モルヒ〔Ⅰ〕:D 328

自律偶像ガラテア礼賛者ピグマリオンの関係とは何か。


恋慕、愛情、執着、依存。

言葉にすればそのいずれも違うし、いずれをも内包していると言えるだろう。


全て。

そう言ってしまっても過言ではないがそれでもすべてを語っているとは言えない。



ともあれ。

目下の問題は金である。

現実は世知辛いものだ。


自律偶像は人間よりは頑丈に出来ているし小食でも生きていけるとはいえ。

全く食事を必要としないわけではないのだ。


衣食住すべて、ないと困るものである。

そしてそれらには当然、金がかかる。


そして自律偶像には人間としての戸籍はない。

背景がない、過去がない。

つまるところ就職ができない。


自律偶像・モルヒの主人ピグマリオンは深見沢イリスである。


彼女がモルヒに望むことは、渋沢功を守る事。


つまり、この結果は必然であると言えた。





――モルヒは、働いているのだった。





**************************************





午前1時AM1:00時過ぎ、〝負け犬のねぐら ルーザーズ・ルースト 〟の厨房。


モルヒは電子レンジのなかでぐるぐると回るレトルトピザをぼんやりと眺めていた。



経緯としては簡単である。

モルヒの目下の為すべきことは2つ。

金を稼ぐことと、渋沢功の護衛。


顔にキズのある身長190cmほどの、何やら過去にありそうな店長に。

功があっさりと話を通した事でとんとん拍子でそういう事になった。


負け犬のねぐら ルーザーズ・ルースト 〟の厨房勤務。

渋沢功の助手、いてもいなくても大差ない新人店員。


つまり、モルヒの職務とはそういう事になっている。



まず、あの店長が普通ではない。

功は興味がないらしく、彼の背景を全くと言っていいほど知らなかったが。


モルヒは気になった。

なにせ雇用主である。


なので異常に、それこそ功より口数の少ない店長に必死に話しかけた。


わかったことは多くはない。


昔、海外のどこかで用心棒バウンサーをしていたこと。

身体の不都合、後遺症が残るレベルの怪我を負って引退した事。

日本に移り住んだこと。


金はあったが生きる上でやりたいことが見つからず。

たった1つ、身の上に残ったものとして、用心棒に返り咲いたこと。


そのために、わざわざ自分の店を、場末のBAR酒場の経営をはじめたこと。


いちいちあれこれと詮索してこない、無口な店員を雇ったこと。




モルヒが聞き出せたことはまあ、その程度で、それが全てだった。


つまるところ、その店が〝負け犬のねぐら ルーザーズ・ルースト 〟で、

その店員というのがつまり、他ならぬあの男、渋沢功である。



功との雇用関係は相応に長いらしく。

モルヒを助手に使いたいとの要求は、「そうか」のたった一言で了承された。


店を、というか用心棒を続ける事以外に本当に興味がないらしい。


まあ、まごうことなき変人である。



そして店員と店長がこれなのだから、その店の常連客も大概だった。



ぐるぐると回る電子レンジから目をそらし、厨房から顔を出して店内を見渡す。



――本日の客は3人、この店の常を考えるなら大入りも大入りであった。


往々にして0人の日も週の半分を平気で数えるし、そもそも6つしか席がない。




一人は、数少ない本当の意味での常連客、週に2~3度は顔を見る男だ。

本名はわからないが”フィーコ”と名乗り、周囲からもそう呼ばれている。


顔は大したことが無く、背はそこそこ、肉付きは普通、だが何より化粧がケバい。


男が化粧をするな、などと前時代的なことを言うつもりはモルヒにもないが。

ただただ純粋にケバい、見苦しい、顔がうるさい。





なお、モルヒのいう「大した事のない顔」という評価はあまりあてにはならない。

なにせ、比較対象が自分とイリスと功である。


自律偶像はその成り立ち上、容貌が優れている。

絶世の美少女と呼んで差し支えないイリスと、控えめに言っても美少年のモルヒ。


この時点でまず平均値として信用がならない。

加えてここに渋沢功を平均値の計算に入れるのがまずいのだった。


功自身は全く意識していないし、イリスも特に語ることはなく。

店長はそもそも言葉をろくに発しない、そういう状況のせいで気付かれていないが。


渋沢功はいわゆる美形である。

細かく言うなら童顔の、やや瞳の鋭い、陰のある美形、と言ったところになる。


どの程度の美形かといえば。

フィーコが週2から3で通い詰めているのが功目当てという時点で察されるか。




慢性化している目の下のくまを、それこそ化粧で隠せば文句のつけようもない顔立ちなのだろうが、当然そんな手間をかけるような功ではなかった。



まあ、何にせよ。

モルヒのフィーコへの評価は辛口気味ではあった。

実際は、平均値よりは上ではあるのだが、モルヒの評価には値しないのだった。



客の2人目はたまにフィーコとつるんでいる女、ランと周囲からは呼ばれていた。


こちらもモルヒ視点では化粧が濃い。

もっとも、基本すっぴんでしか過ごさないガラテア基準のことではある。

世間的には普通というところだろう、容貌の美醜を含めてフィーコと同列。

平均よりは上だがモルヒ的には大したことがない。


ただし、顔がうるさいという印象にはならなかった。


――服がうるさい、というのがモルヒの印象だ。


鋭角な肩パッド、紺、赤、茶、橙と言った混沌の原色に彩られた布地。

マキシ丈の、腰を絞ったシルエットは格好が良いが、とにかく色が派手だった。


目がちかちかする、こんな服日常、普通に着ているやつがいるのか、と驚いた。


たまにフィーコの提供する話題に反応はしているが、基本的には凄い速さでスマホのフリック入力を繰り返しながらビールをあおっている。




そして3人目は、初めて見る顔。

名前は知らないが、フィーコはマミヤだかと呼んでいたように思う。


スラックスにワイシャツという無難な服装で、顔立ちにも特に特徴はない。

強いて言うなら美形度で言えば功未満、フィーコ以上というところ。


フィーコがナンパに珍しく成功したらしいのだが。

見たところ距離感はいいところ友人と言ったところで。

今夜もフィーコは惨敗するのではなかろうか。


酒代だけしっかり奢る羽目になるんじゃないかな、とモルヒは予想していた。



愉快な連中だなあ、とモルヒはしばし眺めてから電子レンジへ向き直る。


これは本来、モルヒの夜食まかないだが、フィーコが腹が減ったとうるさいので半分くれてやる事になっていた。

いい迷惑ではあるが、さすがにモルヒもそこで腹を立てるほど狭量ではない。


そもそも何か食べさせておけばその間(だけ)は静かになるのであるし。



一応、警戒はしている。

3人とも自律偶像に特有の紫の瞳ではない。


それはきっちり、最初に確認済みだった。



自律偶像は、純粋である事を望む、というか強迫観念めいたがある。


礼賛者にとっての唯一無二、純然たる従僕としての存在定義がそうさせるのだろう。

カラーコンタクトはもとより、化粧にすら抵抗があるのだ。


彼らは、自身に余分なものを付け加えたがらない。

モルヒ自身がそうであるから、わかる。


なんならそれは物理的なものにとどまらず、例えば苗字を嘘であっても名乗るとか、そういう行為すら忌避する面があった。


苗字とは、血族に所属するという表明ラベルであり、ある種の呪いであるから。

真実、礼賛者にだけ帰属し、従属する存在である彼らはその呪いを拒むのだ。


それらの雑多な思考もまた最後には彼の主人イリスに回帰する。


――そういった意味で、やはり”深見沢”イリスは異端である、という思考に。



彼女には名字がある、

どころか、どうやら戸籍を持っているらしい。


何故?とは思ったが特に説明はない。

最初からあったわけではなさそうではあったが。


どうも大っぴらに言えない手段で獲得したらしい、というのは薄っすら感じていた。


積極的に自ら労働に励むのはその辺りが理由らしい、というのも察していた。



そんなことを考えているうちにレンジは回るのを止めていた。

熱を帯びた皿を引っ張り出し、レトルトのピザをひと切れ口に運ぶ。


……やはり、というか。

レトルトのピザではこんなものか、と半切れ口にしてため息をつく。


イリスとモルヒの食事は功が作っている。

店ではめんどくさがってやらない、というか酒場なので料理をする事はないのだが。

渋沢功の料理の腕はまずまず、上等な部類である。


自分が食べたいものしか作らないのでレパートリーは偏っているが。



「もういいや、全部フィーコにあげよ」



厨房を出てカウンターの中にいる功に皿を刺し出す。

功はそれを無言で受け取り、フィーコの前に置いた。


ランがモルヒに気づいて軽く手を振って来たので振り返す。

フィーコに気づかれると面倒なのでとっとと引っ込んだ。


厨房の隅に置かれたパイプ椅子に腰かけ、ため息をつく。

仕事らしい仕事がないので、モルヒは常に暇を持て余している。


「まあ、座ってれば給料もらえるんだから文句も言えないけど」


「ほんとにね。楽そうでいいわ」


「うぇっ?!」


不意に真横からかけられた声に変な声が出た。

振り返るまでもなく声で誰かはわかっていた。


「イリスさま?!」


「おう。てか何、今日客多いの?」


ちらとカウンターの方を眺めながら、いつもの作業ツナギ姿のイリスが目を細める。



「ええまあ、珍しく」


「ちぇ、しくったかなあ。まあいいか」


「?」


「功がはけたらご飯食べに行くから」


「あ、はい。え? 外食? この時間に?」



『ぼくの三なる宝球入りカウンターウンパスで師匠のゴブリンデッキを倒しただけなのに、キレて帰っちゃうの酷くない?!』



「え、何?」


カウンターの方から聞こえたのはフィーコのさけび

一応、聞き耳を立てていたモルヒだったが何を言っているのか理解はできなかった。

というか何語? 日本語? 何の話?



「えぐい」


「えぐい?」


勝手知ったる何とやら、パイプ椅子を勝手に引っ張り出して来てモルヒの横に座ろうとしていたイリスが、意味が分かったのか眉を寄せて呟く。



「なんでもない。てかあいつ何してたの今日?」


「え、えっと。

 トレカショップ?だかでイケメンにカードゲーム習ってたとか?」


「ああ。……だいたいわかった。

 そういうことあいつ、悪意なくやるよね……」


「何の話です?」


「たぶんだけどその教えてくれた誰かをメタデッキでボコったんでしょ。

 それも恐らく財力に物を言わせて」


「はい?」


「まあ、いいよ。わかんなくて。

 ……俺は仮眠とるから、功が帰る頃に起こして」



言うなり、腕を組んだ姿勢で、かくんと頭が前に垂れて寝息を立て始めるイリス。



「寝つき、恐ろしく良いよなあ、イリスさま……」



折角話し相手が現れたと思ったら、これだ。

だがまあ、モルヒに不満は無かった。


主人イリスの寝顔をそっと横目に眺めながらそう思う。





**************************************




ほどなく、ランは帰って行ったようだった。


フィーコは相変わらずぎゃーぎゃーと一人で喋っていたが、2時を過ぎ、閉店が近付いた頃、功がそろそろ帰れ、と割と直截に告げてふらつきながらも立ち上がったようだった。



「や、すいませんね」


と朗らかに挨拶したのはマミヤと呼ばれていた男。

フィーコに肩を貸しながら立ち上がる姿は、まさにさわやかな好青年という様。


功は黙って出口を示し、マミヤは薄っすらと笑った。



「この店、感じ良くて気に入りました。

 また、今度は独りで来てもいいですか?」



その言葉に、一瞬だけ間をおいて功は頷いたらしかった。


マミヤはフィーコに肩を貸しながらしっかりとした足取りで出ていく。


イリスが(寝ているが)待っているので店じまいを手伝おうと厨房から出ようとしていたモルヒは、功の態度を見て首をかしげる。



「何か?」



「……いや、なんでもない」


「はあ。戸締り手伝いますよ、イリスさまが待ってるんで」


「ああ」



てきぱきと広くもない店内を片付けると、戸締りの準備はすぐに済んだ。

閉店時間まで10分ほど残っていたが、その辺はあまり店長もうるさくはない。





**************************************




店長に挨拶して、3人は路上に出る。


先頭はイリス、その後が功で最後尾がモルヒ。


モルヒとしてはイリスに並びたいところだが、功の護衛を仰せつかっているのでそうもいかないのが辛いところだ。



ふと、功が足を止める。


はよ行け、と背中をつつこうとして、その視線の先に気づく。


30mほど先だろうか。

マミヤと名乗ったあの男が、馬鹿でかい犬を伴って歩いているのが見えた。



「でっか」


「あん? あれ、間宮じゃん」


同じように気づいたイリスがぼんやりと口を開く。

驚いてモルヒはそちらを見る。

イリスの交友関係はよくわからない。



「え、イリスさま知ってるんですか?」


「あー、うん。ちょっと喋ったくらいだけど。

 なんかあれ、アイリッシュウルフハウンドだったかな。

 すごいおっきな、ああ、あの犬。

 連れて深夜に散歩してるの、交通整理のバイトしてるときに何回か見たわ」


「へぇ」


「でかいから昼間に散歩してると色々めんどうなんだとか」


「ああ……」



言われて、遠ざかっていく1人と1匹を見やる。

体高で1mほど、体長で尾の先まで2mほどもありそうに見える。

確かにあの巨大な犬を連れて昼間うろうろするのは悪目立ちしそうだ。



「撫でさせてくんないんだよなー、あのわんこ」


「撫でても良いですよ、ぼくのことなら、いつでも」


「はぁ?」



ないわー。と呟いてイリスは前進を再開する。

つれない。



すたすたと歩くイリスは手にメモらしきものを持って、それを眺めている。


「で、どこに行くんです?」


「うどん屋。

 美味い店があるってバイト仲間のおっさんから聞いたから。

 ほら行くよ」



うどん、と聞いてモルヒはちらりと功を見る。

どちらかと言えば功は和食より洋食、そば・うどんよりパスタを好む。


共同生活の中でそのくらいはわかりつつあった。


だが、功はとくに不満を表明するでもなくイリスの後に続く。

この2人の力関係はいまだによくわからない。





**************************************





「あー、ここだここ」



5分ほど歩いてイリスがそう告げたのは、うっすら明りを漏らす路肩の建物だった。


なるほど言われてみれば食堂の風ではある。

とても初見でそうとは思えなさそうだし、入る気にはなおさらならなさそうだが。


木の板が、入り口らしいアルミサッシの横に雑に投げ出されていた。

”隠”の一文字が達筆な筆字で書かれている。


おん?」


なばりうどん、って言うらしいよ」



言いながら全く躊躇なくイリスがサッシを開けて入っていく。

恐れを知らないというか、なんというか。


功も特に躊躇なく後に続き、モルヒだけがおっかなびっくりという態度で入店する。



店内はがらりとして人気ひとけは無かった。

時間帯と店のありさまをみればさもありなん。


入口付近は薄暗く、奥ののれんの下がったカウンターだけが照明に照らされている。


どっかとイリスはカウンターに座り、「なばりうどん2つ~」と迷いなく言い切った。

教えてくれたとかいうバイト仲間にお勧めメニューも聞いていたのだろうか。



「モルヒは何にすんの?」


椅子を回しながらイリスがモルヒに問うてくる。

功は尋ねすらしなかった、というか同じものをとっくに頼まれている。

相変わらず功は特に不満を言うでもなく、黙ってイリスの横に座る。


モルヒは功とは逆側、イリスの横に座って立てかけられていたメニューを手に取る。



「……えっと、じゃあ親子丼を」


「モルヒはな~、そういうとこだよね。

 そこは同じもの頼むでしょ普通、空気読めよ~」


「横暴……! いいじゃないですか親子丼好きなんですよ」


「悪いとは言ってないけどさ」



深見沢イリス、暴君である。



言ってる間にのれんからヌッと太い腕が突き出てどんぶりを置く。


早い。


イリスと功の前に置かれたのは、何の変哲もない普通のうどんだった。


具はちょっとだけ変わっている。

つまようじで閉じられた、パンパンに膨れた油揚げの巾着が3つ。



「おっ、いいね~。いただきます!」


イリスが言いながら割り箸立てから割り箸を2本抜いて1本を功に渡す。

ごく自然にそれを受け取った功が、同じように七味の瓶をイリスに渡していた。


割り箸を口にくわえて片手で割りながら、もう片手で七味を受け取り、親指だけでスナップを聞かせて蓋を開けて中身を投下するイリス。


器用に片手で蓋を戻して功に戻す、功は無言でカウンターの上にそれを置き、いただきますと言って割り箸を割った。


自然かつ無駄のない連携にモルヒは内心嫉妬を感じたが、それを態度には出さない。

出せばイリスにからかわれるのみならず、大抵の場合なじられるからだ。



「おっ、巾着の中身は玉子か~、好きなんだよねこれ」


「……こっちはヒジキだな」


「まじで。いいじゃんいいじゃん、どれどれ?」



功の申告に嬉々としてイリスが自分の巾着を裂いて中身を確認し出す。

功は無言でうどんを口に運んでいた。


何となく気になってそれを横目で観察するモルヒ。



「お、こっちはキムチか。

 ってことはこっちがヒジキ、……あれ?」


「……これは、モチですかね」


「ヒジキは?! ちょっと功、ヒジキ頂戴」


「……ほら」


功が半分食い破った巾着ヒジキを、こぼれないようにそっとイリスの丼に移す。

抵抗する気は相変わらずないらしい。



「てか功そのもう1個何、見せて見せて」


「……」


ぐいぐいと体を寄せながら騒ぐイリスにせっつかれ、功が丼に浮かんだ最後の巾着を割り箸の先で破る。もろりと漏れ出たのは、


「そば、だと。

 うどんにそば入り巾着とはねぇ、……やるじゃん」


感心したようにイリスがうなる。


何がやるじゃんなのですか。

と、口を開きかけてモルヒは口を噤んだ。


その感性はよくわからないが、楽しそうなので水を差すのははばかられた。


どうしようもなく疎外感にさいなまれる。

自分も隠うどんにすべきだったか。

いやだが親子丼は好きなのだ。



「食べないん?」


イリスに促されて気づく、いつの間にかカウンター上に親子丼が出現していた。



「……食べますけど」



ぐぬ、とうなりながら割り箸を割っていると、のれんの陰から太い腕が突き出た。

菜箸の先には巾着がつままれている。


そっと親子丼の上に置かれる巾着。


一度引っ込んだ太い指が再度突き出される、親指が立てられていた。

サービスらしい。



「……ありがとうございます」


イリスが無遠慮に割り箸を突き立ててその巾着を割る。

モルヒに対しては一切の遠慮がない。


もろりとこぼれたのは納豆だった。


イリスの割り箸がシュッと引っ込む、視線は既に自分の丼に戻っていた。

コメントはない。




「——納豆、嫌いなんですか」


「腐った豆じゃんか」


「僕はたぶん好きですよ、納豆……」



ショックを受けながら納豆を親子丼にまぶすモルヒ。

イリスの肩越しに七味が刺し出された。


功の優しさがむしろ心に痛かった。



――七味はかけすぎで辛かった、おのれ渋沢功。






**************************************





「——間宮マミヤ 銀二ギンジ、死んで貰うぞ」



暗がりからかけられた低い声に、間宮は足を止めて振り返る。



彼を囲む人影は男女入り混じって10人。

その半数の瞳は、紫色の光に彩られていた。




「——今夜は、いい気分だったんだけどなあ」



困ったように笑う彼の顔には、危機感はなかった。










 



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