モルヒ〔Ⅲ〕:たったひとつの、冴えないやり方


強さとはなんだろうか。

それを定義する事は難しく、容易ではない。


腕力? 戦闘力? 生存能力か?


いずれにせよモルヒは〝弱い〟自律偶像である。

深見沢イリスはさておいて、渋沢功にすら勝てるかは怪しい。

権能オーソリティもなく、実際的な戦闘力も低い。


だがそんな彼にもわかる事がある。



――先のツァンとの対話以来、彼らイリスと功は妙にピリピリしている。

元々自分勝手マイペースな人たちだから、状況が後手後手で、何をすれば解決するかわからないのは苦手なのだろうと思う。


功の方はあの弟?のせいかもしれないが。


彼らは馬鹿ではない、モルヒからみれば2人とも頭がいい部類だと思える。

だがだからこそ解決策に悩み、手の打ちようのなさにストレスを溜めてしまう。


まあ功の方はどうでも良い、とも言えないのがモルヒの痛いところである。

なんやかんやと気に入り始めてしまっているし、何よりその職務上、イリス主人よりも一緒にいる時間が長い相手だ。

そもそも功がピリピリしているせいでイリスの不機嫌さも悪化するのである。

放置はできなかった。




「うーん……」


なんとかしたい。

だがそうやって数日悩んだ後、モルヒは結論した。



「どうにもならないですね」


そう自分の無力さを全肯定した後、モルヒはスマートフォンを手に取る。


自分にできない事は他人に頼ればいい、モルヒはそういう判断ができた。



「あ、ツァンさんですか?」


『やあ、何かな?』


「質問権、使いたいんですけど」


『ふむ、何かな?』


「この死の遊戯デスゲームから無事に逃げ出せる方法を教えてください」



一瞬の間があったあと、無茶苦茶に笑われた。




――だが、それがモルヒという自律偶像の、まぎれもなく強さだった。




**************************************




その日、〝負け犬のねぐら ルーザーズ・ルースト 〟には『貸し切り』の看板が下がっていた。


そもそも客など多くは無い店である、貸し切りなど開店以来はじめての事だ。



いつものスーツ姿で渋沢功は黙々とグラスを磨いている。

深見沢イリスは常の作業着ではなくお出かけ用のお洒落着に身を包み、カウンターの椅子スツールに座ってナッツをポリポリと齧っていた、酷くめんどくさそうに。

モルヒは落ち着かなげにイリスの横に陣取っている。


夜も更けた頃、ドアベルが鳴って客がやって来る。


貸し切りなのだから一般客ではない。

それはモルヒが待っていた相手、イリスが待たされていた相手。



こざっぱりした服装の、眼鏡をかけた男。

眼帯で右目を覆った、パーカーを羽織った小柄な少年。


入店してきた二人組の姿を確認してモルヒは椅子スツールから飛び降り、彼らを出迎える。



「ええっと、穂原映さんとアンヘルさん。

 で、あってますか?」


「……ああ、うん。

 ここが〝負け犬のねぐら ルーザーズ・ルースト 〟で、あってる?」


「あってますあってます。

 どうぞ座ってください、狭いところですけど。

 で、ちょっと待ってくださいね……」



スマートフォンを取り出し連絡先を呼び出しながら、モルヒは功を一瞥する。


「ほら、功さんも。

 何か飲みますか?とか聞いてくださいよ」


「いや、お気遣いなく……」



映の言葉に軽く嘆息しながら、功がカウンター上の黒板を指し示す。


”One Shot ¥2,000”



そこで金とるのかよ!と内心毒づきながら、モルヒは通話先に話しかけた。



「全員そろいました」


『ではスピーカーモードに』



スマートフォンをスピーカーモードにしてからモルヒはカウンターの上、イリスと彼女から2席の空席を挟んで座ったアンヘルと映の間に置く。



『やあやあ。

 聞こえてるかな?』


「聞こえてる」


「聞こえてますよ」



軽薄なツァンの声に、気だるげなイリスの声とメリハリの利いた映の声が応える。



『——では改めて、私はツァン

 まあ何となく察していると思うけど、どちらかと言えば運営側だ。

 その辺の話はともかく、本題に入ろうか。

 モルヒくんの質問に応じてこの状況、”収穫祭ハーヴェスタ”を終わらせる方法を教えよう』



そう、蒼が言う。

かつん、と指先でカウンターの表面を弾いて穂原映が口を開く。



「——それは助かる。

 助かるが、運営側のあんたがその方法を教える理由は?」



『”聞かれたから”だよ、では君は納得しそうにないね。


 私は私と対面した相手に1度だけ、質問を赦す事をルールにしている。

 嘘偽りなく、私が回答出来る事なら絶対に1つ。

 これは私の哲学であり美学であり、生き方であって曲げる事は無い。


 今のは確認であって質問ではない、としておこうか。

 当然だが君にも1度だけ、質問の権利がある。

 良く考えた上で権利を行使したまえ。


 ——疑い深い君のためにもう1つ付け加えるなら。

 私もあまりこの状況を歓迎していないんだよ。

 だから利害は一致している、ここにいる全員のね。


 前置きはこの辺でいいかな?』



「すいませんね、疑い深くて。

 その本題、——”収穫祭ハーヴェスタ”を終わらせる方法というのは?」



『自律偶像をばらまき、そして今その数を減らそうとしている連中。

 彼らはどこにでもいるしどこにもいない。

 実態が無く、末端どころか中枢ですら代替可能な巨大な塊。

 自分たちが巨大な何かの一部だと自覚していない集団。

装置システム〟とでも呼ぼうか、故にこの連鎖するドミノを止めるのは困難だ。

 ただ、この収穫祭それ自体には主催者がいる』


「それは?」



イリスが半眼で問いかける。

面倒くさそうな態度は変わらないが、先ほどまでよりいくらか真剣に。



『〝三愚賢ザ・トライアッド〟。

 メルキオール、バルタザール、キャスパー。

 ……という呼称を割り当てられている3名だ』


「東方の三博士、か。

 救世主メシアでも探してるつもりかね」



映の言葉に蒼が薄く笑った、ようだった。



『まさしく。

 そういう目的らしい、と聞いている。

 さておき彼らを排除するという方法は現実的ではない。

 どこにいる誰なのか不明瞭だしね。

 そもそも排除したところで次が用意されるだろう』



「まるで手の打ちようがないように聞こえるが。

 わざわざこんな場を用意しているところをみると何かあるのか?」

 


グラスを磨く手を止めないまま功が言う。



『もちろん、ある。

 彼らは責任者であって実行者ではないってのが重要だ。


 そして、一枚岩でもない。

 ”収穫祭ハーヴェスタ”の推進者はキャスパー。

 バルタザールは賛成派、メルキオールは消極的反対派。


 実際にこの”収穫祭ハーヴェスタ”を運営しているのは、キャスパー直参の契約主従アロイ忘河アムネジア〟と、バルタザール直轄の〝極狼ポラリス〟だ』


「〝永夜アウロラ〟ってのは?」



映がモルヒには聞き覚えの無い名前を出す。

視線を走らせるが、功もイリスも知っている名前ではなさそうだ。



『メルキオール直下の自律偶像だね。

 君をここに来るよう誘導したもの〝永夜アウロラ〟だろう?

 直接的に妨害する事はなくて、もその程度の動きはするって事。

 、まあ彼らは一枚岩ではない』



「なるほどね」



かつん、と指でまたカウンターを弾いて穂原映が頷く。



「ロングアイランド」


映がまたモルヒには意味の分からない単語を口にし、彼の自律偶像アンヘルがごそごそと懐から財布を取り出して千円札を2枚カウンター上に置いた。


功が無言でカクテルを作り始めるのを見て、それがカクテルの名前だと理解する。



「ギムレット」


対抗意識を燃やした(ようにしかモルヒには見えなかった)イリスが呟く。

功は軽く嘆息。

こちらは金を出すそぶりもない。



『続けても?』


「あ、お願いします」


自分が金を出すべきか迷っていたモルヒは蒼の言葉に慌てて先を促した。



『というわけでこの2組の契約主従アロイを無力化するのがだ。

 淘汰の対象には〝斡旋屋ミディエイター〟も含まれているからね。

 いまさら彼らを使って継続する事は実質的に不可能だろう、協力は望めない。

 よって〝忘河アムネジア〟と〝極狼ポラリス〟を排除すれば、止まる。

 少なくとも再開には数十年単位を要するだろうし、その間に方針も変わるだろう。

 君たちの身が危険にさらされる事は無いと思うね』



 褐色と言うよりほとんど黒く見えるカクテルロングアイランド・アイスティーを一息に半分ほど呷り、穂原映は再び指先でカウンターを数度叩く。



「言うほど簡単な話には思えないが」


『私は方法を聞かれただけだよ。

 現実的かどうか、実現の可能性の高低までは知らない。

 少なくともゼロではないとは思うけどね」



薄く黄色味を帯びたカクテルギムレットをちびりと口に含み、深見沢イリスが目を細める。




「強いのか?」


「まあ、強いですね」


イリスの問いかけに映が微笑みながら答える。



『ちなみに条件としては同時排除、というのも含まれる。

 片方だけの排除では、もう片方が逃げ隠れする可能性が高い。

 さすがにそうなるとこちら、きみたちでは手札が足りないだろう』


「無理難題だな。

 ……〝極狼ポラリス〟はまだしも、俺たちに〝忘河アムネジア〟は手に負えない。

 権能オーソリティを含め、相性が悪過ぎる」


映が眉を寄せながらカウンターを叩く。

イリスはその音が気に障るのか、同じように眉をしかめたが何も言わなかった。



「だったらこっちがその〝忘河アムネジア〟とやらを相手するしかないな。

 で、質問があるんだけど?」


イリスが二口目を軽く呷ってから映に問いかける。



「何でしょう、お嬢さん?」


愛想よく微笑みながら穂原映が応え、モルヒは少しだけムッとする。

ぼく礼賛者ピグマリオンに色目を使うな。



「そのオーソリティってなんだ」


「は?」



あっけにとられたように映が声を漏らし、アンヘルの方に視線を向ける。

アンヘルは黙って首を横に振る、その意味するところは「嘘ではない」という意味だが、モルヒには当然それはわからない。



「……自律偶像ガラテアが有する固有の能力、のようなものです。

 本当に知らないので?」


「知らん。

 俺にはそういうのないぞ」


「彼女は権能オーソリティ持ちです。

 ただ、無自覚に行使しているようで、意識して使うものではないようです」



アンヘルが映の袖を引いて、小声で囁く。

主人にだけ言ったつもりなのだろうが、狭い店内でそれは無理な話だった。

モルヒにすら聞こえていたし、当然イリスや功にも聞こえているだろう。


へぇ、とイリスが呟くのがモルヒにはわかった。



「〝忘河アムネジア〟の権能オーソリティというのは?」


それまで黙ってグラスを磨き、カクテルを出すのに徹していた功が口を開く。



「読心、心を読む。

 それと記憶消去だ」


「読心の射程は50mほど、記憶消去の方は頭部に触れるのが条件です。

 裏返せば頭部に触れさせず、物理的な戦闘力で上回れるなら勝ち筋はあるかと。

 具体的には首から上に触れさせさえしなければ記憶消去は免れます。

 イリスさんの権能オーソリティは比較的、相性が良いと思います」


映が言い、彼の自律偶像アンヘルがそう補足する。




「あんたのはそういうのがわかる能力って事?」



興味深げにイリスが問い、アンヘルは主人の方を一瞬伺ってから頷く。




「はい。

 相手の権能がどういうものかわかる、というのが僕の権能です。

 精度は…、それなりに信頼していただいていいかと」


「へー。

 じゃあ俺の権能ってのも、」


「……止めておけイリス。

 相手が読心能力持ちなら俺たちは知らない方が良い。

 気になるなら全部終わってからにしろ」


功が釘を刺し、イリスは軽く肩をすくめて見せるがさほど不満そうではない。

状況が判断できないほど彼女モルヒの主は愚かではない。


ふと、アンヘルが視線をモルヒに向ける。





「そちらの彼は、」


「あ、俺のガラテア」


「自律偶像が自律偶像を…?」


「凄いだろう」


「……規格外ですね」



だいぶん気を使ったらしい言葉でアンヘルが評価してくれた。



「ちなみにぼくの権能っていうのは」


「……ありませんね」


「ありませんか」


「残念ながら」



期待はしていなかったが断言されると地味に凹む。




ともあれ、方針は決まった。



極狼ポラリス〟を穂原映とアンヘルが。


忘河アムネジア〟を渋沢功と深見沢イリスが。


それぞれが排除に成功すればこの殺戮劇は終わり、日常が取り戻せる。




「あとは連中の居場所だが……」


『今のところ油断、というか自信があるから逃げ隠れはしていないね。

 そのくらいは私が調べてあげよう、まあこれはサービスってことで』


「助かる」


「準備に数日欲しい、さすがに無策では挑めない」


「何か手助けがいるか?」


「あまり期待していないが。

 手に入れたいものがある。

 もし手に入るなら助かるが」


「物によるな」



功と映が言葉を交わす横で、イリスは椅子から立ち上がり、ん~と背伸びをする。

それからアンヘルに歩み寄り拳を突き出す。


アンヘルがいぶかしげな表情をしたのも一瞬、微笑みながら拳を突き出した。




拳同士が軽くぶつけられ、イリスは口元を緩めて、言う。



「んじゃ、負けんなよ」


「はい。そちらも御武運を」






かくて本日初めて顔を合わせた彼らは。

生き様も価値観も違い、本来交錯する機会すらなかった2組5人は同盟を結んだ。



おそらくこの戦いが終われば2度と顔を合わせる事もなく。

それでも確かに彼はこの瞬間だけ、戦友だった。





 











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