モルヒ〔Ⅱ〕:質問です


休日をどのように過ごすか。


単純だが、奥深い問いではある。



概ねそこに性格のほとんどが出ると言っても、ある意味で過言ではないだろう。




渋沢 功は、休日を安楽椅子の上で過ごす。


大抵の場合は洋書を手にしているか、あるいは胸の上に載せてうたた寝している。

内容をきちんと読んでいるのか、理解しているのか、モルヒの視点ではわからない。




深見沢イリスは、休日に家に居る事がない。


・・・・・・というか、バイトを掛け持ちしているらしく、いつが休日なのかわからない。

夜眠るとき以外は家に居ない印象しかないし、休日がそもそもあるのかどうか。

あったとして、モルヒは休日に何かに誘われた記憶もない。。



一度だけ、女友達とTDLだかTDSだかに行って来ただのと言っていた気がする。


・・・・・・自律偶像ガラテア礼賛者ピグマリオンほったらかしで泊りがけの旅行に行く、というのがまず理解不能の所業ではあるのだが、そこは深見沢イリスである。

モルヒもいい加減そのあたりは理解しあきらめがついてきた。



イリスに放置されるのにも段々なれてきた、が。

これは自律偶像ガラテアとしては良くない傾向なのではないだろうか。


ともあれイリスが望むのであるから、よくない傾向もなにも問題なくはある。


対して。

功の護衛という仕事タスクを与えられている以上、ほいほいと出歩くわけにも行かず。

モルヒの休日の過ごし方はおのずと制限される事になるのだ。




**************************************




イリスとの主従契約から数週間が過ぎた頃には。

一応はモルヒも、自分なりの娯楽を得ていた。


つまりネットである。


もっと言うなら M M O ・ R P G マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームであった。


ようはネトゲ。

光の戦士となって高難易度レイドに挑んじゃったりなんかしていた。


フレンドと徹夜上等で連続レイドを消化し。

休憩挟むべーと音声通話ボイチャで挨拶を交わし。

ヨレたスウェット姿で居間リビングの冷蔵庫から1ℓリットルコーラのペットボトルを引っ張り出して、ラッパ飲みで水分とうぶんを補給する。




――自覚はないがだいぶ見苦しいモルヒの姿がそこにあった。



冷蔵庫に戻すかそのまま自室に持ち帰るかで数秒悩んだのち、ペットボトルを片手に自室に戻ろうとしてモルヒは硬直した。


渋沢 功が青色系のスラックスにピンクのシャツという私服で立っていた。

あまつさえイリスが甲斐甲斐しく(?)ネクタイを整え直してやっている。


一瞬イラっとしたが夫婦というよりは兄妹のそれだったのでキレずに済んだ。


対してイリスの方は濃い目のグレーのスキッパーワンピース姿。

相変わらず僕の礼賛者ピグマリオンはかわいいなあ、うんうん、と。

頷きながら自室に戻ろうとして、気付いた。




「――えっ、何してんですか」




明らかに仕事着ではない。

功はいつものスーツ姿ではないし、イリスはいつもの作業ツナギではない。


モルヒが初めて目にするお洒落をしたイリスだった。



待って欲しい。


そんなの聞いてない。




「……何って、出かける準備だけど」



何言ってんだこいつ?という顔でイリスに返されてモルヒは愕然とする。


この2人が、連れ添って、いわんやおしゃれをして、出かける…?

そんなバカな。



「嘘だァ?!」


「いや意味わかんないしなんでキレてんの。

 ていうかモルヒも着替えなよ、とっとと」


「あっ僕も行って良いんですね?!」


「いやいいから来いよ」



かわいらしい服装に似合わぬ挙動。

腕組み舌打ちから半眼で睨むというチンピラ仕草を見せるイリスに。

慌ててモルヒは自室に飛び込み着替えようとドアを開け、そこでまた愕然とした。



「出かける服がない?!」


「引き籠りかおまえは」




さもあらん。

名実ともに引き籠りである。

そもそも出かけるような自由をイリスが与えていないのだから、必然として引き籠りになるしかないのだが、そこは全く考慮せずイリスが呆れたようにつぶやく。


一応、功の仕事に同行して仕事をしてはいるがそれこそ裏方である。

ろくな服などあるはずもなかった。


あわあわわと部屋をひっくり返すモルヒだが、当然出かけるための服など最初からないのである。

ひっくり返したところでなにか出て来るはずもない。


絶望顔をして立ち尽くすモルヒにばさ、と丸められた布地が投げつけられ。

モルヒは慌ててそれを取り落とさないように受け止めた。




「それ、着なさい」


言いながら。

投げたのはイリスであり、つまりこれは服であるということだろう。

これから出かけるための。


イリスが、自分のために用意してくれた、服!


テンションが爆上げした。




「ありがとうございますイリスさま!」


「いや素直にキモい」



イリスの罵倒もなんのその。

モルヒは布地を広げて着用しようとして、硬直した。




「これ女物じゃないですか?!」


「や、それしかないんだから仕方ないでしょ」


「あっもしかしてイリスさまの?! それはそれでアリで、」


「ストレートにキモい。

 そういうの要らないからとっとと着ろ。

 ちなみにそれ買ったは良いけど何となく着る気しなかったやつだからやる。

 というか返すな」



主人イリスから下賜された服、というだけで謎にテンションを上げてモルヒはそそくさとワンピースを着用する。


先のグレーのスキッパーワンピースとはまた別の、こちらはピンクのカシュクールワンピースと呼ばれるデザインものだったが、さすがにモルヒにはそこまでは区別がつかない。




「着ました!」


「いやなんでモタつきもせずに着れるのなんで手慣れてるの」


「いつかイリスさまのお着替えを手伝うために下調べを!」


「いや未来永劫その瞬間は来ないから。

 無駄な努力やめろ」


「そんな?!」


「似合ってるな」



自分のネクタイ位置が気になるのか黙って調整を続けていた功がぼそりと言う。



「いや確かに似合ってるけども。

 ウィッグでもつける? モルヒ」


「えっいいんですか」


「あっやだ功どうしようこいつ普通にキモいんだけど」


「そうか?」



わちゃわちゃと揉めた。



――出発予定時刻が1時間遅れた。




**************************************




渋沢 功の愛車は、よく手入れされた外車だった。


外車と言ってもモルヒからすると、あまり高級そうに見える車ではない。

こじんまりとした丸っこい車で、狭いし古臭いし安いんだろうなと思えた。


まあ車なんて人と荷物を載せて走れさえすれば問題は無いと思うが。


ミニとかいう、名前通りのその赤い小さな車はまあまあ軽快に走っていた。

イリスのお気に入りらしく、終始彼女はご機嫌そうだったのはまあ良いのだが。


半面、モルヒ自身はとても不機嫌だった。

運転席が功で助手席がイリスなのだから消去法で後部座席がモルヒなのである。




イリスが窓を全開にしているせいで車内は風音がひどくうるさかった。

うっすらとイリスのものらしい鼻歌が聞こえて来る。



「で! どこに行くんですか!!」



風音に負けないようモルヒはそこそこの大声で叫ぶが、当然のように返事はない





**************************************




1時間ほどかけて3人が到着したのは、海沿いの倉庫街だった。


時折、食堂やコンビニのようなものが混じる他は、ずっと倉庫が並んでいる。

あとは大型車両向けらしい広めの駐車場が広がる、そんな地区エリアだった。


生まれて初めて嗅ぐ潮の香りに、「ああこれが海の匂い……」と感慨を覚えながらモルヒは車から降りる。

足元がスース―するがそっちについては深く考えないことにする。





「で。どこに行くんですか?」



改めてモルヒはそう問うた。


そもそもとして3人揃って出かける事そのものが前例のない事態ケースである。

まずイリスが誰かに、というか功と足並みを揃えるというのが異例だった。


主従関係アロイだというのに功とイリスは行動を共にするイメージがない。

まあ、それを言うとイリスとモルヒも大概なのだが。

深く考えると悲しくなるのでそれは考えない事にしておくモルヒだった。



果たして、イリスは返事をせず、髪先を指で神経質な仕草で弄って無言。


功は軽く首をひねった後、言葉を探すように視線をさまよわせている。



――なんだこれ。


モルヒは目の前で起こっている事態に対して理解が追い付いていないのを自覚する。




緊張している? この2人が?


傍若無人というかマイペースというか。

もっとシンプルにツラの皮が厚いと言ってしまっても良いのだが。


他人の気分や感想など知った事ではないといった態度を常にとっているこの2人が。

まあなんとかなるだろう、と常に楽観していそうな2人が、緊張?





「――人に会う」



数秒の間を置いて結局、功はそれだけを口にした。

イリスは何も言わず、妙に周囲を気にしている。




人。

いったい何者なのだろう。




「はあ、何者なんです?」



モルヒの素直な問いに、今度こそ渋沢 功ははっきりと首をかしげてイリスを見た。

視線に気づいたイリスも功を見て、何とも言えない表情を浮かべる。




「まあ、……会えばわかる」


「説明し辛い」


「めちゃくちゃ不安なんですけど……」




不安を隠そうともしないモルヒを放置して、功はポケットから古びた鍵を引き出す。

全部で3本、金属の輪にまとめて通された鍵で、どれも同じように見える。


金属音を響かせて功が手の中で鍵を揺らす。

なんとなくのぞき込むと鍵には数字が彫り込んであるようだった。


と刻まれた鍵の中から、Ⅰを手に取って功は歩き出した。



倉庫の群れの一角、鉄扉の1つに功がその鍵を差し込み、捻る。

重い音を立てて鍵が解かれ、イリスがハンドルを回して鉄扉を開けた。


その先、また鉄扉があった。

今度は功が鍵を開ける前にイリスがハンドルに手をかける。



「……よし、開いてる」


「引っかからなきゃいいんだが……」



よくわからない事をイリスと功が言い、今度は功はの鍵を手にし、イリスが2つ目の扉を開けた。


その先にはまた扉、3つ目の扉にイリスが手をかける。

鍵がかかっているらしく、首を横に振って見せてからイリスは黙って脇に退いた。


功がの鍵を差し込み、捻る。

鍵の開く音、イリスがハンドルに手をかけ3番目の扉を開ける。


また扉、4つ目の扉はイリスがハンドルを回すとあっさりと開いた。

功は手にしていた4番の鍵を無言でポケットに戻す。



5番目の扉を前に、イリスが無言でハンドルに手を伸ばした。




「これで鍵かかってたら全部台無し……、頼むから開いててよね」



イリスがつぶやく。

ぎ、と音を立ててハンドルが回り、イリスは安心したかのように息を吐く。

功もまたなにも言葉にはしなかったが、安堵しているかのようだった。



なるほど、とモルヒは得心する。

これはある種のセキュリティというか、入場制限なのだろう。


おそらく、扉は建物の所有者の都合で適当な数が施錠される。

そうすると施錠された扉に対応する鍵を持っている人間しか入れない。

施錠する扉と対応する鍵の持ち主の情報があればが可能というわけだ。


5番目の扉を超えた先は極々普通にコンテナの並ぶ倉庫だった。


普通に、とはいえその光景は中々に混沌カオスだった。

縦横1mから2mほどの、色もサイズもばらばらの正方形のコンテナが乱雑に積み上げられている。


あちこちにコンテナが小山を作り、照明が弱いのか薄暗い倉庫に果ては見えない。


なんとはなしに近寄ってコンテナの1つを見る。

54725と描かれている、隣のそれは38226、その隣も特に連番ではない。

ふちには8桁の回転式数字ダイアル錠がくっついていた。



「……これ、何が入っているんでしょう?」


振り返って訪ねてみるモルヒだったが、イリスと功からの返事は2人揃って肩をすくめる仕草のみ。

モルヒは段々不安になって来た、よくわからない場所だとは思っていたが、この二人もそうわかっているというわけではないようだ。


――何なのだろうここは。


そもそも何をしに来たのだろう?


モルヒがそんなことを思いながらイリスを見る。

ちょうど、周囲を見渡していたイリスが目を細め、無言で手招きして歩き出した。

功も特に何も言わずにその後に続く。

日頃から口数の少ない男ではあるが、意図して黙っている風にも見える。


だからモルヒも(彼にしてみれば珍しい事だが)イリスの招きに無言で後に続く。



コンテナの小山を迂回しながら10数mほども進んだだろうか。

こつん、かつんと何かがぶつかる音が聞こえる。


イリスが目指しているのがその音の出所だとややあってモルヒも気づいた。




――その男はコンテナの山の上に腰かけ、足をぶらつかせながら笑っていた。


こつん、かつんと不規則に響く音は男の靴のかかとがコンテナを打つ音だったのだ。


モルヒは、眉根を寄せて男の姿を見つめる。


特別な服装でもない、くたびれたグレーのスーツ。

特別な容貌でもない、くたびれたアジア系の中年男性。

記憶に残らない、なんともいえない顔立ち。


そう、どこにでも居そうな男だ。

だからこそモルヒは眉根を寄せたのだった。


こんな状況シチュエーションで出会うには、男はあまりに普通過ぎた。



にやりと、モルヒの内心を見透かしたように男が笑った。

その視線は、その深く蒼い瞳はモルヒをぼんやりと見つめている。



「渋沢 功と深見沢 イリスはお久しぶり。

 そしてはじめまして名も知らぬ少年。


 自己紹介は大事なことだ。

 だから名乗ろうと思う、私はツァンと言う。


 そしてここは私の城、私の領地。

 だから私のルールに則って、1つ儀式に付き合って貰おうと思う。


 ——さあ少年、1つだけ問いなさい。

 1つだけ答えてあげよう、私に答えられることならね」



モルヒは再び困惑する。

振り返り、主人イリス馬鹿を見た。


2人は無言。

おそらく助言をしないというのも、この男の課すルールなのだろう。



自律偶像の少年モルヒは暫し悩み、悩み、悩んで、結論した。

背を伸ばし、口を開き、真っすぐに男を見る。



「——はじめまして、ぼくはモルヒと言います。

 イリスさまの自律偶像です。


 質問です。

 ぼくが今、一番知るべき事を具体的に教えてください」



「なるほど。

 なるほどなるほど。

 さかしい問いだね。

 ——だがそれは良くない質問だ」



男が目を細め、モルヒを見た。

モルヒもたぶん同じような目つきで男を見ていた。













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