、いもうと
傍若無人を絵に描いたような深見沢 イリスにも、苦手なものはある。
たとえば深夜に奇声を上げるモルヒ。
たとえばうっかり功の飯より上手いと外食先で口走った時の渋沢功。
――そして。
「ちょっと、聞いてます
「聞いてる。ちゃんと聞いてるから」
コンクリの上にレジャーシートを敷いて。
彼女と彼女を義姉と呼ぶその少女は座っている。
天には新円を描く月。
身体的に、だけでなく毒などにも強い。
つまるところ
……はず、なのだが。
レジャーシートの上には9%だの11%だのと言った度数の高い酒の空き缶が無数に並んでいる、どれも味についてはイマイチだとイリスは思っているが安さは強い。
さすがにこれだけの量を短期間に摂取すれば酔うものなのか。
あるいは単に本人のテンションが無駄に高いのか。
いずれにせよ。
座った目つきで自分を眺める
「ほんとに聞いてます~?」
「聞いてる聞いてる。
「そうなんですよぉ。
お
私の事なんだと思ってるんでしょうか!」
どうせ飲むなら〝
――のだが、いかんせんそうするには問題がある。
イリス自身はともかく、彼女は戸籍の上では未成年だ。
実際のところ自律偶像に未成年も成年もありはしないのだが。
店の側から
かくて彼女らは〝
「まあ、でも仕方ないだろ。
「はぁ? それ義姉さんが言いますか。
めちゃくちゃ功さん振り回してる側でしょ?!
……というか、そもそも私とお義父さんはそういうんじゃないですよ」
「——は?」
「は、とか威嚇するのやめてください。
や、だから、
口元に運びかけていた安酒の缶を取り落としそうになりながら、イリスは目を剝く。
「じゃあおまえの礼賛者どこの誰さんよ……?」
「いませんけど」
「はぁ?!」
「いや居ないって言うか、しいて言うなら……、私?」
「いや何言ってるかわからないんだけど。
普通、自律偶像には礼賛者がいるもんだろ」
ジト目で睨むと、義妹は一息に安酒を空き缶に変えて適当に床に立て、無雑作に次の缶を手にしてプルタブを引き起こしながら、言った。
「普通も何も。
そもそも自律偶像の製造ラインってM・B・Cの3系統あるんですけど。
全体の7割がCで3割がBでして、」
「おい待てMどこ行った」
「割合としたらゴミですよM型躯体って。
そもそも3体しかいないんですから、何%だよって話ですよ。
というかだから私が義姉さんとか言ってるわけですよ?
5千も6千も兄弟姉妹がいるならわざわざ義姉さんとか言いませんって」
「初耳だぞそれ……」
「え~、そうでしたっけ?
まあいいじゃないですか」
良くはねーよ、と言いかける。
コンッ、と軽い調子て床に置かれた空き缶に妨げられた。
ため息を一つ、今度は隠さなかった。
「なんでその、M型?
そんなに少ないんだ」
「製造元のやる気がないから」
「ああそう……」
「ていうかだから私とか義姉さんみたいな変わり種なのは当然って言うか」
納得するものはあった。
それでこの義妹は初遭遇からずっと距離感が近いのか。
それでやたらと馴れ馴れしいのか。
「——あ? 変わり種?」
「だから礼賛者ナシの私とか。
礼賛者に超塩対応の義姉さんとか、」
「待て、私のこれ、仕様なの?」
「でしょ?」
今度こそ絶句する。
「あーあー……、なんだそりゃ」
「?」
「なんだよそりゃ、自律偶像らしくないんだよなって悩んでたのなんだって、」
「悩んでたんですか」
「あ。いや」
「悩んでたんですねぇ……」
「うるせぇよ?!」
妙に気恥しくなり安酒を呷って場を繋ぐ。
「やだぁ義姉さんかわいい」
「うぜぇ……」
にへにへけらけらと笑いながら
押しのける気力もなく肩で受け止めて深見沢イリスは深く息を吐いた。
なんだ、そうだったのかと安心もあった。
どうにも他の自律偶像のようになれない自分にあった、一抹の不安は溶けて消えた。
――くっだらねぇ。
苦笑いしながら思わず呟く。
蓋を開けてみればなんてこともない。
まあ、言うほど気にしていたわけでもないのだが。
ガチャ、とドアノブの回る音がして屋上に誰かが入って来る。
振り返ろうとして肩に引っかかった義妹を落としそうになって慌てた。
「ああもう、ピザお待ちどうさま、です」
「おう」
声を聴くまでもなく気配でわかってはいた。
階段を駆け上がって来たのが堪えたのか、モルヒは荒い息を吐いている。
なんぼなんでも体力が無さ過ぎる。
とは思うが、まあモルヒだから仕方ない。
「ちょいちょいツマミ持って来いって命令するのやめてください。
せめて1度で済ませてくださいよ!!」
「
俺は別に酒だけでもいいんだから」
「はぁ。酔っ払いはこれだから……」
ほんとにな、と呟いて。
いつの間にかすーすーと寝息を立てている義妹に苦笑した。
「……てかその夜さんが寝てるってことは。
ぼくがひーこら言いながらピザ持って上がってきたのって無駄ですか」
「そこ置いとけ、俺が食う」
「結局食べるんじゃないですか……」
呆れながらモルヒがそれでも、イリスの手が届く位置にピザの箱を置く。
手を伸ばして一切れ摘まみ上げる、
「義姉さぁん……」
「んぁ? なんだ? ……寝言か」
「寝言ですねぇ」
「要らないなら功さんくださいよぉ……」
「いやなんでだよやらねぇよ」
適当に返しながらピザに食いつく。
視線を感じてほんの少し頭をずらして瞳を動かす。
モルヒがジト目になっていた。
「……なんだよ?」
「そういうとこですよ」
「そういうとこだよぉ……」
「何がだよ……」
呆れ顔でモルヒが空き缶を拾い上げてビニール袋に詰め込んでいく。
しがみついて来る義妹の背中を適当に撫でてやりながら。
深見沢イリスは首をかしげる。
今、自分は何について呆れられたのだろう。
安酒の缶を傾ける。
今夜は月がとても綺麗だ、明日も明後日も。
こんな夜になればいい。
深見沢イリスは、そんな風に思う。
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