コミック二巻発売記念SSその1〈ソードと二人で旅をしているときの一コマ〉

 長いトンネルのような洞窟を抜けたら、目の前に大猿が立っていた。

 …………。


 当初の予定より早かったにしろ、ようやくあの屋敷をオサラバし、ソードと一緒に旅立った私。

 領地を抜けソードおすすめの町に行く道中、ずーっと山を登ったり下りたりしていたのですが、ワタクシ、いまだに魔物と出くわしたことがないのですよ。

 冒険者となるからには、やっぱり魔物退治してみたい! その前に魔物を見てみたい! と思って、ソードに魔物がいそうな場所に行ってみようと提案したけど、ソードは即却下。

 ぶーぶー言いながらてくてく歩いていたら、とっても怪しげな洞窟を発見!

 ソードの制止を聞き流し、喜び勇んで突入して、今ココで大猿と見つめ合っている最中です。


 私が驚きの声を上げる前に、

「キ━━━━ッ!」

 という凄まじい悲鳴を大猿があげたんだけど。

「……オイ!?」

 追いついたソードが慌てて私に駆け寄る前に、大猿が跳んで逃げた。


 私は絶句して、その後ろ姿を眺めながら考える。

 …………なんか、ひどいことされたような気分。

 なぜに私の姿を見て驚くのよ!? まぁ、百歩譲って出会い頭にお互い驚くのはしかたないけどさぁ、あんなにデッカい猿がよ? 凶悪な魔物に出くわして、恐怖で必死に逃げ出しました、みたいな風情を出すのはどうかと思うの! 臆病すぎるだろ!

 しばし呆然と立ち尽くしたあと、ソードに言った。

「ソード! 追うぞ!」

 ソードも呆然と大猿を見送っていたけど、私の発言に驚いて我に返った。

「なんでだよ!?」

「やつの態度が気に入らん!」

 私のセリフを聞いたソードが、呆気にとられ口を開けた。

「いかにも凶悪そうなボス猿のくせに、か弱く麗しい私の姿を見て悲鳴を上げて逃げ出すとは失礼すぎる! お仕置き案件だ!」

 ソードがガックリ、と肩の力を抜いてうなだれた。

「……確かに、パッと見、驚いた様子は妖精みたいなんだけどな。初見で、おとなしくしていればな」

 ソードがなんかブツブツ言ってるぞ。

「言いたいことはハッキリ言った方がいいぞ?」

「たぶんここは、今逃げたキングバブーンの巣なんだろ。普通の人間は、あからさまに怪しげな洞窟を通り抜けようなんざ思わねーんだよ。だから抜けてきたお前を見て驚いたんだろ」

 ソードがハッキリ解説してくれた。

 なるほど、人の姿を見たことがないからあんな反応をしたのか。納得できるような、できないような。

「だが追いかける」

 ソードが盛大なため息をついた。


 キングバブーンの巣は、きれいな場所だった。

 今まで通ってきた、藪と蔓で覆われた木がみっしりと生えているうっそうとした森ではなく、木漏れ陽が差し、適度に木が並ぶ、別世界の避暑地にある林道のような趣の、普通に散歩したらきれいかなーと思える森だ。その魔物がお手入れしてるのかな?


 ――その森を、おっきい猿が必死で逃げ回ってます。

 ――その森を、可憐な美幼女が飛び回って追っかけてます。

 ――その後ろを、疲れたおっさんがだるそうに追っかけてます。


「……インドラ! いい加減止まれ! 巣だっつってるだろうが! コイツらは、群れる習性があるんだよ! お前が追っかけてるキングバブーンの危機を感じて、仲間が集まってきた! いくら俺でもな、連中全員の相手は不利なんだよ! 集まりきらないうちに逃げるぞ!」

「いーやーだー!」

 危険がいっぱいなのが冒険だ!

 私は猿を捕まえようと追いかけ続け、ソードは私を捕まえようと追いかけ続け、鬼ごっこは延々続くかと思われた。

 だが、とうとう猿がとある木の下で止まった。

 大猿が、おびえた顔ですくみながらこっちを見ている。なんでだよ!?

「こんな可憐な美幼女を、お前はなんて顔で見るのだ!」

 お仕置きしてやる!

 ……と思ったら、猿が両手を震わせながら何かを差し出してきた。

 首をかしげてそれを見ると、なんか、果物っぽい、何か。

「ふむん?」

「……それは……!」

 ソードが声を上げたので、私はソードを振り返って尋ねた。

「ソードはそれが何か知ってるのか?」

「〝バブーンフルーツ〟って呼ばれる、コイツらが好んで食べる果物だ。ちなみに、連中が近くにいるときにその木の実をもぐと、連中が怒り狂って襲ってくる、って話だな」

 と、解説してくれた後に、ソードが私を嫌な目で見たぞ。

「……その、襲ってでも守りたいフルーツを、お前に差し出してるんだけどよ?」

 …………。

「まぁ、くれるならもらってやろう」

 受け取った。

 途端に、周りにいたらしい猿たちがキーキーと鳴く。

「うるさい」

 一喝したら途端に静まった。

「うーわ、キングバブーンの頂点に立ったぜコイツ」

 ソードがなんか言いだしたけど、言いがかりにもほどがある。

 私、何もしてないじゃん!

「違うな。きっと、私が可憐な美幼女だから、プロポーズのつもりなのだろう。だが断る」

「……お前って、ホンット、前向きだよね。あ、違うな。自惚れすぎ、っつーのか」

 ソードがヒドイこと言うんだけど。


 バブーンフルーツは、さすが猿が襲ってでも守るだけあって美味しかった。

 そして、今後この山で出遭うキングバブーンからはバブーンフルーツをもらえるようになった。

 なんでぇ?

(終わり)

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