コミック二巻発売記念SSその2〈サンガとソード〉

 ソードはサンガが率いる【ミスリルの意思】というパーティに所属していたことがある。

 それは、互いに「あれは失敗だった」と口を揃えて言う、いわゆる黒歴史の一つだった。


          *


 サンガがソードを初めて知ったのは、ソードが村の少年少女と一緒に村を飛びだしイースの冒険者ギルドに登録したときだった。

 彼らはいかにも『冒険者になってひと山当ててやろうという甘い考えで寒村から飛び出してきた生意気なガキ連中』で、その頃既にCランクだったサンガはソードたちを見て、「どうせすぐ村に逃げ帰るだろう」と一瞬思っただけだった。


 十日ほど経ち、サンガがふとギルドを見渡したときに、予想に反して冒険者を続けていたソードたちを発見して軽く驚き興味を持った。

 サンガはしばらく観察して、彼らがなぜ冒険者を続けているか、そしてある意味ついていて、ある意味ついていなかったことを理解した。

 そのパーティメンバーの中に突出して強い少年……ソードががいたからだ。

 メンバーの中の誰よりもみすぼらしい格好をしているし安物の粗末な武器で戦っているのに、そのメンバーはおろか他の駆け出しに毛の生えた連中の中でも頭一つ抜けて強い。


 サンガの隣にいた【ミスリルの意思】の一人が視線を追いソードをみつけると、

「……あー。あのパーティはもうダメだろうね」

 と言った。

 サンガも同意するようにうなずく。

「あの白い頭の奴、強すぎる。他の連中は全部あの白い頭の奴任せで、最初からあれじゃ冒険者としてはもう無理だ。白い頭の奴も遅かれ早かれ抜けるだろうし、そしたら残った連中は瓦解する。……アイツ、もう少し早く冒険者になってくれればな。スカウトしたかったが、さすがにGランクじゃ組めねーよ」

「ま、あれだけ強いなら放っておかれはしないだろ、Dランク辺りが引き抜くだろうさ」

 そのときはそんな会話をしてソードのことは忘れ、サンガたちは別の町に移動した。


 ところが、それからもサンガとソードはちょくちょくと出くわした。

 ソードはどこかのパーティに所属していたが、出くわすたびに組んでいるパーティは変わっている。

「お前、前にイースにいた『いかにも村から飛び出してきた』って連中といた奴か?」

「……確かに当たりだけど、そんな奴らたくさんいただろ? なんで目がけて言うんだよ」

 サンガは最初にそんな声をかけて、鼻白んだソードがそんな言葉を返した。

 そこから、出くわしたら二言三言話す程度の仲にはなった。


 そして、ソードがCランクでフリーになった時にサンガが声をかけた。

 サンガ率いる【ミスリルの意思】は、CランクからなかなかBランクに上がれずにいたため、新規メンバーを入れようと話していたときにフリーのソードと出くわしたからだ。

「……なぁソード。お前今フリーなんだよな? よかったら俺たちのパーティに入らないか? Gランクの頃から見てきたが、お前は強いしポジション的にも俺たちのパーティに合っている気がするんだよ。俺たちのパーティで一緒にBランクを目指さないか?」

「…………」

 声をかけられたソードは迷ったが、この頃にはサンガのことも【ミスリルの意思】メンバーのことも知っていて、会えば挨拶を交わし軽く会話をする程度の仲になっていた。

「…………そうだな。俺もBランクの高みに上がってみたいし、サンガたちはベテランだから俺も安心して戦えるだろうしな」

 年齢の違いを気にしたが、安定したベテランパーティに入れば自分も落ち着けるだろうという希望を抱いて、ソードは了承した。


 結果、破綻した。


 ――最初はうまくいっていた。

 もともとは男二人女二人のパーティだった。サンガは大剣を扱い、リフレという女性は索敵と短剣、シームという女性は弓、バンランという男性が魔法、そこに遊撃で剣も魔法も使えるソードが入ったことで安定し、試験に合格してBランクに上がった。

 パーティは絶好調、高ランクの依頼も難なくこなし、【ミスリルの意思】は名をあげていった。サンガはソードに入ってもらって良かったと思ったし、ソードもパーティに貢献できたし年上だが気心しれたメンバーに囲まれてようやく落ち着けると思っていた。


 だが……徐々に暗雲が立ちこめていった。


 バンランは、そもそもソードが入ることに否定的だった。

「アイツは確かに強い。だけど、コロコロとパーティを変えているのは何かしらトラブルを抱える性格だからじゃないか?」

 と、指摘していた。

 ……実はリフレをひそかに懸想していたので、ソードが加入したときにリフレとくっついたらどうしよう、という不安がよぎったのもある。

 リフレとシームは、ベテランであるが故に婚期を逃していた。自分より強くて稼げる男じゃないと嫌だと互いに言い、お眼鏡にかなう男がいないまま今に至った。

 そこに、『若い』『実力がある』『将来性がある』と、三拍子揃っているソードが加入した。

 ベテランであるが故にソードの強さがわかる。「彼はBランクに留まらないであろう」というのがメンバー全員の見解の一致だ。

 ソードに対し、最初はそこまで熱を上げていなかったリフレとシームだが、互いにソード狙いだとわかったとたん、競うように猛烈な攻勢をかけだした。

 これ以上贅沢を言っても見つからない――つまり結婚出来ないであろうということは二人とも理解していたし、ソードは現在狙える最優良株で、互いに抜け駆けされたくないという気持ちも先走った。


 バンランは、女性二人にチヤホヤされだしたソードに面白くない気持ちでいた。ギリギリ態度には出していないが、自分からはソードに話しかけないし、ソードから話しかけられてもそっけない態度になっていた。

 どんどん過激になるリフレとシーム――特にリフレを見て、怒鳴りつけたい気持ちを抑えつけていた。


 一歩引いた態度で冷静に見ることが出来るのがバンランの良さでもあり悪い部分でもある。

 もしもリフレに対して押して押して押しまくっていれば、「必ず幸せにする」と約束したなら、バンランとリフレは結ばれたであろう。

 リフレは口で言うほどいい男じゃないと嫌だと思っていたわけではなく、シームと競うような気持ちでいただけだったのだ。

 だがバンランは、「強くて稼げる男じゃない」とフラれるのが怖かったし、幸せにできるかわからないからそんなことは言わなかった。だから、リフレは自分で幸せを掴みにいったのだ。


 ソードはソードで、昔パーティメンバーの女性に騙された傷がまだ癒えていない。そもそも自分のことさえままならない今現在で、せっかくベテランパーティに入ったのに、「新メンバーを入れたのは成功だな、【ミスリルの意思】は現Bランク内で一番いいんじゃないか?」と噂になり始めたというのに、引退を考えている女性メンバーと仲良くなりたいとは思わないし、幸せにする約束なんて絶対にしない。


 サンガはどうしてこうなった、と頭を抱えつつも、焦りソードに猛攻をかける女性たちと、口と態度の悪さでよりパーティの険悪さを加速させるソードと、ソードの何もかもが気にくわなくなっているバンランを説教したりなだめすかしたりしていたが、崩壊を先延ばしにしただけだった。

 ――その日、女性たちが夜這いをかけ、それを目撃したバンランがとうとう堪忍袋の尾が切れて怒鳴り散らし、ソードは天然に全員を煽るようなセリフを吐いて突き放し、事態は加速し殺し合いにまで発展しかかり、サンガがなんとかおさめたが亀裂は深く翌日にはパーティ解散となった。


 ……本当に、後日全員が「どうしてこうなった」と頭を抱えたくなる事態だった。


 ソードとサンガ以外は冒険者稼業から足を洗った。全員バラバラだが、今でもそれぞれがそれなりにうまくやっている。会えば互いに「なんであんなことになったんだろうね」と苦笑するような仲に戻っていた。


 サンガはリーダーや調整役を評価され、ギルドから有望株のCランクのパーティを紹介された。そのパーティをBランクまで持っていき、そこでパーティを抜けギルド職員となり、魔族襲来の際に活躍してギルドマスターとなった。


 ソードはサンガのパーティでのことが決定打となり、金輪際、女性とパーティを組むのをやめようと決意した。どんなに良さそうなパーティであろうと、女性が一人でもいれば断った。

 だが、男性ばかりのパーティで男性を求めることは少ない。だいたいが女性もいて、特に女性ばかりのパーティから前衛として誘われる。結果、インドラに出逢うまでそのままソロで活躍することになる。


 ――サンガは別れぎわ、ソードに説教した。

「お前、もう少し口の悪さをどうにかしたほうがいいぞ。俺は気にしないが、そうでもない奴の方が多いんだからな」

「わかった、気をつける」

 ソードはなぜそう言われるのかわからないまま答えた。相手の言葉を返しているだけなのに、と考えているが、それが「ぼっちをこじらせて空気が読めなくなっている」とはわからない。

 サンガは、わかっていないソードにため息をつくと、呆れたような口調で言った。

「お前と組むやつは、お前の口の悪さを気にせず、自分の道を突き進むような男じゃないと無理だろうな。お前は強いが、パーティってのは個人の強さよりチームワークの方が何倍も大事なんだよ」

 ソードは痛いところを突かれて黙った。

 それはわかっている。でも、なぜ和を乱すのかはわからない。

 サンガが冷やかすように言った。

「いっそ結婚でもしたらどうだ?」

「そんな気分になれないし、そもそもサンガ、お前が先だろうが。俺よか十歳以上年上で独身のくせに、そういうことを言うな」

 すぐさま切り返すと、サンガが苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。

「だから、そういうところだよ」

 キョトンとしたソードにため息をつき、

「……いいやつが現れることを祈ってるよ」

 そう言うとソードに手を振り、別れた。


 翌年、サンガは奥さんとなる女性と出逢い、結婚する。

(To be continue...)

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